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幕間:全ては遅すぎた

◆side:ダーレン◆


あれから一年。

結婚式の日程は迫っているが、俺は今ヴァネッサとの婚約を破棄するべきか悩んでいた。

下手なことをして有力貴族であるヘイリー侯爵を刺激したくはないのだが、最近のヴァネッサは、見るに堪えない。


「あんな女が、この僕の妻になるだなんて……」


この一年で、あの美しかったヴァネッサは醜く変わり果てていた。

土気色の肌からは生気は感じられず、長く美しかった髪もバサバサ。

この一年で十も二十も一気に年老いてしまったかのようだ。

周囲は筆頭聖女の重圧によるものではないかと言うが、そうだとしても、あまりに酷い。


筆頭聖女と言っても、ヴァネッサの祈りは何の役にも立ってはいない。

この一年王都の降水量は目に見えて減っていて、貯水池は干上がり、川の水位は下がる一方だ。


いや、役に立っていないのはヴァネッサばかりではない。

次席聖女のニコールも、その他の聖女達も、聖女達皆で毎日祈りを捧げていると言うが、一向に回復する兆しは見えない。


どうしてこうなったんだ。

一年前までは、このグラフトンの地は諸外国が羨む豊かな地だった。


それが今はどうだ。

水不足で作物は育たず、足りない食料を輸入に頼る始末。


いや、国内でも王都からは遠く離れたディングリーの地は豊作だと聞く。

不毛の地と言われた、あのディングリーが、だ。


「くそ……っ」


どうしてこうなった。

あの見窄らしい聖女を廃棄して、全ては上手く行くはずではなかったのか。

ディングリーの地は、今ではワインの名産地として繁盛していると聞く。

どうして王都が不作で、あんな僻地が豊かになるのか。


まさか、シャロンを追い出したのが間違いだったとでも言うのか。




王城で働く文官達の囁く声が、毎日のように耳に入ってくる。


『シャロン様が居らした頃は、こんなことはなかったのに』

『筆頭聖女様を追放なんてするから』

『王太子殿下があんなことをしなければ――』


うるさい、うるさい、うるさい!!

ならばお前達は、あんな痩せぎすで見窄らしい女を妻に迎えることが出来るのか。

食物を腐らせるだけの力しか無くて、聖女とは名ばかりの、あんな役立たずを。

孤児院で育ち、親の素性も分からぬ平民の女を、王太子の妻にするべきだったとでも言うのか。


シャロンを王都から追放することに賛成した当時の神官長は、今では降格されて田舎の教会を任されていると聞く。

代わりに神官長の座に就いた男は、毎日のように王城にやってきては、シャロンの追放を解き王都に迎え入れるべきだと進言してくる。


今更シャロンに頭を下げろと?

この僕が?

何を言っているのか。


とはいえ、まぁ神官長がここまで言うのだ。

一度くらい、シャロンに会いに行ってみるのもやぶさかでは無い。


ディングリーの地は、兄と呼ぶのも憚られるあの男が治めている。

酒に酔って暴力を振るうしか出来ない、あのアーヴィンが、だ。

きっとシャロンも暴力を振るわれ、毎日泣き暮らしていることだろう。


ああ、そうだ。

もしシャロンが自ら王都に連れ帰ってほしいと懇願するなら、考えてやらんでもない。

そうして赴いたディングリーの地で、まさか美しく花開いたシャロンを見ることになるなんて、思いもしなかった。




あれは、誰だ。


ふっくらと艶やかな肌。

薄紅が差した健康的な顔色。

艶やかで目映い白銀の髪。

王都に居た頃の貧しい孤児を思わせる姿とは、大違いだ。


何より、あの幸せそうな笑顔。

あんな顔、婚約者であった僕にも見せたことはない。


どうしてあんな顔で笑っている。

あんな酔っ払いの隣で、どうして笑顔で居られるんだ。

この僕の婚約者として居た頃よりも、幸せだとでも言うのか。


同行した神官長の求め――シャロンの筆頭聖女の座への復帰は、彼女が妊娠中ということで、あえなく却下された。

身重の身体であれば、王都への移動は大きな負担になる。

それ自体は仕方ない。致し方の無いことだが――、




王都への帰り道、同行した神官長は半狂乱だった。

王太子であるこの僕に、何度も暴言を吐いた。

お前のせいだ、お前が彼女を追放さえしなければ――そう唾を吐く勢いで、何度もまくし立てる。


神官長はすぐ近衛騎士達に取り押さえられた。

教会はあれこれ口を出してくるだろうが、事は王太子への暴言だ。

不敬罪での処分は当然と言えるだろう。

ああ、頭が痛い。


神官長の処分だけではない。

王都に戻れば、あの女――まるで醜く老いたようなヴァネッサとの挙式が待っている。

ああ、一年前はシャロンを捨ててヴァネッサと婚約するのが当たり前だと思えたのに。


どうしてこうなった。

僕は何を間違えてしまったのか。

問いかけても、答えてくれる者は居ない。


ディングリーから王都への帰り道。

少しずつ寂れていく大地が、全てを物語っているようだった。

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