1:廃棄聖女
不定期更新、短編です。
神殿を代表する聖女として王宮から呼び出されたことは、一度や二度ではない。
しかし、今日は雰囲気が違っていた。
「筆頭聖女シャロン。お前との婚約は今日限りで破棄させてもらう」
筆頭聖女シャロン、つまりは私の婚約者である王太子ダーレン・グラフトン殿下が、声高に宣言した。
婚約破棄。その言葉がぐるぐると脳内を駆け巡り、意味が理解出来たのは、数瞬を置いてからのこと。
「それは、私と王太子殿下の婚約が破棄されるということでしょうか」
当たり前のことを聞いてしまった。
ダーレン殿下が不快そうに顔を顰める。
「二度も同じことを言わせるな。シャロン、お前はもう僕の婚約者ではない」
「どうしてですか、殿下」
「どうしても何も、お前のような役立たずと知っていれば聖女に任命などしなかった! 平民上がりで、聖女としても失格のお前は、この僕に相応しくない」
「失格……」
ダーレン殿下の言葉に、目の前が真っ暗になる。
さらに、神官長サイモン様から氷のように冷たい声が浴びせられた。
「シャロンの筆頭聖女の任を解く。お前はもう聖女ではない」
「えっ」
筆頭聖女の任を解く。
そればかりか、聖女ではないと言われた?
筆頭聖女の座どころか、聖女としても必要ないと言うこと?
「どうして……」
かろうじて絞り出した震え声は、ダーレン殿下の嘲るような声に掻き消された。
「聖女とは名ばかりで、お前は食物を腐らせることしか出来ないではないか! この役立たずが!!」
殿下の言葉に同意するように、神官長も頷く。
「聖魔法の使い手だからと、孤児だったお前を引き取ってやったというのに。魔力量が多いだけで、何の役にも立たん」
孤児院で生まれ育った私は十歳の時に聖魔法に目覚め、教会に引き取られた。
それから聖女見習いとして教会に尽くすようになり、先代の神官長様に筆頭聖女に任命されたのだ。
私を導いてくださった先代の神官長様は、昨年息を引き取られた。
今ではもう、私を庇ってくださる方は、誰も居ない。
「やっとその役立たずが追放されますのね!」
高らかな笑い声は、次席聖女であるヴァネッサ・ヘイリー嬢のものだ。
満面の笑みを浮かべ、ダーレン殿下の腕に指を絡ませる。
侯爵令嬢であるヴァネッサは、王族と並んでも見劣りしない程の気品に溢れていた。
彼女にも、彼女の親しい人達にも、何度も言われた言葉。
『貴女のような孤児院上がりは、殿下に相応しくない。侯爵家の令嬢であるヴァネッサ様こそが相応しい』
並んで立つ二人を見ると、その言葉を嫌でも実感してしまう。
「ああ、ヴァネッサ。やっとこの役立たずと縁を切って、君と添い遂げることが出来る。この日をどれだけ待ちわびたか」」
「殿下……!」
抱き合う二人の背後で、もう一人の聖女がため息を吐いた。
「当然の結果でしょうね。シャロンの魔法は、聖女として何の役にも立たないのですから」
彼女は第三席のニコール・ウェルチ子爵令嬢だ。
他の聖女達のように孤児院育ちの私を馬鹿にすることこそなかったが、実力主義な彼女は、常々何故私が筆頭聖女の座に居るのかと先代神官長様に疑問を投げかけていた。
王城からも、教会からも、同じ聖女達からも必要とされていない。
もう、ここは私の居場所ではないのだ。
「分かり、ました……」
こうして、私は“廃棄聖女”となった。