第八話 浮かぶ星
アヴィの手元に戻った木剣は、生温かく、そして濡れていた。
震えるアヴィの手から、木剣が落ちる。
「思っていたよりも・・・その、キますね。心に」
アヴィは木剣を <星に触れる手> で素早く振り回し、遠くの獣の頭を叩き殺したのだ。
「 <星に触れる手> を使っている間は、なんだか現実味が無かったんですけど・・・こうやって、手に戻ってきた剣に触ると・・・なんだか・・・」
メイの、革の手袋越しの手がアヴィの頭にのる。
剣についた血とは違う、生者の優しい温かさが、アヴィの頭を撫でる。
「・・・オレたちも、あの獣たちと同じ生き物なんだ。食べなきゃ生きていけない。これは仕方のないことなんだ。殺した獣を気にかけてやれ。・・・殺したことは、罪に感じなくていいさ」
「・・・はい」
メイは木剣を持ち上げると、アヴィの頭にのせていた手で、アヴィを家へと連れ戻した。
それからしばらくして、アヴィは血抜きなどの方法を教えてもらい、晩飯にありついた。
アヴィの顔に湯気があたる。
目を覆う包帯に、湯気の水分が滲んでいく。
湯気の元は、メイが調理してくれた獣肉のスープだ。
アヴィの前方から、ことっ、と音がした。
どうやら、メイも椅子に座ったらしい。
「あー・・・アヴィ」
「? はい。アヴィですよ」
今のメイの声からは、どこか重苦しい印象を受ける。
メイ座っている椅子から、ミシミシ、と木の軋んだ音がした。
「その、悪かった。今日のことは」
「・・・え? なんの・・・え、本当になんのことですか?」
なにか変だ。
謝るどころか、今日のメイはアヴィに「 <星に触れる手> の使い方」(主に教えてくれたのはレマだが)や、「獣の狩り方」を教えてくれたのだ。
本来、回復魔術や火などを出すだけの簡易な魔術とは違う──<星に触れる手> のような特殊な魔術は、部外者にそう安易に教えるものでは無い。
貴族ならば、その家系の家長や後継者に教える程度に収めるほどだ。
それに対して、アヴィは「神殿出身者」以外の情報が全くない、不審な少女だ。
メイはアヴィに謝るどころか、「施しをくれてやった」くらいの勢いでも許されるだろう。
「普段から・・・あー、獣を狩って生きてきた。だから、それが日常っつーか・・・生き物を殺して生きてるってことを、あんまり深く考えなくなっててよ」
「あの、早く本題に入ってくれませんか? スープが冷めてしまいます・・・!」
『貴女メンタル強すぎませんこと? 見ていただけの私はまだ体調が悪いというのに・・・』
自分達が命をいただいているという事実を、今日でハッキリ理解できた。
だからこそ、出来るだけ美味しく頂くのが、命に対する礼儀だとも思う。
なので、スープが冷えてマズくなるのは避けたい。
「──ゔぇ!? あっ、うん。あのとにかくだな。命を奪う事に慣れてないアヴィに、いきなりこんなことをさせて申し訳ないと思ってよ」
「ほうなんれふね! 気にしなくて大丈夫れふよ!」
美味い。
肉だけではない。
もちろん肉も美味しいが、キャベツだと思われる野菜や、ニンジンだと思われる野菜に、スープの出汁? のようなものがしっかり滲みており、野菜そのものもとても甘い。
「えっ、もう食ってる!? ・・・ははっ! そーだな。そうするよ。ウマいか?」
アヴィは右手のスプーンからスープをすすり、左手で握りこぶしを作った後、親指をあげた。
「ふふっ。良かったわ!」
※ アヴィが今日狩った獣は、晩飯になってません。
獣を「美味しい」食肉に加工するには、数日かかるからですね。
次に、どうしてメイは「今日の晩飯を狩る」なんて言い回しをしたのかについての説明を。
メイはアヴィに「食いしん坊」という印象を持っていたので、獣を狩る際に「ちゃんと狩れば晩飯が増えるよ!」というイメージを与えて、アヴィのやる気を上げようとした、という訳です。
本来は本文中に描写すべきものを、このような形で済ませてしまい、申し訳ありません。