第七話 手が届く星
今さらながら、『千剣』のメイの設定を。
・桃髪桃目
・身長153センチ
・革鎧と布服を合わせたような服装
・女性
・年齢、スピカと同じくらい
「んじゃ、さっそく訓練始めんぞー!」
メイの出してくれた夕食をきちんと1食だけ食べ、風呂に入って、ベッドですやすや眠った次の日。
アヴィとしてはまだ眠たいのだが、契約のせいでメイの言う事には基本従わなければならない。
不服だが修行に付き合う事にした。
「まず、オマエには、 <星に触れる手> って魔術を覚えてもらう」
「どういう魔術なんですか?」
「まあ見てりゃ・・・聞いてりゃ? 分かっから!」
遠くでガタガタ! と硬いものが揺れる音がした。
金属ほど重い音はではないので、多分、木製のなにかだろう。
次の瞬間、鋭い風切り音と共に、アヴィの包帯を突風が素早く撫でた。
「? なにが起きたんですか?」
『剣が・・・木剣が空中に浮かんでおりますわ! 多分、遠くの物体を触れずに動かせる魔術ですわね!』
「あん? ああ、剣を浮かせ──」
「へー! 遠くから物体を操作できるんですね!」
「──今オレが喋ってんだろーが! 神託空気読めなさすぎねえか?」
『前に私のセリフを取られましたから! 取る前に、取る! これが勝利の法則!』
(教えてくれるなら、どっちが喋ろうが構わないんだけどな・・・)
謎の縄張り争いは置いておいて、 <星に触れる手> という魔術、かなり汎用性が高いように思う。
道具を使う行動を大体遠隔で出来るし、この魔術を複数発動すれば、一人で何十人分の仕事が出来る。
「・・・んで、オレはこの魔術を同時に1000個発動できる。これを利用して──あっヤベッ!」
やらかした。
そんな感情がストレートに伝わってくる悲痛な声を、メイは上げた。
少し遠くの、倉庫がある方角──昨晩、メイとレマに教えてもらった──から、木々がなぎ倒される音と、何か建物が崩壊したような音が混ざって聞こえる。
それから、突風、いや暴風が吹き荒れた。
アヴィの顔を自身の長い髪がぼこぼこと叩く。
「や、やっちったー・・・」
『剣が、剣が1、2、3・・・もう、数えきれないほど沢山浮かんでいますわ!』
どうやら、倉庫の奥にしまっておいた剣を <星に触れる手> で1本か2本取り出そうとしたら、壁や木々といった障害物を壊して全部持って来てしまったらしい。
『剣のデザインは基本一緒ですけれど、一部、他の剣よりも豪華だったり、形や長さが違うものがありますわね』
「ほへー・・・すごいですね。これらの剣は誰から頂いたものなんですか?」
「あー・・・友人に。友人にもらったんだよ」
『嘘、という訳ではないですが、でも隠しているところがありそうですわね。ただ、これ以上追及するのはやめておいた方がよろしいかと』
誰だって隠しておきたい過去くらいある。
アヴィなんか、隠すどころかアンタレスに「あぁんた、ウソだらけじゃぁん!」との評価をいただいているのだから。
「この剣を操る姿から、オレは『千剣』の二つ名で呼ばれるようになったっつーワケだ」
「あ、そこから来てたんですね!」
ようやく話が繋がった。
アヴィは、『千剣』の二つ名の由来は「凄まじい剣技を使う様」的なものだと思っていたので、この <星に触れる手> を習得してほしいことに合点がいった。
「ほいっと」
メイの掛け声とともに、暴風が木々を揺らした。
おそらく、浮かべていた剣を倉庫のあった場所に戻したのだろう。
「ちっと予定通りに説明出来なかったが・・・この魔術の習得、出来るな?」
「はい、頑張ってみます!」
「・・・良い返事だな。 ちょっと体触んぞー」
メイがざっざっざ、と砂利混じりの足音を立てて、アヴィの背中側にまわる。
そして、アヴィの右手をそっと掴んだ。
ガサツな喋り方の割に、そういう気遣いをきちんとしてくれるらしい。
「右手を開いて・・・そうだな、オレがさっき浮かばせた、木剣の位置は分かるか?」
『アヴィさんから・・・5メートル先、東に15度ですわね』
「5メートル先の、あのあたりらしいです。・・・あってますか?」
「おう、あってるぞ。じゃ、その剣を・・・そうだな、浮かべてみてくれ」
「浮かべる・・・?」
「手を延長して木剣を掴み、上に引っ張るみたいなイメージで・・・」
魔術はイメージが大事だ。
だが、そのイメージをするための、浮かばせる物体の色、形、大きさ、それらを盲目のアヴィは直感的に理解出来ない。
(・・・む、難しい)
『私がイメージをサポートしても?』
「お願いします。メイさん、少し離れてもらえますか?」
「・・・わかった」
なぜか不満げなメイが、アヴィから離れていく。
背中が涼しくなった。
『アヴィさんは、「誰かが木剣を拾う」、という状況はイメージできまして?』
アヴィは迷いなくうなずく。
盲目が故、アヴィは物を落とす事が多かった。
そして、それを誰かに──シリウスに拾ってもらう事も。
『魔術を行使するうえで必要な魔力を、「お金」と置き換えてイメージしてくださいまし』
「・・・イメージ出来ました」
お金という概念は、アヴィにとっても遠い概念ではない。
事実として、金貨10枚の価値を理解していたのだから。
『次に、 <星に触れる手> は遠くのものを貴女が操る魔術ではない、という考え方を持ちなさい』
「・・・はい」
メイの言う<星に触れる手> のイメージとは真反対の考え方だが、レマにも考えがあるのだろう。
『<星に触れる手> 。この魔術は、貴女が魔力という通貨を差し出して、名も知れぬ誰かに、物体を拾い、扱ってもらう魔術だ、というイメージをしなさい』
「なるほど! ・・・レマさんに拾ってもらうってイメージでもいいですか?」
『・・・お好きになさい。 さっ、アヴィ、イメージし、詠唱なさい!」
「 <星に触れる手>!」
風が止み、木の葉の擦れる音が小さくなり──消える。
静寂が広がり、そして、破れた。
コト、と木製のなにかが、地面とぶつかる音が聞こえた。
「浮かんだ・・・!?」
『浮かびましたわね・・・!』
メイとレマの声が重なる。
アヴィはその成功の流れに乗って、突き出した右手の手のひらを、空に向ける。
剣が勢いよく風を切る音が聞こえたあと、アヴィの右手に、木剣の重みがのる。
魔術が使えた。
回復魔術を習得することが出来ず、他人の足を引っ張り続けた自分が。
生まれてから、ようやく一歩進めた気がする。
アヴィは、今までにない幸せを右手の重みから感じた。
「メイさん! 出来ました・・・出来ましたよ!」
「ゔぇ、あっ、いや、うん。良かった、良かったけど・・・オレ要る? 師匠だけど、オレ要るかなァ・・・?」
「メイさんはご飯をくれるので・・・必要ですよ!」
「オレはオマエのお母さんかよ。・・・まあいいか。次の訓練行くぞー。ははっ」
メイはくたびれた笑い声をこぼしながら、アヴィの左手をそっと握り、別の場所へとエスコートしていく。
今は、倉庫のある──あった方面の森を歩いているが、メイは次はなにをさせたいのだろうか。
(風が・・・草原と違う)
草原で吹いていた風よりも、どことなく水気を含んでいるような気がする。
昔にシリウスに教えてもらったが、森には霧と呼ばれるものが現れるらしいので、そういうものも関係しているのかもしれない。
(霧・・・味はあるのかな?)
アヴィの髪を揺らす風が変わる。
水気がなくなり、もっと遠くから風が吹きはじめた。
「草原ですか?」
「ああ。この草原で、オマエには晩飯を狩ってもらう!」
遠くから、獣の群れの鳴き声が聞こえる。
どうせなら、大きい獣を狩りたい。
アヴィはそんなことを考えながら、右手の木剣を握りしめる。
「どれなら殺してもいいですか?」
「頭の悪い殺人鬼みたいなこと言ってんな・・・」