第五話 先見の明
(シリウスは、本当に私を騙してたのかな・・・)
勢いで脱出して、今やプロキオンに訪れているこの状況下で、考える事ではない。
しかし、気になるものは気になるのだ。
『アヴィさんは孤児とのことですし・・・なにか、王族だとかの特別な出生なら、神殿から追い出したいのは理解が出来ますわ。ですが、貴女を神殿から追い出したいなら、直接命じれば済む事でしたし・・・考えれば考えるほど、矛盾が現れますわね』
レマの言う通りだ。
一つ噛み合わせると、残りの歯車が何一つ噛み合わなくなる。
「───ヴィさん? アヴィ?」
「ばどぅえ!? なに!? なんだっ!? どこだっ!?」
「・・・冒険者ギルドに着いたぞ」
深く考え込んでいたら、いつの間にか冒険者ギルドについていた。
少女にあるまじき、獣のような声を上げてしまい、少し───かなり恥ずかしい。
「では、僕はこのあたりで帰らせてもらう。良い旅を、アヴィさん」
「良い旅を!」
遠ざかっていくソルの足音へ、しばらく手を振った後、ギルドの扉に手を置く。
扉についた、まるい金属の取っ手が嫌に冷たい。
ギルドからは、外に居てもガヤガヤとした声が響いている。
アヴィは扉を押すようにして開けた。
「なんっ、だからさぁ! お前はなぁ! ・・・あ?」
「・・・え?」
ギルド内の会話が一斉に止まった。
話に腰があるなら、彼らの腰は今頃、複雑骨折しているに違いない。
「あの・・・」
話しづらい。
アヴィとしては建物に入っただけなのに、それだけでこうも反応が返って来る──ある意味では返ってこなかった──と、なにか自分は悪いことをしたんじゃないか、と不安が募る。
「お、お嬢ちゃん、ここは冒険者ギルドで・・・あー・・・荒くれ者がいっぱいいるから、危ないから・・・帰りな!」
「二つ名が『竜の地の荒くれ者』のお前が言うのかよ!」
「うるせえぞグラン! 今お前とは話とらんのじゃヴォケ!」
要するに、アヴィが何かしたというより、冒険者の場所に、状況を理解してなさそうな盲目の少女が来て、どう扱えばいいのか分からない、ということらしい。
『これなら、アヴィさんの状況をそのまま語ればよろしいでは?』
「えっと、護衛を雇いたくて・・・知り合いに、冒険者ギルドで雇えば良いと言われて・・・」
「あ、ああ! そういうことだったのか。それなら・・・ついてこい」
先導者が居るのはありがたい。
杖を振る必要も無いし、なにより、一人でとことこ歩くのは心細い。
アヴィにとって歩くとは、暗闇を踏みしめるのと何ら変わらないから。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんの前に居る、受付嬢に事情だとかなんだとかを話せ。それで上手くいくから。じゃあ、後は頼んだ」
「はいよ!」
アヴィは、機嫌が良い時のシリウスに似た声をもつ受付嬢に、「神殿が出身である」、といった、あながち嘘じゃないけど、少し嘘、みたいなものを交えつつ、事情を話した。
「護衛は何日してほしいの?」
「うーん・・・」
出来る事なら一生して欲しい。が、それは無理に決まっている。
金貨が尽きれば死ぬし、でもお金を出し渋れば、盗賊にぼこぼこにされて死ぬ。
「もしかして、お金の方が不安かな?」
「そうなんですけど・・・私、本当に無能なので・・・お金稼げない・・・」
よく考えたら──よく考えなくても、アヴィはかなり愚かなことをした。
回復魔術すら使えない、盲目の少女。
これほど使い道のない人間も珍しいだろう。
「ね、ネガティブね!? 大丈夫だよ、お姉さんがなんとかしたげるから!」
ガタガタと、木の棚や箱とかを弄る音が聞こえ始めた。
アヴィの願いに可能な限り寄り添うため、資料を探しているようだ。
「神殿出身でしょー・・・そ、れ、な、らー・・・。あーれ、どこやったっけな。ちょっと待っててね?」
受付嬢の声が遠ざかり、数分後、子供みたいな元気な声が戻ってきた。
ぺしん! と紙がアヴィの前に勢いよく置かれる。
「これ! 紅玉級冒険者、『千剣』のメイの弟子になればいいのよ!」
『なになに・・・弟子になる条件は「神殿出身者であること」、衣食住は用意していただけるようですし・・・受けてもよろしいのでは?』
「はあ。あの、紅玉級とは・・・?」
『紅玉級とは──』
「紅玉級って言うのはね、」
『なっ、私の発言にかぶせおって! 無礼ですわ!』
(レマさんの声は私にしか聞こえ無いみたいだし、こういうアクシデントは仕方ないんじゃないの・・・?)
「まず、冒険者は功績ごとに級が分けられてるの。下から順に、『銅』、『鉄』、『銀』、『金』という、金属の名前を冠する下位級と、『薄紅玉』、『紅玉』、『金剛石』の宝石の名前を冠する上位級の計7つよ」
なんだかややこしいが、金属よりも宝石の方が強くて、全部で7つに分かれているということらしい。
「じゃあ、『千剣』のメイ? さんって、かなり強い人じゃないですか!」
「そうねえ・・・」
「そうねえ、って・・・ええ?」
受付嬢の言動が、途端に無責任なものになってしまった。
声色にどことなく後ろめたさのようなものを感じるので、何か言いずらいことでもあるのだろうか。
「そんな人に、盲目の私が行っても、帰れって言われるだけじゃないですか?」
「あー、そうね・・・アヴィさん、心は強い方?」
「どうでしょう・・・?」
『どう考えても強い方でしてよ。マトモな人なら私と話そうなんて思いませんもの。いいとこ私は悪霊扱いですわよ』
「なんか、心が強い人な気がしてきたので、私は強いです!」
「文法が無茶苦茶だけどやる気は感じられたわ。・・・じゃあ、魔族についてはどう思う?」
受付嬢の声色に緊張の色が混じる。
周囲の冒険者も少し静かになったような気がする。
「? 別に、なんとも思いませんよ?」
「・・・よし。じゃあ、この依頼を受けるってことでいいかな?」
「はい!」
『どうなることやら・・・』
冒険者の強さ
『銅』・一般人に毛が生えたくらい
『鉄』・一般人に剛毛が生えたくらい
『銀』・一般人に剛毛がいっぱい生えたくらい
『金』・巨人くらい
『薄紅玉』・巨人に毛が生えたくらい
『紅玉』・巨人に剛毛が生えたくらい
『金剛石』・毛刈り隊