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第十九話 陰り煌めく星々


私が初めて剣を浮かべた日から、6年の時が過ぎた。

当時、幼かった私では気が付けなかったが、あの日以降、姉の笑顔はどことなくぎこちないものになった。


姉から剣術というアイデンティティを奪いたかったわけじゃない。

むしろ、生まれた時からずっと病弱だった自分にとって、姉は憧れであり、いつか傍に立って剣を振るいたい、そんな風に思っていた。


「──イ。・・・メイ? どうしたんだ」


背丈が180センチにまで伸びた姉が、困惑に染まり切った──怒りや嫉妬、悲しみの色のない、優しさが理由の表情を見せた。

どうして、こうも優しくしてくれるのだろうか。

もし私が姉の立場なら、顔も見たくない。


「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「そうか。まあ、メイは第三王女の傍付きで、近衛騎士だしな。疲れもたまるだろう」


そう、今の私は第三王女の傍付きであり、近衛騎士なのだ。

一方、姉も騎士団副長──近衛騎士とは違う組織だ──として、日々剣を振るっている。


「・・・うん」

「もしかして、まだ気にしているのか? まあ負けた時はショックではあったが・・・もう気にしていないよ」


実は、近衛騎士は、この国──「ハーシェルガーネット王国」にて開催される「武術大会」にて優勝者が就く役職なのだ。

当然、その武術大会にて姉と私は戦った。

結果は、「最強の姉」を複数に出来る私の勝利だった。


勤務中、王宮を歩いていると、反論の出来ない陰口が聞こえる。

「スピカ様はあのメイさえ居なければ近衛騎士になれていた」とか、「魔術で家族の努力を否定するクズ」だとか。


「模擬戦、明日にするか?」

「いや、姉様と居られる時間は少ないから・・・今からやろう」

「分かった。いつもの武器は持ってきたか?」

「持ってきたけど・・・本当に木剣じゃなくていいの? 怪我しちゃうよ」


姉は強い。

しかし、だからこそ私はもっと強くなってしまう。

木剣ならまだしも、実戦用の剣では姉を殺してしまう事になる。


「いや、勝つのは私だ。私は君の姉なのだから」


姉は訓練場の端に置いていた、姉の背丈よりも長い直方体の、黒い革でつくられたカバンを持ってきた。

カバンは、黄金の金具をカチャリ、と動かし、その中身をさらけ出す。


赤黒く煌めく、大剣がそこにはあった。


全長は姉の背丈と同じくらいで、刃も分厚く、私の二の腕ぐらいはある。

トロルだとか、ゴーレムでなくては持てないような大きく、分厚く、重い大剣。

それを──


──小枝でも持つかのように、姉は軽く持ち上げた。


「この大剣の名は『コペルニクス』。性能については・・・まあ、戦いで見せるとしよう。構えろ!」

「はっ!」


私は腰に提げた鋼鉄の直剣6本を空に浮かべ、背中の大剣を鞘から抜いて、姉に向けた。

対する姉は、赤黒い大剣を頭上でグルグルと()()()回し、それから刃先を私に向けた。


「──来いッ!」


浮かんだ6本の内、2本をスピカの背後に回し、2本をそれぞれスピカの左右に。

残りの2本のうち、1本はスピカを上から突き刺すように動かし、残りの1本は下から掬い上げるように舞わせる。

そして、私自身は切り上げる構えのまま突撃する。


私の手に握られていない、6本の直剣は、あの姉と同じ動きが出来る。

膂力と技術、繊細と豪快、その果ての剣が。

鉄をも細切れにする、あの流麗で力強い連撃が。

憧れが血も滲む研鑽によって積み重ねた、あの剣技が。


──風切り音を唸らせ、一点に収束する。


刹那、赤黒く煌めく旋風が巻き起こる。

私にとっての絶対の剣技が、赤黒い光に全て打ち落とされ、砕かれた。


「なっ!?」


姉の剣技という聖剣よりも強い力を伴った鋼鉄の剣が、他ならぬスピカの1本の大剣によって、攻略されていく。

目で捉えるのも難しいが、それでも微かに、なにが起きたかを理解した。


スピカはその大剣で、全ての連撃を受け流していたのだ。


驚きと同時に、思わず笑みがこぼれた。

いつの間にか近づいていた憧れが、あの頃と同じように、星よりも遠い場所に行ってしまった。

行ってくれたから。


私は思考を切り替え、轟き叫ぶ赤黒い光を避けるため、後ろに大きく──10メートルほど跳躍する。

これほど大きく跳べるのは、私の着ている鎧や靴を魔術によって軽く浮かべて補助しているからだ。


されど、魔術で背伸びをしたところで、意味はなかったようだ。

姉の、青く澄んだ瞳と対になるような、赤黒い光が、混ざり合って私の方へと駆け近づく。


「ならッ! <星に触れる手(アステラ・ハンド)>!」


姉の握る大剣を宙に飛ばそうと、魔術を唱えた。


「ああ、その魔術は効かんぞ」

「は!?」


事実、スピカの言うとおり、大剣はビクともしなかった。

私の <星に触れる手(アステラ・ハンド)> は、合計で500キログラムの重さの物質を浮かべることが出来る。

その <星に触れる手(アステラ・ハンド)> が操れない大剣ということは・・・


(その大剣、500キロより重いの!?)


大剣が──500キロ越えの超重量の一撃が、振り下ろされる。

美しい剣が目の前に広がる。


「綺麗・・・!」


もう、風切り音しか聞こえない。


「ばかっ!」

「いてっ!?」


大剣の代わりに、すごく弱いチョップが頭を叩いた。

姉の筋力を考えると、かなり力を抜いたチョップなのは確かだ。

まあ、このチョップには代わりに愛が詰まっているのだが。


「『綺麗・・・!』じゃないだろ! 避けろ!」

「え、で、でもぉ・・・うぇへへ!」

「笑ってんじゃないよォ!」


幸せだ。

本当に幸せだ。


「この大剣はな、プラチナよりも重い・・・なんだっけな。『アタマガイイヨ』みたいな名前の金属で作られているんだ」

「多分それ『アダマンタイト』だね。なんだ『アタマガイイヨ』って。間抜けすぎるでしょ、金属の名前にしては。・・・というかプラチナよりも重いの? 鋼の3倍以上は重いってこと?」

「ああ。だからメイに勝てた」

「負けちゃった」

「ふふっ。・・・そうだな」


静かに笑う姉は、大剣をカバンに仕舞った。


「メイは強い。今日の模擬戦だって、もっと大量の剣を持って来ていたら、私が勝つのは厳しかっただろう。だから私は鍛えた。メイが『千の剣』を操り、大軍を相手に戦える英雄なら、私は『一の剣』を極め、どんな強敵をも打ち倒せる兵士になろう・・・そう思って、今日まで努力し続けた」


姉は、身長の低い私に目線を合わせるため屈んだ。


「もう、負い目を感じなくていいんだ。私はメイよりも強い。そして、メイよりも弱い。分かったな?」

「うん!」


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