第十六話 一剣のメイ
──24年前
訓練場の中央で、少女が剣を振るっている。
少女の身長は150センチであり、年齢が10であることと性別を加味すると、かなりの高身長である。
名前は「スピカ・ソーオリオン」、私の──「メイ・ソーオリオン」の自慢の姉だ。
風を切る音が全く絶えない、膂力と技術の連撃を、スピカは鉄鎧を着た訓練用の人形に叩きこむ。
スピカが振るっているのは木剣のはずだが、金属でつくられた鎧のほうだけ大きく凹んで傷ついている。
木剣は刃こぼれ一つしていない。
スピカは左手で拾った小石を空に投げ放つ。
そして、木剣でそれを粉々に切り裂いた。
木剣で石を砕くだけでもすごいのに、切り裂くなんて、常人にはどう足掻いても不可能だ。
粉々になった小石が、硬く踏みしめられた地面にパラパラと落ちる。
メイは姉の流麗な剣技に見惚れて、小さく身震いした。
「・・・む?」
澄んだ青い二つの瞳が、メイを捉えた。
スピカとメイとは20メートルも離れているのに、彼女はメイの存在に気付いたらしい。
「スピカ姉様!」
「メ~イ~! ・・・あ、待て。姉様、訓練直後でスゴイ汗だくだから。お前の服が汚れてしまうから・・・」
「ハグできない?」
「うん、出来ない。お風呂入った後ならしてあげられるから、少し待ってくれ」
「わかった!」
スピカは木剣を近くの剣立てに掛ける。
剣立てには、スピカのもの以外にも10本ほど木剣が掛けてある。
「よ~し良い子だ~!! 10分で全部終わらせるから、あっちの椅子で座っていてくれるか?」
「はい!」
訓練場に隣接している風呂場に向かう、姉の背中を見つめながら、メイは思う。
自分も、姉のように剣を振るいたい、と。
数ヶ月前まで、メイはまともに体も動かせないほどに病弱だった。
だから、酷く大切に育ててもらい、厳しいリハビリに必死に耐えてやっと動けるようになったメイに対し、健康体そのもののスピカに憧れるのは当然とも言える。
メイは剣立てから、自身の身長──118センチと比べると「大剣」と呼べるスピカの木剣を手に取るった。
「わっ!」
剣の重さに引っ張られて、メイはこてん、とこけて倒れる。
「ソーオリオン」の家に生まれたのに、ただの一度もメイは剣を握ったことがなかった。
初めて剣の重さを知った少女は、その重さに驚き、それから、スピカへの尊敬の念を強めた。
カタン、と音がなり、体から剣の重さが消える。
スピカに木剣を取り上げられたのかと思い、メイはスピカの言いつけを守らずに剣を握った事を後悔する。
怒られる。
メイは分かり切った結末のために、ゆっくりと目を開けた。
木剣が浮いている。
誰も握っていない。
誰も触れていない。
誰も近くにいない。
そんな状況で、剣が空中に浮かんでいる。
メイは理解を越えた現象に恐怖し、父が買ってくれた白いワンピースが汚れることも考えずに走り出した。
スピカの静かな足音とは対照的な、剣の心得の無い騒がしい足音を鳴らし、メイは走る。
足音に、風切り音が混じる。
恐怖で鈍った頭を必死に後ろに動かす。
剣が、空を飛びながらメイを追い続けていた。
メイに追いつけないほどに低速ではあるが、確実に距離を詰めてきてもいる。
「い、いやっ!」
直後、がたがた、と少し建付けの悪い扉が開く。
確か、これは風呂場の扉だ。
「なあっ!?」
スピカも驚きの声を漏らす。
最愛の妹が青ざめた顔で必死に走っていて、しかもその妹を剣が浮かんで追いかけているのだから。
「メイ、こっちに!」
「姉様!」
メイは安心する声の方へ、力を振り絞って短い足を動かして走り寄る。
スピカはメイの怯えながらも冷静な判断を確認、メイと木剣の間に割り込む。
「ボケがっ!」
スピカが、木剣を手刀で叩き割った。
真っ二つに砕かれた木剣が、石の床に落ちる。
もう、浮かぶ様子もない。
「なにが起きたんだ・・・?」
スピカ、初登場は第三話です。




