第十三話 手放しの勝算
ゴブリンにさらわれてきて、三日が経った。
洞窟内の虫を無理矢理食べつつ、なんとか私は生きている。
「お、とぉ・・・さん」
しかし、我が娘の精神はもう限界に近い。
娘の角と瞳の光は、今にも消えてしまいそうなほどだ。
歯も生え揃わないほどの年の子に、これ以上は堪えきれない。
(ゴブリンどもが・・・! 角さえ生え治っていれば・・・!)
魔族は角を起点として魔術を発動する。
逆に言えば、角を削ったり、魔術的に角が封印されると、全く魔術が使えなくなる。
ざらっ、ざらっ、と草履と地面が擦れる音が近づいてきた。
さらってきた人間──保存食が逃げていないか、ゴブリンが見回りに来たのだ。
「グガ、グギャグガ! ガクカカギャグ (むう、保存食が少ない! まさか2匹しか狩れんとは)」
目の前のゴブリンが、鳴き声とも、会話ともとれる音を発する。
しばらくして、身長が4メートルはある大きなゴブリンが別の部屋から人間を見に来た。
「グガガ、ガガググカ?(これがけんじょうひんか?)」
「ガッ! (仰る通りでございます!)」
見回りに来た方のゴブリンがうやうやしく頭を下げ、それから武器──こん棒を地面に置いた。
おそらく、武装解除の意図だろう。
「グゴゴ、ゴゲゴガゴ (じゃあ、このがきをもらう)」
妙に冷たい汗が、額を、そして頬を伝う。
巨大なゴブリンが人差し指を向けた先には、私の娘がいる。
汗が地面に落ちる。
次の瞬間には、娘の肉体をゴブリンが掴んでいた。
肺を満たす息が押し出されて、「かひゅっ・・・」と掠れた音が娘の口から飛び出す。
動けない。
ボロボロの身体の情けない父親は、娘が死ぬ様をただ見つめることしか出来ない──
──巨大なゴブリンの腹が、こん棒で殴られた。
バコン、だろうか。
バチン、だろうか。
とにかく、巨人が振るったのかと錯覚するほどの勢いを持ったこん棒が、巨大なゴブリンの腹を叩いた。
巨大なゴブリンは、魔族の自分からも分かる程の激しい怒りを顔に浮かべ、見回りゴブリンを睨みつける。
「ググア! (きさま!)」
「ゲ、グゲゲガギ!? (ち、違う! こん棒が勝手に浮かんで!)」
「ググゲガカ! (うそつくな!)」
見回りゴブリンの頭が握り潰され、ハジけた。
中身の詰まっていない軽い音を立てて、娘の身体が地面に落ちる。
また、ゴブリンはその怒りに身を任せて別の部屋──大広間の方面に向かった。
なにが起きたのか全く理解できなかったが、少なくとも、娘の命が助かったのは事実だ。
娘をそっと抱き上げ、同時に脱出の企てを始める。
(洞窟内のゴブリンどもは、絶対に混乱する。なんてったって自分達のリーダーが、急に仲間を殺しだすんだからな!)
見えない混乱の主に感謝しつつ、男は洞窟内を駆け抜ける。
多分、このペースで走り続けたら、自分は死ぬ。
なんといったって、虫しか食べていないのだから。
でも、それでいい。
死んででも、娘を助け出してみせる。
洞窟内に、ゴブリンどもの断末魔が反響している。
いい気味だ。
でも、子供に聞かせていいようなものでもない。
抱き上げ方を少し工夫し、娘の両耳を塞ぐ。
「ギギャガ! ゲベェ!? (族長様! 何故!?)」
水を含んだ袋を岩に叩きつけた時のような音が響く。
「グヌグガゴゴウ! (うらぎりものがいるからつまりみなごろしだ!)」
「ゲーン!? (どういうこと!?)」
「ゴルゴダ! (おまえもうらぎりものか!)」
「グエー!? (ぐえー!?)」
それにしても、先程の現象はなんだったのだろうか。
少なくとも、娘と自分、そしてゴブリン共は違う。
(村にあんな魔術を使える者はいない。誰なんだ・・・?)
一瞬、「冒険者」という単語が頭を過るが、すぐさまかき消される。
17年前ならまだしも、冒険者は「人間」しかなることができない。
ましてや、魔族を救いに来る人間などありえない。
(さらわれたのは魔族である俺と娘だけ。人間どもに情報は行っていないはず・・・)
「ゴンボボウィング!? ガヌ、ガグ!? (こん棒が浮いた!? マズい、そっちに飛ぶな!?)」
「ガゲ、ガググガガ! (おまえ、なぐったな!)」
「ドルーブウギガ!? ヴォンバゴルゴ!? (地雷も浮いた!? 爆発するぞ!?)」
原因不明の爆音が鼓膜を殴ると同時に洞窟全体が激しく揺れる。
天井からパラパラと石の破片が落ちてきたが、大きな破片はほどんどなかったので、頬を斬る程度で済んだ。
数分前まで酷く冷たかった頬を、生者の証である赤く温かい血が頬を撫でた。
外の光が見えて来た。
ずっと暗い洞窟に居たためか、単純に脳に血が巡っていないのか、目が眩んでなにも見えない。
(いける。生き残れ──)
──大きな足音が後ろから近づいてきた。
いやに聞き覚えのある足音の主を、恐る恐る視界に入れる。
案の定、娘を握りつぶそうとした、あのゴブリンだ。
怒りで脳が沸騰しそうになり、即座に現状を思い出して、肝が冷える。
随分と虐殺を楽しんだようで、顔には赤色と喜色が塗りたくられている。
いつのまにか持っていた巨大なこん棒は、完全に木の色を失っていた。
「はっ・・・ははっ・・・」
真っ白な光が、この洞窟以外の全てを照らしている。
こんな近くの自由が、星よりも遠くに見える。
「クソっ・・・!」
「ゴゲゲゲ! ガゴゴ! (ぶかのかたき! しね!)」
『あら、死ぬのは貴女の方でしてよ?』
──光よりも眩しい黄金の閃光が、ゴブリンの額を貫いた。
「はっ!?」
「ゴゲ!? (なに!?)」
『まだ息がありましてよ!? 次弾よォォいッ!! ッテェェッ!』
黄金の閃光が9発放たれ、ゴブリンの身体中を撃ち抜いた。
穴だらけのゴブリンが、洞窟の闇の方へと倒れる。
信じられない光景に腰が抜けて、自分も倒れてしまう。
軽い足音と、軽く硬いもので地面を叩く音が、同じ速さで近寄って来る。
ゴブリンの足音とは違い、不思議と恐怖は無かった。
白い光に包まれた少女が、目の前に立っていた。
「安心してください。ゴブリンは全て倒しましたよ」
「あ、貴女は・・・天使、なのか・・・?」
「はい?」
意識が、黒い闇に沈んだ。
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これからも頑張ります。




