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第二話 「秘書と王子と獣人と」

 テレジアとエリナベルの足音が石畳の渡り廊下に小さく響いている。歩く二人の影は、夕日の光で長く引き伸ばされていた。テレジアの足取りは軽やかだったが、少し疲れも見えてきたところだった。


「さてと、大教主様の宮殿は大体こんな感じね。後は一般人にも解放されている宮殿付属のミラレネ大聖堂と大聖典図書館よ。」


「そこなら私でも知ってますよ。特に大聖典図書館は聖典全てが原本で存在する場所ですよね!」


「聖都に来たことないのによく知ってるわね。」


「聖典のことに関しては任せてください!」


 そう言いながら二人はミラレネ大聖堂へと向かっていく。


「それならお楽しみは最後まで取っておくとして、ここがミラレネ大聖堂よ。」


 エリナベルが指し示した先には、見事に装飾の施された荘厳な建物があった。テレジアが顔を上げると、目の前に広がるミラレネ大聖堂は、夕日に照らされて後光のように輝いている。



「ここは毎週末に聖都の信徒たちが集まって礼拝する場所ね。ここで大教主様も特別な礼拝を行うこともあるわ。」


「大きいですね......!」


「驚くのはまだ早いわよ。中に入りましょ。」


 エリナベルとテレジアはミラレネ大聖堂の内部へ入る。

 無数の長椅子が整然と並び、すべてが奥にそびえる祭壇に向かって配置されている。もうすぐ大聖堂は閉館するにも関わらず、人はまだまだ多かった。


「ここが主祭壇よ。ここは歴史的にも重要な場所で、様々な物語がーー」


 エリナベルは祭壇を指差しながらここで起きた様々な宗教的な事件などを説明する。テレジアは聞き入っていたがふと、視界に青年が移った。


「そうなんですか……あっ!あそこにいる貴族風の装いの人って誰ですか?」


 テレジアが手で示した先には以前「フジ」を出た時に見た馬車の中にいた人がいた。


「う~ん、あの方のマントの徽章を見るにルシー王国の貴族かしら?」


 エリナベルが答える。テレジア達に見られていることに気がついた青年と老人の二人がやってきて、少々咳払いをした後、声をかける。


「こんにちは、お嬢さん方。こちらを見ていたようですがどうかなさいましたか?」


「い、いや前に通りであなたのような人が乗っている馬車を見かけたので」


とテレジアが緊張しながらも返す


「もしかして、あの時の方ですか! 少し目が合いましたよね」


「そうです! そうです!」


「やはりそうでしたか。申し遅れましたがわたくしはルシー王国の第二王子、イヴァン・ロマノフと申します。以後お見知り置きを。」


 そういいながら丁寧な所作でお辞儀をする。テレジアがその所作に見惚れていると、エリナベルが目の色を変えた。


「王子様でしたか!? これは失礼いたしました。粗相などございませんでしたが」


「え? 全然大丈夫ですよ」


 そう答えるがエリナベルは聞く耳を持たない


「いえ、これ以上お話をしているとどこかで要らぬ事を言ってしまうやもしれませんし、私たちはこれで」


 テレジアはエリナベルに手を引かれながら、何が起きたのか理解できずに戸惑っていた。イヴァンの困惑した表情が頭に浮かび、なぜエリナベルが突然その場を離れようとしているのか、それに疑問に思ったテレジアはエリナベルに理由を問いかける。



「そもそもお相手は貴族よ。粗相があったら何があるかわかったものじゃないわ。しかも……ルシー王国の第二王子はいい噂を聞かなくてね」


エリナベルは顔をしかめながらテレジアに言い聞かせた。


「いい人そうでしたけど」


「詐欺師っていうのはそういうものよ。もしかして恋でもしたのかしら?」



 反論するテレジアをエリナベルが揶揄う



「全然違いますよ」



 テレジアは笑いながらそう言い返した








「ふむ、できれば接触して内情を調べようと思ったが、背の高い方の女は警戒心が高いようだな」


 イヴァン王子が離れていく二人を見ながら執事に向かって話す。


「庶民であれば王子に粗相をしないか心配になるのも無理もないでしょう」


 執事はそう返すが王子は違った。


「それ以外も何か知っていそうだったがな。やはりこの国にも密偵が必要かもしれん。準備しておけ」


「左様ですか……承知しました」


 執事は少しため息をついた。



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「さて、最後に行くのはお待ちかねの大聖典図書館よ。」


 エリナベルとテレジアは、最後に大聖典図書館へと足を運んだ。図書館の入り口には壮麗な木製の扉があり、中に入ると膨大な数の聖典が整然と並べられた書架が目に入る。


「ここには、世界中の聖典が収められているわ。教義の研究や学問においては、この図書館が最先端と言っても過言ではないわね」


「こういう図書館に来ると聖典を全て暗記した日々の事を思い出します」


「そ、そう。聖典を全て暗記だなんて改めて聞いても信じられないけど。今どき大教主様でもやられていないのよ」


「大教主様も覚えてないんですか?」


「先代であれば覚えられていたそうだけれど、まあその頃は発見されていた聖典の数も1500冊ほどだったし、聖典3145冊を全て覚えてる人なんて世界中どこを探してもあなた以外にいないと思うわ」


「そうですか、大教主様なら覚えていると思ったのにな」


「聖典全暗記なんて常人のすることじゃないのよ……」


「だって学院の先輩に 『上級生はみんな聖典暗記してる』って言われて。だからーー


「わかったわかった、もうその話はあなたの前の職場に応援に行った時に耳にタコができるほど聞いたから勘弁してくれない?」


 テレジアはその言葉に頬を膨らませる。そんな何気ない会話をしながら図書館内を歩いていると、エリナベルは一つの扉の前に立った。


「さてと、ここからは図書館関係者以外立ち入り禁止エリアね」


 エリナベルは鍵を回しドアを開く。


「ここは蔵書の保管室、図書館員用の休憩室、事務室が主ね」


「世に出てない蔵書があるんだ……!」


「寄贈されたり、遺跡から発見した本を一時的に保管しているだけで、殆どは表に出るけどね。でも、もしかしたら異教徒の本があるかもしれないから」


 そう話しているうちになんの変哲もない壁の前にエリナベルが立って独特なリズムでノックをする。するとノックをした壁のレンガがひとりでに動いて開き、上から下まで本が詰まっている巨大な蔵書庫が開いた。


「どういうことですかこれ? どうなってるんですかこれ? というか蔵書どれだけあるんですか!?」


「ちょっとは落ち着きなさい」


 そう言うと、エリナベルが、こっちよと手招きしながら慣れた足取りで棚や落ちている雑多な本を避けながら歩き、中央にある大量の紙や書類、本が積み上げられた大きな机に辿り着いた。そして椅子には力尽きたように倒れている人が何人かいた。


「あの、机に突っ伏して倒れている人たちは......」


「彼らは本がどうしようもなく好きでもはやここに寝泊まりしている物好きよ」


 エリナベルが少し呆れながら答えた後、寝ている人のうちの一人を起こす。


「ちょっと起きなさい。新しい秘書の子にちょっと挨拶してくれない?」


「む、むにゃ〜、新しい子? はっ! もしかしてついに蔵書管理部に新人が!?」


「そうじゃなくて私と同じ大教主の秘書よ」


 起こされた猫耳のついている獣人がガッカリしながら挨拶をした。


「えっと、蔵書管理部のザラニにゃ。これからよろしくにゃ」


「こちらこそ、私はテレジアです」


 猫耳を見つめながらテレジアが返す。すると、ザラニが閃いたように言う。


「そうにゃ! 君、本は好きかにゃ? 今からでも蔵書管理部に来ないかにゃ?」


「へ〜ちょっと気になりますね! 未公開の聖典とかあるんですか?」


「あるにゃ! 何ならうちでは聖典をーー


 そう言いかけたところでエリナベルが反論する。


「この子は秘書になるために私が引き抜いてきたのよ。無理に決まってるじゃない」


 ザラ二はまたがっくりと肩を落としたが、あきらめていなかった。


「ならせめてこの後一緒に食事でもしないかにゃ?」



「それもダメよ、テレジアにはこの後サプライズの歓迎会をする予定なの」



 そこでエリナベルの言うと、ザラニが聞き返す。



「なんでサプライズなのにテレジアの前で言ったにゃ?」




「あっ」




 エリナベルの声が霧散して、蔵書庫内に少し気まずい空気が流れた。



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 エリナベル「テレジアって結構単純よね」

 テレジア「エリナベルさんって意外とポンコツ…… 」


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