第八話 僕のこと、呼び捨てで呼んでよ
春野くんに抱きしめられながら、私はしばらく泣いていた。
でも、少し時間が経つと春野くんに泣くことで迷惑をかけてしまった気持ちと、羞恥心やらが途端に襲ってきた。
「あ、ごめん。泣いちゃって」
「大丈夫だよ。それに、言ったでしょ?僕は絶対に君を泣かせないって」
「・・・うん」
春野くんの優しい笑顔が、傷ついた心に慈雨のように染み込んだ。
それが嬉しくて、こそばゆい感じがして、でも嬉しさが戻ってきて、不思議な感じがする。
あぁ、やっぱり好きだ。
冷めることのない恋。決して燃え尽きない恋の炎。
愛し合う。思い合う。想い合う。
両思い。両想い。
相思相愛。
相手を思い、相手を愛す。
好きという気持ちが、愛してるという気持ちが、溢れ出て止まらない。それだけで、思考が止まる。
私は首を横に振り、愛に満たされた、外国のチョコぐらい甘い思考を追い払った。
「瑠璃?どうかした?」
首を横に振った私を春野くんは心配してくれた。
「どうもしてないよ」
それから、しばらく2人で色々なことを話した。
好きな食べ物、好きな科目、お互いの好きなところ。
途中で瑠衣と瑠美が目覚めたような挙動をしていたけれど、私は布団をかけることでまだ寝ていて、と指示を出した。
もうちょっとだけ、春野くんとの時間を過ごしていたい。
その気持ちを瑠衣と瑠美は理解してくれたようで、何も言わず寝たふりをしてくれた。
もう時間も遅くなり、春野くんは帰ることになった。
「駅まで送ろうか?」
「ここまででいいよ」
そう言って、春野くんは優しく微笑む。
「ねぇ瑠璃」
途端に話しかけられる。
「何?」
「じゃんけん、しない?」
「え、じゃんけん?」
「うん、じゃんけん」
「なんで?」
「勝った方が、負けた方の言うことなんでも一つ聞くっていうのはどう?」
それは、いつぞやに交わしたゲームの約束と同じで、断る理由などなかった。
「いいよ」
「じゃあ、行くよ。じゃんけんー」
ぽん、という掛け声と共に私が出したのはパー。春野くんが出したのは、チョキ。
「僕の勝ちだね」
負けてしまったけれど、春野くんの笑顔が見られたから、それでいいような気がしてきた。
「私は何をすればいいの?」
私の問いに迷う素振りもなく、真っ直ぐに私を見つめて言った。
「僕のこと、呼び捨てで呼んでよ」