第九話 うん、頑張る
「僕のこと、呼び捨てで呼んでよ」
私は一瞬、何を言われたか分からなかった。
春野くんに言われた言葉が脳内を一周して、ようやくその意味に気がついた。
「え!?呼び捨て!?」
私の驚きに、春野くんは照れながら頷いた。
呼び捨てに抵抗感はないけど・・・ないけど!でも、なんというか、その・・・私が呼んでも、いいのかな?あ、いや、呼んでほしいって言われているんだから呼ぶべきなんだけど・・・。
「・・・まだ、呼びたくない?」
「あ、えっと・・・」
「無理しなくていいから、呼びたくなったときに呼んでよ」
失敗した。
私は、瞬時に悟った。だって、春野くんはすごく悲しそうな顔をしているから。私が、春野くんのことを呼び捨てで呼べないって分かったから、落胆、している。
何を言うべきなのか。声はかろうじて出せたが、言葉は出なかった。
私の戸惑いを感じ取ったのか、春野くんは悲しげな表情をしながら帰っていった。
次の日、わたしは気まずさと戦いながら学校に行った。
”いつも通り”それを心がけながら、”いつも通り”の自分を演じようとしながら。
でも、たった一人だけ気付いてしまったようだ。
「るーさん、元気ない?大丈夫?」
放課後、みーさんにそう話しかけられた。小学生からの幼馴染であるみーさんには私の演技は通じないらしい。
「大丈夫」
「春野さん関連?」
「・・・いや、違う」
「春野さん関連なんだ」
いや、私否定したよね?
「嘘は通じないから」
みーさんは私の心を読んだかのようにそう言った。
「本当に、違うから」
それでもなお、嘘をつこうとする私にみーさんは呆れた表情をしていた。あまり表情の変わらないみーさんだが、目の色が全て語っている。
「るーさんが言わないなら仕方ない。私、春野さんを一発ぶっ飛ばしてくる」
「ちょ、ちょっと待って!?」
私はみーさんの腕を掴んで止めた。
「なんで?」
みーさんはなぜ私が止めたのか分からないようで首を傾げた。
こういうときのみーさんは、少し、純粋な子供に似ている。
それが悪と知らないで、それが駄目なことだと知らないで、無邪気に攻撃する。
ここで、みーさんに全てを任せて春野くんとの関係を切ってしまうのも、それはそれでありだ。多分、私はあのとき、春野くんを落胆させた。春野くんはきっと私に幻滅した。だから、もう一緒にいれないのかもしれない。
でも。
それでも。
それでもいいから、私は一度、春野くんと話をしたい。
自分の手で、この話に決着をつけなくちゃいけない。
「私が自分で話す。だから、みーさんは見守ってて」
みーさんの目を見てみる。そこには、いつもの無表情ではなく目をパチパチとしたみーさんがいた。
「そっか・・・。うん、分かった」
優しげに微笑むとみーさんは、春野くんに会いに行こうとしていたのをやめた。
「頑張ってね。るーさん」
そう言いながら。
「うん、頑張る」




