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英雄物語  作者: ゴリランド
第一章 誰が為の英雄
9/15

1-4 マキナと魔術(2)

 オビクの指先に灯った小さな火が、フッと消え入る。


「早速実践を、と行きたいところじゃが、もう一つだけ触れておかねばならん事柄があっての」

「まだ何かあるの? 魔力核の位置とか、魔粒子が流れ出す感覚とか、なんとなくだけどもう分かったよ?」

「本来であれば、それさえ分かれば十分なんじゃがの。しかし、お主には他とは違う事情があるじゃろう?」

「魔術が暴走したこと?」

「うむ。事故防止の観点から、これから話す事は最も大切な事と言ってもいい」

「最も大切な事……」


 オビクの言葉を受けて、マキナはえりを正してその声に耳を傾ける。


「マキナよ。お主が見てきた魔術とは、如何様いかようなものだったかは覚えておるな?」

「うーん……今さっきオビクが見せてくれた火とか、あとは水とか風とかかな」

「うむ。お主の言う通り、普通、魔術というのは火や水といった『属性』と呼ばれる性質を伴うものじゃ。そして、個人がどの属性を扱うかは、生まれながらに有する『属性因子ぞくせいいんし』によって決定づけられておる」

「属性因子……?」


 初めて耳にする言葉に、マキナの首は自然と大き傾いていた。


「その名の通り、属性因子とは魔力と結びつくことによって、その魔力に属性を付与するものじゃ。一般的には、地水火風の基本四属が代表的な属性に挙げられる」

「てことは、オビクは火の魔術を使ってたから、火の属性因子を持ってるってこと?」

「理解が早くて助かるのう。指摘の通り、わしには火の属性因子が備わっておる。ただし、必ずしも一人に一つの属性因子というわけではない。人によっては二つから三つ、ごく稀に四つもの属性因子を有する者もおる」

「五つ以上はいないの?」

「もしも、そのような者がいるのなら、今頃その者はユニ=スカイブルゥの再来とでも呼ばれておるわ」

「ユニ=スカイブルゥ……?」

「『英雄物語』の著者にして、英雄アルマ・デウス=イニティウムと共に聖戦を戦い抜いた、偉大な英傑の一人にして魔法の創始者。よもや、忘れておるわけではなかろう?」

「あはは~……もちろん覚えてるよ」


 と口では言いつつも、マキナはたった今その存在を思い出していた。

 しかし、イギリカ人として偉大な先人の存在を『忘れてた』などとは口が裂けても言えず、これ以上深堀されないように話を先へと進めるよう促す。


「それで? その属性因子が、あたしの魔術の習得とどう関係があるの?」

「今から魔術を実践するに当たって、お主には『属性を伴う魔術』──つまり、一般的な魔術ではなく、『属性のない魔術』を習得してもらう。基本四属のみならず、他のどの属性にも属さない純粋な魔力による魔術じゃ」

「属性のない魔術? そんなのあるの?」

「馴染みはないかもしれんが、確かに存在する魔術の一つじゃ。その習得難易度は、多くの者にとっては属性を伴う魔術を習得するよりも、遥かに難易度の高いものになっておる」

「いやいや、ならあたしにできるわけないじゃん」


 教えをうている立場にも関わらず、マキナは肩をすくめて呆れ返る。

 対して、オビクも呆れたようにため息を一つ漏らすと話を続けた。


「このような言葉を聞いたことはあるか?『魔術は感覚の領域』と」

「う~ん……ない!」

「そうか。これは、魔法に対して魔術がしばしば言われる言葉じゃ。その意味は、魔術とは感覚、つまり、イメージで扱うものということを意味しておる」

「よく分かんないんだけど……」

「魔に関する学問において、〝イメージ〟は〝感覚〟に言い換えられる。魔術の根幹を成しておるのは使い手の感覚イメージ。つまり、使い手が想像できんことを、魔術で実現することは不可能なわけじゃ。そして、この前提条件が、先に話した習得難易度にも係ってくる。大多数の者は〝魔術は属性を伴うもの〟という固定観念に縛られておる。ゆえに、属性のない魔術など荒唐無稽こうとうむけいな代物として捉えておる」

「だから、属性のない魔術の習得難易度は高い。だって、ほとんどの人は属性のない魔術なんてイメージできないから……ってこと?」


 結論を予想して、マキナは先んじて答えを口にする。

 すると、オビクは深く頷いて同意した。


「ん~でもそれだと、あたしも習得できないかもよ? あたしって、オビクの言う大多数の側だし」

「この選択はお主の抱える魔術の暴走(リスク)を考慮した結果じゃ。やはり純粋な魔力を基幹コアにした方が、魔術が暴走した時の被害も最小限で済むからの」

「でも、あたしがその難しい魔術を習得できるって、ちょっとでも思ってくれたってことだよね? ね!」

「いんや、ちょっとどころではない。限りなくゼロに近いと思うておる」

「なんでやー!」


 思わずツッコミを入れてしまうと、マキナはその場にズッコケそうになってしまう。

 自分を評価していたのは自分だけであり、自分の才能に期待していたのも自分だけだった。


「じゃあさ~、オビクはできんの~? その純粋な魔力? を使った魔術はさ~」


 仕返しに少し意地悪してやろうと、マキナは口角をニヤリとさせて尋ねる。

 だが、


「もちろん、できるぞ」

「……」

「何じゃその目は?」

「やってみて」

「信じておらんのか? まったく……ほれ、試しにわしの手首を掴んでみぃ」

「手首?」


 言われるがまま、マキナは枯枝のように細い手首を掴む。


「もっと強く」

「もっと? ん~……これでどう?」


 オビクの指示通り、一寸の隙間もなくがっしりと。

 これで手首は完全に拘束された。オビクが腕を振ったとしても、びくともしない。

 これから属性のない魔術で一体何をしようというのか。マキナはその動向をいぶかしんで見守っていた。

 すると、


「え?」


 あんなに強く握り締めていたはずのマキナの手が、手首から簡単に剥がれてしまう。その間、オビクの体はまったく動いておらず、拘束していた腕すらも微動だにしなかった。


「何が起こったのか理解できたか?」

「いや……全っ然分からなかった」

「わしは今、属性のない魔術を手首から放出させた。それにより、お主の拘束は内側から持ち上がり、無理やり手と手首の間に隙間を生じさせたんじゃ」

「あっ、確かに手が内側から持ち上がるような感じがあったかも」

「その感覚こそが、属性のない魔術に触れたという証左じゃな。空気と同じで、属性のない魔術を肉眼で捉えることは難しい」

「これで攻撃したりはできないの? 見えない攻撃なんて最強じゃん」

「極近距離であればできなくもないが、純粋な魔力というのは結合力が弱い。その結合力を補うはずの属性因子からも孤立しているゆえ、一度体外へと放出してしまうとすぐに魔粒子へと別れてしまう。属性のない魔術の使いどころとしては、拘束や組技を解く際がほとんどじゃ」

「な~んだ。じゃあ、習う意味ないじゃん」

「そういうことは、事を成してから言うものじゃ。それに、これはあくまでもリスクを排除したやり方。段階を追って魔術に慣れさせるつもりではあるが、これができんようなら、もちろん属性を伴う魔術の習得へと直行してもらう」

「ああ、そゆことね」


 オビクの意図を理解すると、マキナは納得して早速魔術の実践に取り掛かろうとする。


「それで、まずは何をすればいいの?」

「うむ。魔力は体外へと放出される際、『魔力孔まりょくこう』と呼ばれる器官を抜けて体外へと放出される。肉眼では確認できんほどの小さな孔じゃ。それが体の至る所に無数に点在しておる。特に集中している箇所としては、手足の末端が挙げられるかの。魔術や魔法を行使する際、その多くが手足を始点として放たれる理由も、これにるところが大きい。まあ、人体の構造を抜きにして話せば、放出した力の流れを指向しやすいというのが一番の理由なんじゃが……」


 オビクはそこまで言うと、軽く咳払いをして話題の軌道を改める。


「さて、魔粒子を生み出す感覚はすでに教えた通り。今度は、その感覚を魔力へと結び付けねばならん。そうじゃのー……左手か右手か、どちらか一方の手に魔粒子を向かわせることを意識をしてみぃ」

「分かった、やってみるね」


 マキナは目を瞑ると、先ほど掴んだ魔粒子が生成される感覚を再現しようとする。

 魔力核から大量の魔粒子が流れ出す感覚。魔粒子の一つ一つは極小であり、感覚としてすらも認識するに至れない。だが、中身は感じ取れなくとも、大河のように溢れ出る魔粒子の流れ、その大まかな輪郭を一つの存在として感じ取ることはできていた。


(この感覚を、手の方に寄せていけばいいんだよね……)


 液体のように一定を保たない輪郭の動き。その動きを、マキナは左手へと寄せていくよう()()()()()意識する。

 すると、輪郭の動きだけで認知していたはずの魔粒子が、おのずとその中身をも感じ取れるようになっていた。


「多分だけど、左手に集まってるかも……?」

「その力は流動的か?」

「ううん、最初はそうだったけど、今は一つの塊? みたいに感じる……」

「どうやら、無事に魔力を練ることができたようじゃの。魔粒子と違って、魔力は一つの塊としてその力を認識しやすい」


 オビクの言う通り、マキナは左手に確かな圧迫感を感じていた。

 この圧迫感こそが、その箇所に魔力が存在するという証明なのだろう。


「魔力が集まったと感じたら、次はそれを体外へと放出せねばならん。その始めとして、手のひらを一つの面として意識するのじゃ。面には大きな孔が空いていて、その孔から溜め込んだ魔力を一気に外へと押し出すイメージで」

「溜め込んだ魔力を一気に……」


 手のひらがググっと内側から盛り上がるような感覚が起こる。

 実際にそのように動いていたかは定かではない。しかし、マキナはより一層眉間に深くしわを寄せて息み続けた。

 その瞬間──パッと、左手にあったはずの圧迫感が煙のように消え去ってしまう。

 マキナは驚いて目を開けると、左手に視線を落とした。


「あ、あれ?」

「どうした?」

「いや、急に魔力が消えて……」


 右手で左手をぐにぐにと弄繰いじくり回すも、普段と変わらない状態がそこにはあった。


「おっかしいなぁ……確かに左手に魔力が溜まってた感じがしたんだけどなぁ」

「一回でできるとは思うておらん。もう一度やってみぃ」

「うん……」


 マキナは口を尖らせて頷くと、もう一度魔力を練り始める。

 だが、再度左手に圧迫感を感じることはあっても、それが魔術となって顕現することはなかった。

 生み出しては消え、生み出しては消えを繰り返すこと数十回。

 やがて、オビクが徐に口を開いた。


「やはり、このような短時間では固定観念を払拭することは難しいか」

「それって、魔術に対するイメージの話?」

「うむ。まだ子どもの時分であれば容易かと思うておったが、八年という歳月は、わしが思うよりお主を大人にしてしまったらしい。このやり方で魔術を習得できるのは、下手をすれば数年後になるやもしれんの」

「えー……やっぱりダメじゃんか」


 マキナは落胆してうな垂れる。

 そうなると、魔術の習得に残された手段は一つだった。


「てことはさ……」

「やってみるしかないの、属性を伴う魔術を」

「そうなるよね~……はぁ」

「そう気を落とすでない。お主が魔術を恐れる理由も分かる。しかし、いつまでも足踏みをしている暇もなかろう?」

「……うん」


 魔術を身に付けるという提案はオビクの発案だ。だが、信念を貫き通すことも、フェロニアのために資金を稼ぐことも、そのどちらも誰かに強いられているわけではない。だからこそ、最後の一歩を踏み出すのは自分自身の意思でなければならなかった。

 マキナは頬をピシャリと叩くと、気合を入れ直して声を上げる。


「よし! やってやろうじゃんか!」

「よう言うた! その意気じゃ」


 オビクの激ある声にも背中を押される。

 だが、当然、それはそれとして。


「あっ! でも、危なくなったら止めてね?」

「分かっておる。少しでも異変を感じれば、止めに入ろう」

「絶対に止めてね!?」

「分かっておるて……まったく、度胸があるのかないのか」


 恐る恐るながらも、マキナは再度目を瞑って魔力を練り始める。

 先刻までとは違い、今度は属性を伴った魔術の行使だ。過去の出来事トラウマから、その緊張感も尋常ではなかった。

 強張こわばる彼女の体に、オビクの声が優しく耳を刺激する。


「お主の魔術に対する恐怖は炎に起因しておる。であれば、他の属性因子と魔力を結びつけるよう意識をするのじゃ」

「他の属性?」

「属性因子は一人に一つとは限らんと教えたじゃろう。お主にも火の属性因子とは別の属性因子が宿っている可能性は十分にある。火以外の基本四属……水、風、地のどれかがの」

「もし持ってたとして、それがまた暴走したら?」

「だとしても、火よりはマシじゃろう? わしもその方が対処しやすい」

「う~ん……」

「よいか、マキナよ。魔術はイメージじゃ。己が魔術を制御するイメージを常に持て。それがお主の魔術を確固たるものとし、そしてお主の力となる」

「魔術を制御するイメージ……」


 半信半疑で、左手に集めた魔力に属性因子を混ぜ合わせる。

 マキナが想像したのは水だった。

 日常的によく見て、触れて、飲んで、己の体内に確かに存在するもの。言い換えれば、最もイメージが容易な存在。それが魔術となって顕現した際の形状、温度さえもすでに想像イメージとして固まっていた。

 当然、左手に起こる感覚は冷たく、そして液体のような流れ出す力──のはずだったのだが……。


「──っ!?」


 左手にあった圧迫感が右手に、冷感ではなく熱が。すべてが逆さになって、マキナの感覚を支配していた。


(熱っ!? なんで……)


 右手に起こった熱は、手のひらの薄皮一枚下を沸騰させるように温度を上げていくと、じわじわと手首から肘へ、二の腕へ、肩へと這い上がってくる。

 やがて、マキナの額からは嫌な脂汗が滲み出ると、その熱は刺すような痛みへと変化した。


(これって……ダメだ……やめないと……でも……成功させないと──)


 まぶたの裏にはサイケデリックな模様がぐるぐると巡り始めると、思考は混乱し、体は金縛りにでも遭ったかのように硬直して動かなくなってしまう。

 肌に触れていはずの冷たい空気も感じ取れず、痛みに叫ぼうとしても口は動かず、誰の気配も感じることのできない暗闇の中、マキナは孤独に怯えることしかできなかった。


(誰か……誰か──助けてっ!!)


 思考が完全に闇に呑まれようとしていた時、最後の力を振り絞って助けを求める。

 すると、声に出していないはずその言葉に応えるように、小さな音がマキナの肌を震わせた。


「マキナッ!!」


 今度はその音が言葉としてハッキリと聞こえてくると、次の瞬間──、


「ぶっ──!?」


 マキナの体は横に吹っ飛んでいた。

 石のように固く硬直していた体は、外部からの衝撃によって解かれると、彼女の体は硬い地面の上に落下する。


「……痛い」


 素朴な感想だけが口から漏れ出る。

 突き刺すような右腕の痛みはいつの間にか消え失せており、残ったのは右頬から起こるジリジリとした痛みだけだった。


「よかった~」 

 

 無事だったことに安堵して、マキナは思わず独り言を吐いてしまう。

 だが、誰かに投げ掛けたわけでもないその独り言に、予期せぬ返事が戻ってくる。


「何が〝よかった〟んだ?」

「え?」

「よう」

「……」


 顔を上げたマキナは、再び硬直してしまう。

 目の前に、厳つい顔に白髪交じりの髭を蓄えた男性の顔が重々しく存在していた。

 その顔は眉間に皺を刻むと、鋭い目つきでこちらを一点に睨み付けている。


「タ、タリベール……なんでここに?」


 絞り出した声で呼ぶのは彼の名前。

 その男はフェロニアの店主にしてマキナの現保護者──タリベール・スー、その人であった。

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