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数日後、滝谷とゲーム部のいつもの仲間は喫茶店を訪れていた。
席に座り、やってきたのは工場で検査を終えたアンドロイドのエミだった。
「水をどうぞ」
三人分の水をテーブルに置くと、彼女はにこやかな顔で、
「メニューが決まりましたらまた呼んでください」
と、テーブルを後にした。
「接客用のロボットだけあって、滝谷が恋に落ちるくらいの可愛さだよな」
吉富が言った。
「工場で初期化されちゃったんだろ? 今までの積み重ねが全てパーだな、滝谷くんよ」
「最初に教えてくれといたらあんな無駄なことはせずに済んだんだ」
「まあ、そういうなよ。これで滝谷もニュースとかネットに興味持ったろ。いい勉強代だと思えばいいさ」
確かに彼はあの件以降、ニュースやネットの記事に目を通すことが多くなった。
あのアンドロイドは三ヶ月前にある企業が開発した世界初の接客型アンドロイドだったそうだ。
ニュースでも話題になったし、佐伯や吉富も知るほどの知名度だったが、あいにく滝谷はその時のことをまるで覚えていない。
「さあ、メニューを選ぼうじゃないか」
彼らはメニューを選び、エミを呼んだ。
席に来たエミを見て、滝谷はいまだに彼女を心の奥底で想う気持ちが残っていることを実感した。
叶わぬ恋だったが、仕方あるまい。
彼女はアンドロイドだったのだ。
諦めるしかないのだ。
「カフェラテのアイスが2つと、アイスコーヒーを一つですね」
エミが選んだメニューを復唱する。
「しばらくお待ちください」
そう言って席を後にしようとしたエミは、ふと足を止めた。
そして、滝谷に声をかけた。
「映画の話、店長に聞いておかないとですね」
「え?」
笑顔を残して彼女は席を後にした。
滝谷は狐に摘まれたように何が起きたのか分からずしばらく唖然としていた。
他の二人も同じだった。
「あれ? 初期化されたから記憶はないはずだろ?」
吉富が言う。
「なんで彼女、俺のことを覚えているんだ?」
困惑の時間が数秒。
佐伯が不意に乾いた笑いを漏らした。
「恋は奇跡を起こすってやつかもな」
奇跡?
滝谷は心に沸き起こる感情を確かめていた。
もしかすると、もしかするかもだ。
障壁は大きいかもしれないが、こう言うこともありかもしれない。
もし彼女がまだ覚えているなら。
彼はそのチャンスにもう一度かけてみようと心の中で思ったのだった。