5話 沼
「ああ。あれは巨大な底なし沼に対象を引き込む魔法、《グランドフォール》。といってもデバフの効果で弱体化しているから通常は恐れるほどじゃない、んだけどな」
火の海が視界を遮っていることを利用してヨルムンガンドは遠距離から弱体化した《グランドフォール》を連発。
生み出さる沼は次々と私たちから逃げ道を奪う。
「うぁぁぁ……」
「魔法は発動すると体力を消費する。そして魔法の発動に必要な体力が枯渇していると身体が判断すると今度は生命力を消耗して魔法が発動される。あの火の中にいるだけでダメージがあるだろうにこれだけ魔法を連発すれば生命力は著しく消耗しているだろう。ただそれでもまだ魔法を発動し続けるということは、もうこの方法でしか俺たちを殺せないと判断したか」
「じゃ、じゃあ取り敢えず後退して生命力がなくなるまで時間を稼ぐ? それとも今の内にここから魔法を撃ち込む?」
「時間稼ぎで後方に逃げても残り約200000000の生命力が消すれる前に俺たちが沼に飲まれる。 それに遠距離から見えない敵に魔法を撃ち込んでも避けられる可能性が高い。それだと無駄に体力を失う。となれば……」
「え? ちょ、ちょっと! 急に盛らないでよ……。あ、もしかしてこれが吊り橋効果? そ、そのだからって……。私がいくら魅力的に見えたからって……。私、男の人に触られるの初めて、なのよ……」
「沼を飛び越えて無理矢理接近戦に持ち込む。ただ、お前は俺の火に巻き込まれる可能性があるから……しばらくは上にいろ」
「う、上って!? きゃ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
唐突なお姫様抱っこにときめきを感じていたことなんか忘れそうなほど、アオは私を高く高く宙に放り投げた。
急激に変わる景色と高まる浮遊感、恐怖心。アオ、あいつ絶対許さな――
「あ! いや……。急にこんなことされたからさっき出しきれなかった分が……。も、もう、い、いや……」
「うぁ?」
「臭いに反応して火から顔を出したか。なるほど、こんなサポート方法もあるんだな」
「ば、馬鹿言ってないで早くそいつ倒しちゃいなさいよ! そ、それでこっち見るなあ!!」
私が股間を抑えながら必死に声を発すると、アオは火から一瞬だけ顔を出したヨルムンガンド目掛けて飛び上がった。
その姿は飛翔を可能にする《ウィング》を発動しているかと疑うほどの余裕と優美さを持ち合わせている。
「う、あ……。うあああああああああああああ!!!!」
「アオっ!!」
「飛び上がった俺を視認し、自分の場所が特定されたこと、《グランドフォール》による作戦が無駄に終わったことに気付いた……。その上で適当な魔法の連発か……。滑稽だな」
ヨルムンガンドは逃走するわけでもなく石の礫で相手を打ち抜く《ストーンバレット》や地面を操作し、相手を拘束する《アースバインド》を発動させているけど、デバフによって情けない姿になってしまったそれらをアオはもう避けようとも払いのけようともしない。
一瞬でもアオが魔法の餌食になるかもしれないと焦ったのが馬鹿みたい。
「う、うっぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
「どうしようもなくなって思考だけでなく身体も停止したか。残り生命力が200000000程度とはいえ逃げ回られて鬼ごっこ……なんてことにならなくて助かった。ありがとう、感謝する」
アオの薄く柔らかい声。
そしてそれをかき消すにぶく大きな殴打音。
飛び上がったアオはヨルムンガンドの頭上に到達すると、脚を高く振り上げて思い切り踵をヨルムンガンドの脳天に落としたのだ。
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