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『イワンイリイチの死』(トルストイ)の場合

このクレ○リンの大統領執務室で、

たしかに、一人で仕事をしていた筈だ。


ところが。


ふと視線を上げると、

執務室の真ん中にベッドがあり、


そこに痩せ細って血色の悪い顔をした

中年男が横たわっており、


ぜえぜえ、ぜえぜえと

肩で息をしながら、

大統領のほうを、見つめている。


「エッ!な、なんだね、君は!」

大統領は仰天して椅子から立ち上がる。

「ここは私の執務室だぞ!

どこから入ってきた?」


「ここがあんたの執務室だと?」

中年男は、今にも途切れそうな

苦しい息を漏らしながら、

大統領をジロリと睨みつけた。

「この際、嘘は、やめてくれないか?」


「嘘だと!?

本当にここは私の執務室だ!」


「ああ、やめてくれ、ウンザリなんだ!

なぜみんなで、私を騙そうとするんだ!

私は死ぬんだろう?もう明白じゃないか!」


「いや、今、ハナシをしているのは、

そこではなくて、

ここは私の執務室、、、」


「私の死については、

ハナシをする価値もないだと?

これだけ一生懸命、

働いてきたのに、

死が近づいて来た今、

なんとくだらない人生であったか!」

病人は天井を見上げ、こう続けた。

「私だけじゃない!

みんな死ぬんだ!

いつかは死ぬんだ!

それなのにみんな、

そのことを知らないふりをして、

音楽をやったりダンスをやったり、

どうでもいい仕事をしたりしている!」


「、、、困ったな」

さすがに大統領も、

自分の中で気持ちが

萎えてくるのを感じた。


その時、執務室のドアが開き、


気の強そうなスラヴ系の少女が、

つかつかと入ってきて、

ベッドの脇に立つと、

「パパ!またそうやって、

自分の病気のことで

人の気持ちを萎えさせるつもり?

この人(大統領を指差して)にも

迷惑じゃない!?

あんまりだわ!

まるで私たちのせいで

こうなったみたいじゃない?

パパはかわいそうだけれど、

何も周りに当たり

散らさなくたって!」

そう言って、その少女は、

ツンツンとまた、

部屋を出て行ってしまった。


今の剣幕には大統領も驚いてしまい、

「な、なんだね、今のコは?」


病人はぜえぜえしながら答える。

「私の娘だ」


「しかし、あんな言い方はひどい!

まるであんたに、

死ぬなら一人で静かに死んでくれと

言っているようなものじゃないか!」


「娘だけではない。

妻もだいたい、あんな言い方だ。

私が働いて必死に

守ってきた家族なのに」


「ひどい!うーむ、許せん!

こんなことがロシアの家庭で

起こってはいかんのだ!

うん、許せん!」

さすがに大統領も顔を赤くして

プリプリと怒る。


「仕方もない。私自身、

自分がいつ死ぬかなど考えもせず、

家族との時間もロクにとらず、

仕事仕事に夢中になっているうちに

この時を迎えてしまったんだからな。

今の私には、一時間一時間が拷問だ。

ひとりぼっちで、

死ななければならない。

これが最大の苦痛だよ」


それを聞いて、

大統領もシンミリとし、

おごそかにベッドの脇に座り、

病人の手を取った。


「私でよければ、

ここについていてやるぞ」

そう、大統領は言った。


「ああ、そうか。ありがたい。

すまないな。あんたも孤独で

苦しんでいるんだろうに」


「そんなことはいいんだ。

さあ、気を楽にしてくれ」


「すまないな。

人生最後の日に、

戦争開始にサインをして

たくさんの人間を死に

おいやった責任のある男に

手を握られるとは、

変な気持ちだ」


「なんか微妙にイヤな感じだな」


「あんたも、このあいだの

CSTO首脳会議では、

なんとも孤独そうだったな」


「イヤなことを思い出させるな」


「あの会議であんたの側に

立ってくれたのは、

ベラ○ーシの大統領だけだった」


「やめい!」


「しかしな、私から見れば、

あのベラ○ーシの大統領も、

いつまでもあんたのサイドに

いるかとなると、怪しいぞ」


「やめんか!」

だんだんイライラしてきた大統領、

「病人だから優しくしていたが、

なんかどうも怪しいな、、、。

お前、名前はなんという?」


「私は、文豪トルストイの

小説に出てくる、

イワン・イリ、、、

イワン・イリ、、、

えーと、えーと、、、」


「なんだと?

自分の名前を思い出せないのか?

お前、本当に

トルストイの小説の中から

来たキャラクターなのか?」


「、、、やべえ!」

病人だと思っていた男は

やおら、ベッドから立ち上がり、

大統領の右腕をスポンと抜いて、

走り逃げて行った。


「あー!お前は、

このあいだのエピソードで

オレの腕を引っこ抜いたヤツ!

お前の小芝居だったのか!」


「腕は鬼嫁への土産にするよ、

べーーーっだ!」


イワン・イリイチ、、、ではなく、

先日の【もしクレ】のエピソード、

『ズディグル・アプルル(ハルムス)の場合』

から再登場した

ピョートル・パーブロヴィッチは、


そう言って、執務室から

逃げて行ってしまった。


「くそー、またあいつのシワザか!

オレの腕を返せー!」

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