急
<前回までのあらすじ>
美しい絵を友人の田代から貰い受けた安田。安田は経営している雑貨店にその絵を飾るが、その絵が欲しいという青年が現れる。絵を青年に譲るが、かえってその青年から頼み事をされる。頼み事とは、絵の額縁に挟まっていたお金を田代に返すことだった。
しかし、田代はそのお金を受け取ることを拒む。仕方なく、その青年にお金を返しに行く安田であったが、青年もお金を受け取らない。そこで青年と田代はそれぞれ半分の額を受け取り、田代はお金の代償として一つの茶碗を青年に送ることにした。これにて一件落着と思いきや、茶碗は、さらに他の人の手へ。しかもかなりの値がついたというではありませんか。
プルルルルルルッ
店に電話など珍しい、と思いながら安田は受話器を取った。
「・・・お電話ありがとうございます、茉莉花でございます」
「・・・安田さんはいらっしゃいますか」
「安田は、私ですけれども」
「こんにちは、大嶋です」
安田は一瞬、嫌な気配を感じた。
「お渡ししたいものがあるのですが、外で渡すのはちょっとアレなので、今からお店に伺います。・・・」
1時間後、大嶋が店にやってきた。前会った時とは違い、作業着だった。
「いやー、今も信じられないような話です。製品を納品している会社の社長に会いに行ったんですけどね、茶碗を見たいからって持ってくるように言われていたんですよ……」
彼が言うには、そこの社長さんというのが大の骨董好きで、茶碗を大嶋さんから買ったそうだ。鑑定士による茶碗の鑑定額が、なんと150万円。あれはただの茶碗ではなかったのだ。四方田新左衛門という室町時代の著名な陶工の作だそうだ。で、断りきれず150万円を受け取ってしまったという。
「それで、また私に、150万円を彼に返してくれと。そういうことですか」
「いや、ああいう方がまた素直に150万円受け取るかどうかわからない」
「……私も反省致しました。先例にならい、70万円は私がいただきます。おやっさんには、この70万円を渡して欲しいです。10万円は、おやっさん、お納めください」
「そういうことですか、ならお引き受けいたしましょう。しかし、今回私は1円もお金を受け取る義理はありません」
「ならそれも渡しておいてください。」
ともあれ,休みの日にまた田代邸に行かねばならない。
「・・・もしもし,田代さん。安田だけど。明日、久しぶりに将棋でも打ちませんか」
「・・・よし、分かった。10時に用意しとくよ」
車を走らせ、田代邸に向かった。10時10分頃に着いて、それから将棋を打っていた。ところで私は、いつ話を切り出そうか迷っていた。10分ほど経った頃、話をし始めた。
「そういえば、まだ例の青年について何にも話して無かったですね……」
「あの、絵をくれてやったっていう青年かい?」
「ええ。彼は、大嶋鉄工所っていう鉄工所の若社長なんですがね。得意先の社長さんに、例の田代さんがあげた茶碗、譲って欲しいと頼まれたらしいんですよ」
「ほう、それで?」
「茶碗に値がついて、150万円」
田代はそれを聞いて自分の耳を疑った。思わず聞き返してきた。
「まさか、またそれを私に……持ってきたんじゃなかろうね」
「ええ、持ってきましたよ。でも、80万円。どうせ150万円あったって受け取らないでしょう」
彼は1銭も受け取らないような目をしていたので、また何かあげてはと提案した。
コンコンコンッ
「お父さん、お茶」
「お、綾ちゃん、ありがとう」
「しかしねぇ、何かあげると言ったって、そんなもの……」
田代は綾が出て言ったのを確認すると、声を低くして言った。
「その大嶋さんというのは、独り身かい?」
「はて、独身で、お付き合いしている人もいないと言っていたと思うけど」
「大嶋さんの歳は?」
「27、8」
田代は少し考えていた。安田は案外こういうところの感が鈍い。
「安田くん。今度、綾とその彼の見合いを取り持ってくれないか」
「へ?」
予想外の言葉に安田は、ただただ驚いていた。
「それで見事2人が結ばれることになるならば、この80万円、支度金がわりに受け取りましょう」
「わかりました。仲人、お引き受けいたしましょう」
3週間後、都内某ホテルで二人のお見合いを行った。
「こちら、田代綾さん」
「こちら、大嶋健人さん」
二人は、恥ずかしながらも、挨拶を交わした。
ここまで来るのに色々と大変だったなぁと安田は今までの事を振り返っていた。お見合いの話を大嶋に持っていったとき、彼は難しい表情を浮かべていた。お見合いには、それなりの覚悟が必要なんだろう。
それに、彼は悩んだはずだ。結婚相手を金で買ってるんじゃないかと。でもそんなことは気にしないで、彼女と会ってみてほしいと安田は懇願した。なぜなら、安田は綾が小学生の頃から知っているからだ。彼女は、父親思いのとてもいい子である。
大嶋健人も、たかが知れた回数しか会っていないが、彼には計り知れない誠意があると確信していた。
「私も、綾ちゃんの花嫁姿が見れて嬉しいよ。おめでとう」