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錆と菊  作者: 蔵人藻袮
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親友から絵を貰った安田だったが、程なくして、その絵をある青年に譲ることになった。絵を受け取った青年・大嶋は額の中に封筒を見つける。大嶋に頼まれて封筒を親友に返しに行く安田だったか……。


火曜日は店の定休日、安田は田代邸を訪ねた。

「どうしたんだい。安田くん」

「店に飾ってたんですけど、あの絵を欲しいって青年がいてですね」

「それで、どうしたんだい」

「あまりにも欲しそうにしてたんで、譲りました。そしたら中からこれが出てきたんですって。返して欲しいって言われたんで」

博夫は封筒を受け取り中身を取り出すと、やや安田を見てそれを封筒に戻した。

「いや、これは受け取れないよ。全部譲ってしまったものだ。僕はこれが隠されていたという事実を知らなかったが。譲ったものは譲ったもの、所有権は、その青年にある。返してきてくれよ」


その青年は、絵を譲った時に一緒に名刺を置いていった。大嶋鉄工所、ここからは車で1時間の場所である。

大嶋鉄工所に着くと、鉄工所ならではの潤滑油の匂いがぷんぷんした。

「大嶋さんはいらっしゃいますか」

従業員の1人に声をかけると、確認してくれた。しかし、出かけていていないということなので、帰ることにした。

水曜日は昼までの時間を臨時休業にして、大嶋鉄工所に向かった。しかし今度は工場が操業しておらず、仕方なく名刺の携帯電話にかけた。すると家にいるとのことだったので、しばらく工場で待っていた。

工場の応接室に通してくれてお茶を出してもらったが、店のこともあるので早く帰りたい。

「大嶋さん。預かっていたこれ、彼は受け取れないって言ってましたから、お渡しします」

大嶋は少し考えていたが、やがて口を開いた。

「いや、私がもらっても困ります。おやっさんには申し訳ないですが、ちゃんと返していただけますか」

自分も中を見たので知っている。お金なら、もらっておいて損はないはずだ。

「彼が言うには一度譲ったものの所有権はあなたにあると」

「お気持ちも分からなくはないですが、相手がいいと言っているんですからもらっておいたらいいじゃありませんか」

大嶋は少し考えていたが、やがて半ば強引に押し返されてしまった。


やっとの思いで店に帰り、店を開け、席についた。

客もいないので、電話をかけた。

「・・・もしもし、田代さん。安田だけど。やっぱりこのお金納めといてくれませんかね。向こうの人も困っている様子でしたよ」

「・・・え、それでそのまま持って帰ってきたのかい。だから言っているでしょ、それはもう僕のものではないのだから」

2人とも素直に受け取れば良いのに、と思う安田である。


困った安田は、翌日大嶋へ電話をかけた。

「・・・もしもし、大嶋さん。茉莉花の安田です」

「・・・こんにちは、お金はちゃんと受け取っていただけましたか」

「いえ、それが……、もう僕のものではないと言われてしまいまして」

「じゃあ、こうしましょう。私が、20万円分いただきます。で、もう20万円を返してきていただけますか。残りのお金は安田さん、迷惑料として受け取ってください」


それも困ったことである。再び田代邸を訪れ、当初の半分以下にカサが減った封筒を差し出した。

「ここに20万円分の旧札があります。残りのお金は、例の青年が受け取ってくれました。あなたも意地を張らずにどうか、受け取ってください」

「いや、ただ20万円いただくというのは気が引ける」

「じゃあ、何か相当の物をあげたらどうです?」

しばらく考えていたが、彼は、食器棚の下の方の扉を開けた。

「じゃあ、彼にこれをあげてちょうだいな。僕は目利きはできないが、形のいい立派な茶碗だとは思うよ。それっぽい箱に入っているし、ちょうど良くないか」

「では」

言ってはみたものの、これを受け取ってくれるかどうかは微妙だ。

やっとの思いで約束を取り付け、日曜日の昼下がりに隣町の隣町の喫茶店に呼び出した。茶碗を手にした大嶋さんは、思いのほか嬉しそうに帰っていった。


大嶋は、もらった茶碗を工場の応接室に飾った。帛紗っぽい布を買って下に引いて、茶碗の黒が映えるようにした。


夏になり、大嶋鉄工所では製品の納期が迫っている。大嶋鉄工所の一番のお得意様である横田精密工房の橋本社長は、大嶋鉄工所の視察に来た。大嶋健人以下社員18名が一所懸命に働いている様子を見て満足げである。


応接室に場所を移して、大嶋と橋本社長が、製品についての話をしている。

コンコンッ。

「失礼します。お茶を持って参りました」

「ありがとう」

橋本社長は得意げに咳払いをした。

「ところで、この茶碗話良いよねぇ、良いもん持ってんねぇ」

「いえいえ、そんな。私などてんで素人ですよ。茶碗の価値なんて全然」

「どうです、私に譲りません?今度うちの本社に来るでしょ、その時にこの茶碗も一緒に持ってきてくださいよ。もちろんタダでとは言いませんよ、ちゃんと古美術商を挟んで、適正な価格で」



ところ変わって、雑貨店・茉莉花。

「こんにちは、ミツヨさん」

「はい、こんにちは。安田の旦那さん」

「今日は曽孫さんが遊びにきているんですね」

「えぇ」

「可愛いですねぇ」


またすぐに大嶋健人と田代さんの間で振り回されることになろうとは、安田はまだ知らない。

つづく

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