メロスにはいろいろ分からぬ
メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。何事も多数決かあみだくじで決めればいいと思っている。経済もわからぬ。見えざる手……なにそれこわい。倫理もわからぬ。男なら悪・即・斬だ。
地理もわからぬ。降水量と気温のグラフでどこの国か当てる系の問題がすごく苦手だ。歴史も分からぬ。国王とか王妃とか将軍が代々同じ名前を名乗るのは本当にやめてほしい。
数学もわからぬ。微分積分できなくても羊の数は数えられるのだ。物理もわからぬ。地球が動いているわけがないだろう。化学もわからぬ。水素の音……なにそれもこわい。
現代文もわからぬ。作者の気持ちがわからぬ。古典もわからぬ。昔の人間の気持ちと言葉はもっとわからぬ。外国語もわからぬ。ボディーランゲージがあればよかろうなのだ。
音楽もわからぬ。音階も音程もわからぬが、エレキは弾けたらかっこいいと思っている。美術もわからぬ。ピカソの良さが特にわからぬ。情報もわからぬ。プログラミングができなくてもYouTubeは観られるのだ。
けれども保健体育に対しては、人一倍敏感であった。
ひとりの少女が、緋のマントを竹馬の友セリヌンティウスに捧げた。メロスは、単純な男であった。メロスには女心がわからぬ。メロスにはモテる方法がわからぬ。メロスには場の空気がわからぬ。メロスは激怒した。「気の毒だが正義のためだ!」メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。