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2台のデスクに2台のパソコンが並んでいる。
1台は最新AI搭載、レーザースクリーン式。1台は30年以上前の骨董品。部品は劣化し、電源すらまともに入らない。
「……直りますか?」
「残念ですが」
依頼者の口から重たい吐息。一縷の望みを懸けて来ただけに、落胆もひとしおだろう。宣告した僕の気も重くなる。
「でも、ここなら直せるって……!」
「看板通りです。うちは再現屋であって、修理屋や復元屋ではありませんので」
再現屋、もしくはリマスター。簡単に言えば焼き直し専門の職人だ。データやソフトを媒体から取り出し、別の媒体に移して編集・補正する。中身は引き継げても、媒体の故障そのものは直せない。
「データだけじゃ意味ないわ。父の形見で、ずっと一緒にやってきたパートナーなんです。パソコンとしてちゃんと操作出来なきゃ、何もならない」
「使えないとは言ってないぜ、お嬢ちゃん」
向かいの机の調が、ヘッドホンを外して口を挟んだ。
「コピー止まりは再現屋じゃない。素人は黙って見てな」
自分の方がよほど『お嬢ちゃん』だが、大口を叩くだけの腕はある。調と組んで3年、今や無くてはならない相棒だ。
「そろそろ始めよう、調。片方断線してるから、動力は後継機で2台分取る。ユニット20秒、リミット98分。ちょっと忙しいぞ」
「誰に念押ししてんだ? 律こそ、ロードとちんなよ」
「あの、大丈夫なんで……」
『お静かに』
ぴったり揃う声とジェスチャー。この辺のやり取りは、ウォームアップの一環と言っていい。セッションが始まれば、もはや依頼主は置いてけぼり。こればかりは仕方ない。2人の息が完全に合わなければ、リマスターは成功しない。
「メトロ・オン。テンポ480」
秘密兵器のスイッチを入れる。見た目はボタンの多いメトロノーム。『互換性メトロ』ないしは単に『メトロ』と僕達は呼ぶ。
情報機器の電子固有パルスを、時空針の音と振動で同調させる。どんな旧式でも、型違いでも、ジャンクでも、情報が蓄積されている限り、相互に複製や改変を加えられる。僕が設計し、調が改良した最強の商売道具。これがあるから、旗揚げして3年の若輩でも、どうにか2人分の食い扶持は稼げている。
メトロが律動を刻む――タラララララララ――秒間8回、毎分480回の超高速。僕が旧、調が新マシンに待機。480に頭と身体を浸していく。
「……3、2、1、GO!」
キーボードが楽器と化す。弾くのはプログラム言語。ローダーの僕が読み込んで送る『曲』を、アレンジャーの調が受けて編み上げる。会話もアイコンタクトも交わせず、一打のバグもミスも許されない真剣勝負。モニタに広がるC楽譜と、メトロに乗せて、お互いの奏でる音が総て。
――ラスト・タイプ。97分49秒31。メトロの針も、ッタ。と残響を最後にタイマーが切れる。
「終わりました。確認を」
それだけ言うのが精一杯。休みなくキーを打ち抜いた腕は痺れ、汗だくで息も荒い。向かいの調も机に突っ伏す。12歳にはハードワークだ。
「え? 直ったんですか!?」
「直っちゃないけど、動くよ。いいから触って」
恐る恐る、依頼主の指がパソコンに伸びる。半信半疑の打鍵は徐々に滑らかさを増し、エンターを押したところで、溜息と涙が静かに溢れた。
「共振LANを張って、後継機のCPUをサーバーに使います。旧型機で入力した指示が、後継機で処理・転送され、旧型機のフォーマットで再生される仕組みです。映るだけで中身は死んだまま。あくまで機能の再現に過ぎません」
「使えるなら十分です」
「2台を同時稼働させる為、後継機には倍以上の負荷が掛かります。処理速度が速いとは言え、かなりの無理を強いるわけですから、寿命は確実に縮みます。……1年か2年で、データを別機に移植するか、両方とも処分す事になります」
AIも人権が認められつつある時代、ロボット倫理規定に抵触する行為だ。電脳クローンに改造し、脳死状態の機械を、生きている様に見せ掛ける。
「構いません。この子達は、私が連れて逝きます」
泣き濡れた眼が、安らかに微笑った。扱う側にも様々な事情と理由がある。時限爆弾を抱えた1人と2台を見送りながら、僕に出来る事は、何てちっぽけだと思う。
***
「しょぼくれた顔すんな、律。いい大人だろ」
「お前はもう少し年長者を敬え。一応保護者だぞ」
「やだ。オレの方がテクは上だもん」
調は支援施設育ちだ。社会更生事業で出会い、僕の独立を機に引き取った。調と名付けたのも僕で、元の名前は存在しない。番号と記号の羅列で識別され、ガラス張りの研究室で机に向かい続けていた。
あらゆるプログラミング言語を駆使する天才。元は弟子なのに、すっかり逆転されてしまい、僕があごで使われる体たらくだ。
「……あの人、末期がんだっけ。オレとしちゃ、道連れにすんなって思うけど」
「権利者が申請しない限り、機械は所有物だからな。電子データは移植も再現も出来る。だけど、命を再現する事は、現時点の科学では不可能だ」
「ゲノムベビーとか、AI人間とかあるじゃん」
「どう造り込んでも、本人にはならない。別個の存在だと、どこかで線を引くべきだ。でないと壁に突き当たった時、虚しさと絶望しか残らない」
きょんと首を傾げる調。電脳が遊び相手で仕事場の彼女にとって、プログラム言語は日常会話、CPUと思考回路は等価だ。生命の定義が揺らぎがちな昨今、間違いとも断じきれないが、曲がりなりにも保護者として責任を感じる。
「微妙なセリフ。オレと組んで、律は後悔してんの?」
「怒るぞ調。そんなわけないだろう」
「あっそ。オレはちょっとしてるけど」
仕事はぴったり噛み合うのに、憎まれ口は相変わらず。
正直、僕も後悔している。さすがに面と向かっては言えない。