表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第4話

 ある日の夜、リビングでゲクトと典子はDVDを見ていた。典子が自分と同じ名前の人が出ているPVを見たいと言い出したからだ。

「ゲクトさんのDVDって持ってないんですよ。CDとかは何枚か買ったんですけれど、DVDってちょっと高いでしょ。なかなか買えなくて」

「うん、ごめんね。でもそれくらい拘りを持って作ってるからさ、どうしてもそれに見合う値段になってしまうんだ」

「あ、でも。今度そんなに高くないPV集を出されるでしょ? あれは私でも買えそうなんで買いますね」

「ありがとう、嬉しいよ」

 と、そんな話をしつつ、彼のライヴ映像などを毎晩見ていた典子であった。そして、その日の夜は「君に逢いたくて」のPVを見ることになったのだ。

 静かに画面を見つめていた二人。

 月明かりに照らされた画面の中の典子。そして、それを見つめるもう一人の典子。ゲクトは不思議な思いで画面の典子とそれを見ている典子を見つめていた。

 画面に映る寂しい笑顔をしている典子と、それを食い入るように見つめる典子では、どちらも違うタイプであり、それぞれに魅力のある女性ではあった。「君に逢いたくて」の典子は、その淋しそうな笑顔に惹かれて愛したわけだ。しかし、愛していると自覚した時には、いや、もうそれ以前に彼女はこの世の人間ではなかった。けれど、今、画面を見つめている典子は現実の人間。自分の物にしようと思えばできないこともない。

「この人、このPVを撮った時にはもう死んでいたんですよね」

「ああ」

「幽霊と過ごしたわけですよね」

「そうだね」

「でも、本物の人間みたいだったんですよね」

「そうだったよ。抱きしめたときも温かかったしね。死んでるなんて信じられなかったよ」

「淋しそうな微笑みですよね」

「ああ、そうだね」

「でも、一度見たら忘れられなくなる微笑みですよね…」

「………」

「ゲクトさん、まだ典子さんのこと忘れられないですか?」

 彼女の声の雰囲気が何となく変わったなと思った。何だか死んだ彼女の声に似ているな、と。そう思ったとたん、ズキっと胸の奥が痛むのを感じた。

(そうだ、まだ彼女のことは忘れられない)

 あれから時間は過ぎたけれど、何かの拍子にフラッシュバックを起こすときもある。一目で恋に落ち、彼女の淋しそうな笑顔が気になって、この淋しそうな笑顔を幸せそうな笑顔に変えてやりたいと思った矢先に、彼女は自分と出逢う前にすでに死んでいたと聞かされたときのショックはなかなか癒えるものではない。どれくらい眠れぬ夜を過ごしてきたか、神経も身体もボロボロになる毎日だった。

 それもやっと時間の経過とともに和らいできた。癒されたわけではないが、自分の周りのことも関心を寄せることができるようにまでなった。

 だがしかし───


 貴方のためなら死んでもいい───


 ふいに画面に映る典子が自分を見つめたような気がした。まるで自分を忘れないでと問いかけるようなそんな瞳に、突然彼は激しい罪悪感を感じた。

 彼は両手で自分の肩を抱くとうつむいてしまった。身体が小刻みに震える。何だろう、これは霊現象ではないという確信はあった。それではなぜこんなに寒いと感じるのだろう。なぜこんなに罪悪感に苛まれるのだろう。それとも、本当に死んだ典子が忘れられるのを嫌がってるということなのだろうか。わからない、何もわからない。

「ゲクトさん?」

 ゲクトの様子にただならぬものを感じた典子が心配そうに声をかけた。すると、彼女に名前を呼ばれた彼はポロポロと涙を流し始めたのだ。びっくりする典子。

「ゲクトさん!  どうしたんですか?」

「あの時見せてくれた典子の微笑みを俺は忘れない───そう彼女の仏前で誓ったのに、俺は時の経過とともに忘れかけていたのかもしれない。そんな俺を彼女は悲しく思っているのか。恨んでいるのか。忘れないでほしいと。忘れることは許さないと。私だけを愛し続けてと彼女はそう言っているのか。わからない。俺は如何すればいいんだ」


 彼女を忘れず。

 彼女の身体の温かさを永遠に。

 君の名前だけを叫び続ければ。

 それで彼女は安心するのか。

 そうしてほしいと彼女は思っているのか。


「そんなわけないじゃないですか!」

 突然、怒ったように目の前の典子が言った。ゲクトはハッとして顔を上げた。涙に濡れた彼の瞳が、泣きそうになっている典子を捉えた。だが、彼女は泣かなかった。そして、同じ言葉をもう一度繰り返す。

「そんなわけないじゃないですか」

「典子…」

「同じ名前だからってだけじゃないですけれど、何となく私、死んだ典子さんの気持ち、わかる気がするんですよ。彼女は決してゲクトさんのことを恨んでなんかいないって」

「恨んでない?」

「そうですよ。ゲクトさんのためなら死んでもいいってくらいに思ってた人なんでしょ? そんな人が愛した人を恨むはずがありません。彼女はきっと自分の分も愛するゲクトさんが幸せになることを願ってると思います。そんなふうに自分のことで苦しむゲクトさんを見ることが一番彼女にとっては辛いことなんじゃないかって」

「………」

「そりゃ、忘れてほしくないって思ってると思いますよ。私が彼女と同じ立場になったとしてもきっと同じだと思いますもん。けれど、それは一緒に過ごした幸せな思い出とともに思い出してもらいたいってことであって、そんなふうに失った苦しみとともに思い出してもらいたくなんかない。愛し合った出来事まで否定されたような気がする。生きてるときは確かに楽しいことや幸せなことばかりじゃないけれど、でも、死んでしまってからは楽しいことや幸せだったこと、つらかったことでさえも苦しみとともに思い出すではなくて、ああ、そうだね、そんなこともあったね、でもよかったね、出逢えて本当によかったね、本当によかったよって、そんなふうな想いで思い出してほしい。私ならそう思います。そういう意味で忘れないでってことをきっと典子さんはゲクトさんに伝えたかったんだと思います」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ