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氷山1  作者: 三井 銀太
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開戦の狼煙

「浦和支店の今回の債券のノルマは10億円だ。1ヶ月でやりきるぞ。」

支店長の奥村は朝の朝礼で静かにこう告げた。

支店の空気は張り詰め、「いよいよ来たか…」、「本当に売り切れるんかいな…」などとヒソヒソ声が上がった。

色々な声があるものの、皆このノルマに関して感じていることは同じであった。

まるで海に浮かぶ氷山の様だと。


課の末席から数えて2番目に座っていた、川島慶一も「本当にこんなに売り捌けるのか…」そう思っていた。


川島慶一は2012年に東京の私立大学を卒業し、同年日の丸証券に入社した。

研修中では持ち前の熱心さから新入社員のセールストークコンペで決勝まで勝ち上がるなど、頭角を表していた。

研修の後、浦和支店に配属され、配属後3日目ではじめての商いを行い、その後1月には新規開拓部門で全国2位になるなど、少しずつ成果を出し始めていた。


今回支店で受け持つことになったノルマは10億円の債券、ざっくり説明するならば企業の出す借金証書である。

証書の発行先は携帯電話会社ハートモバイル。売り出されるのは合計で4,000億円であった。

この大掛かりな資金調達は新聞にも掲載され、販売する証券会社各社は他社に先を越されまいと我先に顧客へ声がけをしていった。


浦和支店でもダイレクトメールや電話、訪問などで提案を行っていた最中のノルマの発表である。


「川島。」「はい。」朝礼後、奥村が川島を呼ぶ。「川島、お前の目標数字は、5,000万だ。」川島は一瞬、世界の音が消えた様に感じた。

川島は先月やっと1,000万円の商いをしたばかり。自身の最高成績の5倍のノルマを割り振られ、世界の音が戻った後、意識が遠くなるのを感じた。

本当にこんな数字できるのだろうか。

川島は現実と夢の狭間にいる様な感覚で席へ戻って行った。


「5,000万、どうしようかな。」

川島は席へ戻るなり、タバコを取り出し、喫煙所へと向かい、愛用のキャスター・マイルドを燻らせながら思案した。

担当する300顧客には一通りダイレクトメールは済んだ。あとは電話して訪問だな。

「川島ぁ〜、元気でやってっか?」

「お疲れ様です。松本さん。元気どころじゃないですよ…」

そう考えていた時、喫煙所の戸が開き、内部管理責任者の松本が顔を出した。

松本は浦和支店の取引や商品勧誘を監視し、指導する内部管理責任者という役職の証券マンである。

かつては、日比谷支店で支店収益の半分をやっていたそうだが、反社会的勢力の取引が発覚し、左遷されていた過去があった。

「川島ぁ、お前のノルマ5,000万だって?いけそうか?」

松本がにっこりと笑いながら問いかけてくる。

「ついこの間やっと1,000万の商いやったばかりですよ。正直気が重いですよ。」

「まぁ、そう重く考えんなって。ノルマ出来なきゃ田村にやってもらえば良いんだし。」

田村は浦和支店の営業部長である。高卒叩き上げで、日の丸証券で五指に入る営業の達人である。支店長の奥村とは京都支店時代からの付き合いで、ツーカーの仲である。

尤も一番奥村にどやされていたのも田村だったが。

「田村部長ですか…最悪は田村部長にお願いすることにはなりそうですが、田村部長のノルマ、確か2億でしたよね?他のメンバーもノルマできなかったら潰れちゃいませんか?」

「なんとかなるんじゃねぇか。田村なら修羅場も相当潜ってるし、何より大口の顧客も多いしな。まぁ、まずは川島がノルマをやり切れるかだけどな。」

松本はケラケラと笑いながら答えた。ユルイなぁこの人は、と思いつつ、頭の中ではとりあえず自分の顧客に一通り電話するか、と行動を定めた。


「お世話になっております〜、日の丸証券の川島です〜。」

「先日お手紙をお送りした内容なんですけれども、ハートモバイルさんが今回債券を発行することになりまして…、はい。利率が1.74%なんですね。これだけ高い利回りの商品はなかなか出てこないので、このタイミングでぜひ、いかがでしょうか。」

川島は債券が苦手であった。というのも、債券のセールスは「発行している先が魅力的か」、「利率(投資の年間リターンが良いか」の2種類のセールストークを展開するのだが、川島が得意であり、好きであったのは企業の成長性や未来を語るIPO(新規上場株式)であったからだ。

企業の成長戦略や今後の見通しを相場と照らし合わせ、熱く語る。これが川島の得意分野であった。

(発行体と利率でダメなら終わりじゃないか…)そんな事を心の中で愚痴りながら電話営業を展開していく。

とりあえず初日が終わり、500万円の予約がとれた。他のメンバーも概ねノルマの10分の1が達成できているレベルであった。

「こんなペースで本当に終わるのかな…」

川島は田村へ業務報告を行った。

「川島。お前の今日の債券の予約はなんぼだ?」

「はい、500万です。」

田村の目がカッと見開いた。

「500万やと?お前は亀か。そんなちんたらやってたら5,000万なんて終わらへんぞ!」

「申し訳ございません。明日からダイレクトメール送付先残り200件へ電話します。」

「で、明日なんぼやるんや。」

「はい、えーと…」

田村の目が再び見開いた

「次の日の予約も読めないんか!ええか、営業しとったら次の日いくら予約が取れるか、普通分かるもんやぞ。頭使ってやれ!で、明日はいくらやるんや?

一喝を受けた川島はとっさに

「はい、500万、やります!」

そう答えてしまった。(しまった、ここまで明日できる確証ないぞ…)

「500万やるんやな。絶対にやりきるんやぞ!」

約束が交わされてしまった。

川島は後悔しながら帰り支度をすませ、帰宅した。

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