転生って奴にはそこそこ意味があったらしい
吉祥寺について説明しよう。
まさか異世界に来て吉祥寺の説明をするとは思ってもいなかったけれど。
吉祥寺は東京の西に位置する繁華街と住宅街を兼ねた町で、中央線で高尾方面に向かうか京王井の頭線で渋谷から吉祥寺方面に向かうとたどり着くターミナル駅の街だ。
街には古くからの専門店に喫茶店、特に駅前のアーケード街から連なるハーモニカ横丁には安くて旨い居酒屋が多く、さらにその並びには神戸牛を使ったメンチカツが名物の肉屋がある。
街並みは都市開発計画に基づいて整備、開発された為に碁盤の目模様に町が作られていて、駅の東西南北にはそれぞれ白虎青龍朱雀玄武よろしくヨド◯シカメラ(元近鉄百貨店)、西に東急百貨店、南に丸井、北にコピス(元伊勢丹)の大型商業施設が存在し、駅の南口には市民憩いの場所、桜の名所として有名な井の頭公園がある。
て、なんでぼくがこんな事言わなあかんのや。ぼくはウィキ◯ディアか。うんにゃうんにゃ。
ていうか、この見た目は中世ヨーロッパくらいのキングダム王国近辺になんでそったら大型建築物があるのかさっぱり謎だ。
とゆーか大型建築物もせめてサグラダ・ファミリア然としていて欲しい。それなのに道ゆく人はオリエンタリズムばっちりというか異国情緒溢れる感じなので、しゃーねーな。もうやってられまへんわ。しゃーねーな。
現実に猛烈な違和感を感じてモーレツな目眩を感じているぼくを尻目にメガネくんもアカネも現実でいうところの五日市街道をスタスタ歩いている。
「さて、目指すは武器・防具屋でやんすね」
「えー、アタシ疲れた。茶店で休憩したいよ。スコーン食べたい」
「あら、アンタ意外に乙女ちっくな食べ物が好きでやんすね」
「なんだよ、良いだろスコーンくらい。アタシだって甘いものが好きなの」
「ちょっと待ってもらえませんか」
「どうしたでやんす。大した働きもしてないのに疫病の胡瓜みたいな顔色して」
「いやあの」声をかけたものの、言葉はなかった。
いや、なかったと言っても言うべきことがなかったのではない。むしろ聞かなきゃならないことが百万とぼくの喉に押し寄せてきて渋滞を起こし、結果として言葉がない状態になったのだ。
「この世界、電車があったんだ」
「は? デンシャ?」
「なんだそりゃ? 新しい術式か何か?」
「え、今って駅前を目指してるんじゃないの?」
「王立ギルドには向かってるでやんすが、エキマエってとこは目指してないでやんすよ」
「???」
果たして、現実の吉祥寺駅はこの世界では巨大な寄合場になっていた。煉瓦造りの倉庫のような見た目で、多くの旅人でにぎわっている。
なんでも、この大陸のあらゆる職業には三国同盟下の組合があり、そこに所属していない所謂フリーランスの状態ではアガリの良い仕事はなかなか回ってこず、同盟は組合から税金を徴収する事で国費諸々に当てているらしい。
そして、ぼくは確実に吉祥寺だと思うのだが、現実の吉祥寺とは全然違う所として、このキージの街には「広告」や「電線」が無かった。
ぼくが文字を読めないことを差し引いても(召喚初期登録時にメガネくんが出費をケチったせいでぼくは言語を理解できても文字は読めなかった。詐欺だ)街中の広告があるべき場所には城下町でも見かけたシンボルの描かれた旗や垂れ幕が下がっているだけだし、よく見れば巨大建築物も煉瓦、ブロック造りが多いし、二階建ての建物は大抵煙突がついていて小さいけれど煙を吹いていた。窓ガラスがハマっている筈のビルの窓は何もはめられてなく、開け放しだった。
防犯どうなってんだ。
混乱するぼくを鎮める為に、メガネくんには割と渋った顔をされながらアカネの提案通りぼくらは駅前の、じゃなかったギルド前の本来ならナローケーズという喫茶店があるはずの位置にあった茶店に入った。
街はキングダムの城下町に負けず劣らず賑やかで、さまざまな人種の人は歩く、時々ぬぅと大きな馬がゆく、駄馬がいく、牛車が我が物顔で行く、壺や巻物などの荷をぎっしり積んだ荷車がいく。街路樹を巣にしているのか、鳩が多く飛んでいる。
立ち並ぶ店の軒先に吊されたカンテラから油煙が立ち込め、色とりどりのフルーツを店先に並べた青果市場はいい匂いがしたし、ちょっと色鮮やかすぎて刺身にはしたくない感じの魚が並んだ魚屋は生臭かった。面白いのは氷の代わりに魔法陣の様なものが魚の並んだ台に描かれていて、ぼんやりと発光するそれは触ると冷たかった。精肉店ではケバブのように焼き立ての肉を炉の前で回して良い香りを漂わせている。色鮮やかな瓶や樽が所狭しと並んだ酒屋は頭が痛くなるアルコールの匂いを漂わせていて、その前を棒手振りが商品を担いで声を張り上げている。一膳飯屋で飯をかっくらう人がいる。
参ったな。吉祥寺そっくりなインチキくさい街でも、人は生き生きと生きている……。
「似たような街を元の世界でも見た。それはたぶん、世界線の混同が起きてるでやんすよ」茶店で席につき、運ばれてきた歯磨き粉みたいな味のハーブティーを飲みながらメガネくんは言った。
「世界戦の混合?」
「アンタが元いた世界とオイラたちが今いるこの世界、まぁ『アースハー』っていうんでやんすけど、その二つは数多ある世界線の中でも比較的近い、『どちらかがどちらかを選ばなかった仮定の世界』くらいには近いのでやんす。だから、アンタが死にかけた時にこっちの世界に呼び寄せられたんでやんす」
「え、でもそれだと召喚の意味なくない? 近い世界で無力なら、移動したところで無力なままなんでないの?」自分のことを蔑みながら聞いてみた。
「本来ならそこに大きな差が出るのが『転生』の意味でやんす。アンタは元の世界から魔力的な移動を伴ってここにいるでやんす。本来なら開くことのない世界を別つ境界『オーヴァ・ロード』を触媒と召喚士の力でねじ曲げることによって、アンタは移動した際にオーヴァ・ロードの膨大な魔力を浴びて来てるはずでやんす。逆に言うとそれに耐えられる人間だけが異世界を移動できるのでやんすよ。だからアンタは本来持っているさまざまな力、スキルにそれぞれレベル3くらいのプラスマイナスを加えてここにきた筈でやんすが、はぁ」メガネくんは肺の全能力を使ったような深いため息をついた。「アンタは元いた世界と大差ない、すってんころりんのポンポコピー、量産型ヤラレ勇者としてここにきたでやんす。なんででやんしょ。呪いでやんすかねぇ」
呪われたメガネみたいな様相のくせに人を無能な桃太郎みたいに言うな。「じゃあ、似たような世界だから似たような街があっても不思議じゃない、ってこと?」
「まぁそんなとこでやんす。たぶん、アンタがたまに口にするアンタの世界の要素『科学』とやらが、こっちでは『魔力』として選んだ方の力として出ているんじゃないでやんすかね」召喚失敗の話になるとやる気が休日の父親並みに落ちるメガネくんはそこまで語り合えると力尽きたのか、蚊の様にちゅうちゅうと茶を啜った。
似た街ねぇ。じゃあ野方とか石神井、舎人とか日暮里や江東汐見もあるってのか。なんなら東京以外からも、筑波学園研究都市とか新習志野、柏や鎌倉があってももう今更なーんも驚かんぞ。
つか、そうなると異世界転生ってなんだよ。現実転校くらい地味だぞ。なんて心の中で毒づいていたが、幸せそうにスコーンを頬張るアカネを見ていたら何だかどうでも良くなって来た。イケメンやベッピンにはマイナスイオン的な負のエネルギー除去能力がある。ぼくには無いけれど。
「なんだよジロジロ見て」アカネは胸を手で隠した。チューブトップでそれは無意味なのでは? あと見てませんでしたし。珍しく。「ていうかマサキくん、残すの? スコーン」
「え? あ、いや」考えを整理するのでいっぱいいっぱいで手をつけて無かっただけなんだけど、アカネは目を輝かせてこっちを見ている。「……食べる?」
「わはっ、サンキュー! んー、んまーい!」スコーンにクロテッドクリームをたっぷりとかけて頬張る顔は、年頃の女の子そのものに見えた。とてもさっきまで魔物の返り血を浴びていた羅刹の顔とは思えない。
「まぁノーマル旅人としてはさ、その分装備とかで強化しなきゃならんわけだけど、武器屋ってどの辺にあるの?」
「すぐでやんすよ。少し北に行くと傭兵馴染みの店『暁の黒金屋』があるでやんす」空にそびえる鉄の城みたいな店だな。
「あ、そういやマサキくん、さっき竹竿振り回してたけどさ、どうせ装備を新調するんなら打突に優れてる得物が良いよ」指をペロペロ舐めながらアカネが言った。
「打突? ぼく、せっかくだから幅広の大剣とか欲しかったんだけど」実はそういう剣士に憧れがあった。男なら誰しも武器が好き。
「やめときなって。そういうの、見栄えはするし重量的な破壊力はあるけどさ、アンタ戦士になりたいわけじゃないでしょ? 飽くまでも目的は教団の壊滅でしょ」鋭い目つきになってアカネは言った。「なら、魔物との戦闘に酔ってる場合じゃないでしょ、アイツらは削減対象。なら、斬撃じゃ効率が悪いよ、相手の急所をリーチの長い得物で突く。それが一番だよ」
ファンタジー風の世界ですごい現実的な意見きたー!
「あとは鎧か? 旅なんだから、間違えても重装備なんて買っちゃダメだよ。鎖帷子か、皮をなめした鎧にすること。分かった?」
初めての買い物は、ほぼ初めてのおつかいになりそうだなと思った。
アカネのスキル・おせっかいが発動した!