初めての戦闘・ほぼ見学編
だいたい、話が違うんだ。
ぼくが聞かされていた異世界転生というのは、前世で大した努力も才能もないけれど人から称賛されたい欲だけは一人前の小坊主が、生まれ変わったら
①美人の相棒がいて
②何の努力も無しに秘められた才能で最強となり
③都合の良い出来事が起きる幸せ珍道中
……なはず、だ。しかも大抵の場合はえっちなハプニング満載、女の子のボインにタッチは当たり前、朝など寝起きの女の子の乱れた寝姿など拝み放題崇め奉り放題らしいと聞いた。風の噂で。風の又三郎の噂で。
どっどどどどどうど どどどう どどう。あまいざくろも吹き飛ばせ。
あまりの怒りに宮沢賢治を引用してしまった。
なのに現実と来たらナンセンス。
まさかの相棒がクソメガネ。
まさかの生まれ変わっても凡才。
まさかの報酬が後払いで貧乏素寒貧スタート。
おかしいじゃないか。おかしいやんけ。こんなんやったらヤクザにアゴで使われてグラウンドを走らされていた頃と大して変わらんやんけ。
おおっ己が理不尽を嘆いていたら言葉遣いまでおかしくなってきた。えっ、おいこら現実さんよ。そんな、そんな空想の物語に負けていて良いんですか?いいんですか?いいんですか?
しかししかししかし、である。逆説の接続詞なのである。
そんな悪辣な現実は昨日でオサラバ。というか初日でオサラバ。今日からは道連れに女人がいるのである。くほほ。おっぱいがいるのである。しかもおっきい。ははは。
盗賊のアカネを仲間に加えたぼくらは、とりあえずその日の晩はアカネの家に泊めてもらい、杯を交わして語り合った。
「しっかし、まさかアンタらが本当に教団討伐隊だったとはね」暖炉に薪をくべながらアカネが嘆息して言った。彼女の部屋はぼくの実家の部屋とは大違いで簡素で質素、部屋の窓際の壁に暖炉があり、その隣に簡素な藁布団のベッド、入り口側の壁に小さな台所と調度品があるだけで、刺繍一つ飾ってない。
ただ、窓から見える空は満点の星空だった。排気ガスや街灯がない世界だからだろうか。こうして部屋の中にいても流れ星すら時々見えた。ぼくは星々の底にいるのだと、この世界を、この宇宙の存在を実感できた。
「そら、まぁぼくらの有様を見たら信じられないと思うし、ぼくだって未だに信じられないって言うか辞められるならすぐ辞めたいけどさ」暖炉の火で焼いた串焼き団子を頬張りながら答える。正直、食いっぱぐれないなら今すぐ辞めたい。
「王国が表立って動いて組織化しちゃうと、向こうの密偵にバレて対抗策を練られてしまうでやんすからねぇ。隠密行動ってだいたいそんなもんでやんすよ」隠れ過ぎて存在が危ういわ。「ところでアンタ、そんなオイラ達についてくるとは教団に何をされたでやんす?」
「え? うーん、そうだなぁ、じゃあ敵討ちって事にしといてよ」アカネは俯き気味に言った。炎は彼女の顔をまだらに照らしている。
「しといてよって、そんな適当な」
「そうでやんす。まぁ、あのとんでもない教団の実態を知っていれば恨みの一つや二つはあって当然でやんすが」炎に揺れるメガネくんはいつもより頼りなさが薄まっていた。
「え、そんなとんでもない集団なの?」
と言ってメガネくんが語り出した教団の実態は凄まじく、教祖の阿久世は今から数百年前に人の母と魔族の父の混血児として生を受け、がために周囲から凄惨極まる虐待を受けて育ち、唯一の肉親だった母からも愛情と呼べるものはおよそ与えられず、自分に一切の価値は無く、故に価値がない自分を生み出した世界そのものに価値がないと断定し、この世を一度精算するために古い神、魔族の王とされた魔王を呼び出して世界を滅ぼそうとしていると言うことだった。
酷いのはこの世を支配するのではなく滅ぼすというところで、教団の連中は死を恐れない。
何故ならこの世は腐っていて、死を迎え来世に進むことこそ最も尊い行為だと教団内では見なされており、よって自分が滅びることを恐れないし、他者を滅ぼすことにもなんの躊躇いもない。
この世を滅ぼす、なんてとんでもないことに積極的な連中が沢山いるのは、自分に振り返る責務や災難を「世界が歪んでいるから」なんつってその理由を他者に求めてくる、自己責任能力が皆無な連中が存外いる点で、そいつらは自分が責任を被って自我が傷つくことを恐れて他者を傷つけるのだ。ナイーブなのだ。
……アホか。そもそも破滅させるには作る側がいて初めて成り立つ事なのに、破滅させてばっかりじゃ世の中やっていけない。
とは思うけれど、ぼくはぼくとしてそんなおっそろしい集団を相手に何ができるだろうか……。そして、アカネは結局何のためにぼくらに味方してくれるんだろう……。
「なんていうか、仲間になってくれるのは、一朝一夕には言いづらい理由なんだ?」
「そういうことだよ」
「でも、これから仲間になるのに」と言いかけて、いや言ってしまってからまぁ良いか、と思った。旅は道連れ世は情け、そんなに急いて聞くこともあるまい。
それに何しろおっかない連中にぼく一人で立ち向かうのが怖いという情けない理由があった。「ぅん、まぁ、いっか。今は言わなくても。その代わり、いつか言える時が来たら言って欲しい。仲間になるんだから」仲間、のところを強調して言った。「とりあえずさ、あらためて、これからよろしくね、アカネ」右手をズボンで叩いてから差し出した。
「あぁ、よろしくね、勇者様」差し出された右手は女らしいか細さと、働くことを厭わない荒れ具合を備えていた。
「勇者様って、こそばゆいな」背中を軽く掻きながら言った。
「はは」炎に揺らめく彼女の顔は、きっとそれだけじゃない赤で染まっている。言った当人が照れるなよ。「でも、そうなんでしょ?」
「……そうなのかな?」
「あ、厳密には違うでやんすよ」メガネくんが串をもて遊びながら事も無げに答えた。
えっ違うの?
えっえっえっえっえ?
「召喚した際に、召喚士には現界する人間のクラスが分かるでやんすから、勇者は最初から勇者だし、竜騎士なら竜騎士、魔道士なら魔道士のクラスってピンと来るでやんすが、アンタはボヤーっとしててなんだかわからなかったでやんす。つまり、アンタはどのクラスにも属して無かったでやんす。勇者というか、無職ってことでやんすね」
つまりの後に結論を二つ言うな!
しかも無職かよぼくは!
せめて本分の学生にしてくれよ!
「あー……」さすがのアカネも気まずそうに頭を掻いている。「まぁ、良いじゃない、アタシはアンタを凄いと思ったしさ。肩書に囚われて自分の成すことを狭めなくていいじゃない」何かを決めた様にそう言うと、カラッと笑った。「頑張ろうよ、マサキくん」ナチュラルな下の名前呼び来たよコレ。
アカネ! 好きだ! 結婚してくれ!
翌日、ぼくらは名案がある、とほざくメガネくんに連れられる格好で床で寝て節々が痛い身体に鞭打って城下町を歩いていた。
まずはアカネが売り払ったメガネくんの私物と王家のナイフを買い取らなくてはならないからだ。幸い、主人は売り払った当人のアカネが何度も何度も頭を下げる姿を見て不便に思ったのか、全てのものを買値で売ってくれた。
王様からの贈り物を黙っていたメガネくんに文句を言いつつ、ナイフは短刀を扱い慣れているというアカネに託し、最低限の身支度を整えて隣町に向かった。
ぼく・装備→ 竹竿(NEW!!) 私服
アカネ・装備→ 王家のナイフ(NEW!!)私服
メガネくん・装備→ どうでもいい
「まぁ、何は無くとも装備品を整えるでやんすよ」街道を歩きながらメガネくんは妙に嬉しそうに語り始めた。
「無一文だけどね、ぼくら」
「盗んで来よっか?」何のてらいもなくアカネがいう。
「それはダメでしょう、一応は王国の使いなんだから、ぼくら」
「そっかなぁ。バレないと思うんだけど」
バレるとかバレないとかバレンタインとかバレンティンとかの話じゃないですよアカネさん。
「おほほ、能無し無職はコレだから」その呼び方、いつかぶっ飛ばすからねクソメガネ。「道中で宝石獣を倒して稼ぐでやんすよ」
「あ、そういうことね」
「えっどういうこと?」
「へっぽこ勇者に説明してやるとでやんすね、この大陸には人型をした人並みの知能を持つ魔族、人語を理解する魔獣、それらに使徒される魔物がいるでやんす。動物との違いは、こいつらは一様に魔力を有しているという点でやんす」メガネくんは道端の草から羊皮紙を、石ころから羽ペンとインクを錬成して図案を示して説明し出した。くそう、確かに便利だ錬金術。
「やんすが、魔力なんてのはそんじょそこいらにウヨウヨしてるものじゃないでやんす。だから、魔族は数で勝る人間に対抗するために触媒となる魔力を持つ宝石に自らの魔力を注入して魔物として野に放っているのでやんす。それが宝石獣と呼ばれる魔物でやんす。そいつらは倒すと名前の通り宝石が手に入るでやんすから、それを集めて街の商人に売り払って軍資金とするでやんす! 敵の戦力を削ぎ、アンタらの戦闘経験を重ね、なおかつ資金源になる! 一石三鳥の妙案! 天才の天才による凡才の為の天啓でやんしょ?」
仕組みを知っていれば小学生でも思いつくナイスアイデアですね。本当にありがとうございます。
てなことを話しながら先日ドラゴンと遭遇したのとは逆方向の道をテケテケ歩いていると、松の木がにゅう、と道に迫り出したところがあって、幹に鳥がとまっていた。
ドン、と急にアカネに突き飛ばされて何すんねん、と思った次の瞬間、ぼくが歩いていたところには小さな矢が刺さっていた。鳥達が羽ばたいた。
ややっ、と思い松の木を見ると鳥に混じってこちらに弓を構えている小人、小人と言っても頭にトサカが生えて足は鳥の足、全然自然の生き物じゃないことは見て取れた。
「デヤンス、あいつは」
「紛れもなく魔物でやんす!」なんてやり取りをぼくらがしているが早いか、アカネは木の根本にジグザグに駆け出して魔物が放った矢をかわしつつ、手にしたナイフを素早く魔物に投擲した。
ナイフは魔物が次の矢をつがえる前に正確に魔物の額を貫いていた。ドロン、と音がして魔物の体は煙に包まれ、何かが地面に落ちた。
「凄いじゃんアカネ!」心底からそう思った。
「へへっ、軽い軽い!」してやったりの誇らしげな顔でアカネは笑う。
「いやぁ大したもんでやんすよ。どこかのスットコ勇者にも見習って欲しいでやんすねぇ」
一言多いクソメガネは魔物が倒れた辺りに小走りで近寄った。走り方に小人物さが滲む。
「これ、これでやんす。これが売れるでやんすよ」メガネくんは一枚のカードを手にしていた。
「おっ、やりぃ」アカネは誇らしげにガッツポーズをした。
「どれ、どれが宝石なの?」トテトテと近寄って、ぼくは言葉を失った。
「どうしたでやんすか? 貧乏人には宝石が眩しすぎたでやんすか?」
「マサキくん?」
いや、それは。それは。ていうかこの世界、良いのかそれで。
メガネくんが手にしたカードは、真ん中にリンゴの絵が書いてあった。