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星の隅っこの反逆  作者: ばけのかわ
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初めての仲間・盗賊編

 人生における最大の敗北感、それは友達が先に童貞を喪失した際の衝撃である。

 18年の短い人生、と言ってもセミやカゲロウの寿命よりは長いが、その人生でそんなに深い挫折も敗北も味わったことはないけれど、高2の夏、童貞モテない友達ーズで学食に集まってポーカーをやっていた時、モテないーズの一員たる幸治がニヤニヤしながら俺、チア部の先輩と付き合って童貞を喪失したんだよねーなどとたわけた報告してきたその時は敗北感で髪の毛が全部抜けるかと思ったさ。そういう事ってあると思う。

 そして仲間内でも抜け目がないが頭のネジが抜けている幸治の事、女子高生の先輩と付き合ったと言っても、どーせ無駄に「高校球児」という肩書だけは爽やかなバフがかかったアイツに騙された、さぞやオカチメンコな脳筋女と若さゆえの過ちで付き合ったんだろうと思っていたら、誰も救えない恵比寿さんみたいな恵比寿顔で幸治が連れてきたお相手は、セーラー服のミニスカートがよく似合う小顔ショートボブの巨乳な先輩だった。

 あの日あの時あの場所でぼくの中に生じた敗北感の凄まじさと来たら、エネルギーに変換できたら一都三県の電力を一手に引き受けられたと思うよ。


 かくもおっぱいは罪深い。

 この世に良いおっぱいと悪いおっぱいがあるのか?

 否、おっぱいに貴賎なし。全て尊き桃源郷。

 しかし、けしからんおっぱいはある。これをおっぱラドックスという。うむ、深い。コーヒーガテマラ並みに味わい深い。

 

 異世界のおっぱい、じゃなかった、居酒屋で出会ったアカネさんは悪酔したぼくを心配して声をかけてくれた、のみならず運ばれてきた「沈黙のスープ」を「飲みなよ、美味いぜ。アタシは二日酔いの翌日はいつもこれさ」と言って匙ですくってフーフーと息を吹いて飲ませてくれた。

 我が世の春がきた。フハハハ!

 えっ、そんな急に?

 いやでもぼくの人生でこんなに女体と急接近できた瞬間ってあるか?

 無い、と脳内で即答しスープを啜ると、これが衝撃的に美味かった。なんだかボルシチにニンニク入りサワークリームをたっぷり混ぜた様な、ピリリとしつつも根菜類がマイルドな味わいで、かつ香辛料の香りが豊かなのだ。擬音で表すればガガーン、と美味かった。仕方なくお姉さんに向かって「ガガーン」と言ってみた。

「何言ってんだ?」返ってきたのは冷たい視線。そして背後から爆裂な嫉妬の視線。

 お姉さんとの会話は独り占めしたいが、このままではいずれ来る旅立ちの日に嫉妬仮面と化したメガネくんから復讐の刃をザックリ入れられそうである。指圧の心は母心。嫉妬の心は乳心。押せば命の泉枯れる。

 仕方なしにそれからはメガネくんも交えて三人で談笑した。

「へぇ、アンタたち王宮付きの旅団なのかよ!」

 おぉう、ぼくとメガネくんのすっとこどっこい二人連れを最大限好意的に意訳するとそうなるか。持参金も護衛も何もない、襟裳の春より何もない二人きりの旅団ですが。

「そうなのでやんす。というのもオイラの家は代々続く召喚士の家柄でやんすから」メガネくん、視線が何度も相手の目から胸に移動するのは凄まじく浅ましいぞ。ってぼくもよくやるけど。こりゃ想像以上にみっともない。人の振り見て我が振り直せたら苦労はない。たはー。しかし実に卑しかばい。ああ卑しか音頭を踊りたい。

「すっげぇんだなぁアンタ! アタシみたいな下町暮らしの小娘が、そんな人と近づきになれるなんて嬉しいよ! さぁさ、出会いの印に一杯やってくれ!」お姉さんはマスターに合図してメガネくんに酒を勧めた。おい。仮にも王宮付きの人間なら下町のお姉さんに奢られるな。

「いやぁ、いつもは王宮での堅苦しい饗宴ばかりでやんすから、あなたの様なお美しい方からいただける、こうした心尽くしの一杯は染みるでやんすねぇ」ダメだ、このままでは調子こいたクソメガネがウソメガネになってしまう。衝撃でメガネ割れろ。

「どうした、アンタは酒はダメとして、スープはイケるだろ? どうだい、ドリンクも飲むか?」お姉さんはぼくを見やると言った。

「いや、汁物にドリンクは……すみませんマスター、パンとかありますか?」

「おぅ頼みな頼みな! この店は汚ぇけど悪くねぇだろ!」

「汚くて悪かったな。味は良いだろう」マスターがジロリとお姉さんを見て呟いた。

「当たり前だろ、これで不味かったらとっくに潰れてるっつうの! ははっ!」機嫌よさそうに身体を揺するお姉さん。仰反るたびにチューブトップが緩いのだろうか、おっぱいが揺れる。たまらん。「で、アンタは何してる人だ? アンタも王宮の人か?」

「いや、ぼくは」

「あー、そっちはオマケのハズレ勇者でやんす」メガネくんがぼくの言葉を遮って言った。

「勇者?」

「そう、王国が帝国らと組んで暗黒教団に対抗してるのは知ってるでやんすね? その切り札として異界から召喚されたのが彼でやんす」

「え、アンタ異界人なのか? でもすげぇ言葉ペラペラじゃんか!」

「それは召喚の初期設定でアキヘラ語を喋れる様にしたからでやんすよ。意思疎通が出来ないと召喚の意味がないでやんすから。もう少し召喚石に余裕があったら全世界の言葉だって覚える様に設定できたでやんす」


 あ、そういう準備があったから、ぼくはこの国の言葉が分かるのか。てゆか、このクソメガネはなんでそういう事をぼくじゃなくてお姉さんに言うのかね。

「へぇぇ。まぁいいや! とにかくすげぇ奴なんだな、アンタも!」あ、信じてない感じ。ま、でも初対面で真に受ける人もいないか……初対面でそんな事を明かすバカはもっといないな。クソメガネ。

「ハハハ、そういうことでやんす! オイラたち、凄いのでやんす! いやぁそれにしても今日は良い出会いがあったでやんすねぇ……本当に……ぐぅ」は?

 見るとメガネくんはグラスを握ったままカウンターに突っ伏して眠り始めた。おいおい、何だよアンタも弱かったのかよ、と思ったら、あれ?

 目の前が急にぼやけて、思考が緩くて、身体が、身体が……。


 ……………………………………。


 気がつくと、見知らぬ天井。

 どうやら飲んでいて途中で眠ってしまったらしい、情けない。見知らぬ木賃宿にメガネくんと二人、寝こけていた。

 アルコールは最初に摂っただけなのに、スープを飲んでも覚めなかったのか。それにしてもいいおっぱい、いやお姉さんだったなぁ……。てなことを思っていると、横でメガネくんが目を覚ました。

「ありゃ? アンタは……あれ? オイラたち」

「飲んでて二人とも寝ちゃったみたいだね。もうちょっとお姉さんと話していたかったのに」

「珍しく話が合うでやんすね」

 いや君は嘘八百を並べ立てていただけな気がするが。メガネくんは乳を思い出しているのかにやけヅラで身支度をしていたが、何やら氷柱が背中に刺さった様な顔をして立ち上がった。「無い」

「は?」

「無い、無いでやんす! オイラの胴巻が!」

 胴巻って……ああ、財布か!

「無い、無いってどういう事?」

「それだけじゃない、懐に大事にしまっておいた、王様からいただいた守りのナイフもなくなってるでやんす!」メガネくんは自分の懐、ベルト近辺をなんども弄りながら叫ぶ様に言った。

「何それ? そんなんあったの」

「王家に伝わる銀のナイフでやんす! ナイフとはいえそんじょそこいらの剣と打ち合っても刃こぼれしない宝物でやんす」

「はー?! そんなん、何で最初にぼくにくれないのさ!」

「アンタにあんなもん、豚に真珠、月とすっぽん、太陽とスリッパでやんすよ!」

「いや落ち着けって!」とは言うものの今の暴言もしっかり根に持つけどな。「いつまでは確実に身につけていたの?」

「お店に入るまでは間違いなく身につけていたでやんす。支払いの時に困ったら、と思って確認したから……」頭を抱えたメガネくんは、思い出した様に顔を上げた。「あの女は?」

「いや、分からない。気付いたらここに寝かされて……」言いながら俺も気付いた。「もしかしてぼくら、飲み物と食べ物に……薬を盛られた?」

 それだ、と二人同時に叫んで表に駆け出した。


「顔! 覚えてるな! メガネくん」全速力で街道を駆けながら問う。

「もちろん! というかあんな派手な格好、忘れたくても忘れられないでやんす!」目指すはさっきの酒場。

「どうする、まずは王宮に届け出るか? 衛兵さんとか」

「ダメでやんす、仮にも王家の宝物を盗まれたなんて王様に知られたら、吊るし首は間違いないでやんす」

「ダメなのは君の醜態じゃんか!」

「やかましいでやんすねこのへっぽこ勇者! 勇者なら耐毒性くらい備えてろでやんす、ばーか」

「あ、言ったな、バカって言った方がバカだバーカバーカ!」

「何だこの、何のスキルもないダメ勇者バーカバーカ!」

 小学校二年生くらいの罵り合いをしながら街道を駆けていたが、クソメガネは急に足を緩め後ろを振り返ると、何と立ち止まった。

「何だよ、もうスタミナ切れか」そう言って近づくぼくを、メガネくんは街道脇の露店を指差しながら、大きく手を振って呼び寄せた。「何だよ今度は」

 メガネくんは肩で息をしながら「これ、これでやんす」と言った。

「これって何が」指差された方を見ると、露店の陳列物の中に並べられた真ん中に赤い宝石をあしらった鞘に収まった短刀が見えた。「え、これって、もしやこれって」

「王家のナイフでやんす!」

「ええええええ、え、え、え? 何でこんなとこに?」

「おじさん」メガネくんは露店の主人に声をかける。「これ、このナイフを売りにきたやつを見たでやんすか?」

主人はぼくら二人を胡散臭そうに眺めると「そりゃあ、もちろん。だって、アッシが買い取ったんだからねぇ」

「そ、そそそそいつはどこに行ったでやんすか?!」

 いや、分かるわけないだろう……。

「それは分からないねぇ」ほれ見ろ。「けど、住所なら分かるよ、ウチは買取の時に本人証明を書いてもらう事になってるから」

 ……はぁ?

 メガネくんは懐から懐中時計を取り出して店主に見せた。「オイラは王宮第二召喚局のデヤンス。王室の名において、その女の事を捜査中でやんす。書類を見せて欲しいでやんす」


 キングダム王国ムンゾ市アラサラム地区第九区画の二階に居住、イオリ・アカネ。十八歳。

 店主から差し出された羊皮紙にはサインとともにそう記されていた。ぼくらは思わず目を見合わせた。

 あの女、ぼくらから金品を盗んだ手口は大したものだ。睡眠薬の類を使ったにしろ、二人とも一切相手を怪しまず呑気に騙されて眠らせられたのだから。

 だけども盗品の処分の仕方があまりに雑、こんな表通りの普通の露店に売るか? 普通。闇市場の然るべき筋に痕跡を残さず売られていたら、メガネくんは今頃吊るし首、ぼくは路銀を失いゲームオーバー、二人とものたれ死んでいた。

 しかも本人証明を堂々と残していくって、前代未聞の自信家か空前絶後のバカかどっちかだ。


 女の家に向かう途中、そんな事を二人でブーブー言い合った。果たして、女の居住地は裏通りにある雑な作りの石造り二階建ての二階だった。階段を昇ると小汚いドアに面した。

「どする? あの女……いると思う?」

「まさかとは思うでやんすが、万が一いたらとっちめてやるでやんす」

「いなかったら……待ち伏せてればいいか。あんな事をしたら普通は既に住まいを変えてるだろうけど、なんかあの女アホっぽいし」

「よし、呼び出しはオイラがするでやんす。アンタは万が一女が逃亡を図った時にとっ捕まえる役」さりげなく人を汚れ仕事に追いやりやがった。

 メガネくんがドアの前に陣取り、ぼくは階段を少し降りて待機する。メガネくんは息を吸うと、コンコン、とドアを叩いた。

「はーい」いた! マジか!

「教会のものでやんすが……」鼻をつまんで声を変えるメガネくん。もう少し凝った嘘は無いのか。さっきみたいなのは。

「アタシ、神ってのは信じてないんだけどなぁ」ガチャリとドアが開いた。「あ」

 上からドタドタと音が聞こえたや否や、メガネくんが「逃げた! 窓から通りに逃げたでやんす!」と叫んだ。間髪入れず走って階下に飛び降り、表側に回る。「右手に逃げたでやんす!」窓から身を乗り出したメガネくんが叫ぶ。見ると、遥か前方に走って逃げる女が見える。「待てよオイ!」

 実はぼくは長距離走には自信がある。いや、長距離走にだけは自信がある。

 短距離走はある意味才能の世界だけど、長距離走は我慢強さだ。伊達に野球部でヤクザに三年間しごかれてない。朝練で5キロランニング、午後練でベースランニング50週、部活上がりに3キロ走。鬼の様なしごき、というか鬼にしごかれたぼくの足はちょいとしたダチョウの様に太く硬い。

  人混みをかき分け、遂に女に追いついた。「待てよ、このっ」

「アンタ、やるな?」女は目を見開いた。走りながら、右手をホットパンツに入れた。

 一閃。

 女が取り出した得物でぼくの頭を狙ってくる。左手で制した。

 あれ? 防御できてる。ぼくすごいじゃん。ヤクザに毎日時速140キロの球を打たされ続けたり殺人的なノックを受けていた甲斐があった。まぁ一般的な動体視力が多少良くても、ドラゴンなんかにゃ歯が立たないが。人間相手にはそこそこいけるかも、なんて思う間もなく抑えた腕を、まずは立ち止まらせるために両手で掴んでアームロックをかけようとしたらアレ? 走る勢いのまま、女がグルっとぼくの目の前で回転した。

 目の前に女は倒れ、ぼくはつんのめって女の身体に覆いかぶさる様に倒れてしまう。

 ……ごめんなさい……。


「は、ハハハハハ!」

 気まずい思いのまま立ち上がると、女は寝転んだ姿勢のまま笑い声をあげた。「なんだアンタ? ハハハハハ! すげぇな!」

「な、何がさ」

「アンタ、アタシの家、よくわかったな」

「はぁ? だって君、盗品を売り払った店に住所も何もバラしちゃってたじゃないか」

「だから?」

「だからって……それも、まぁ見つけたのは偶然だけど、あんな大通りのお店に売っちゃって」

「いやー、大したもんだよあんた!」

 バカにされてるのか?

 一瞬そう思ったのだけど、どうも女の目が輝いている。どうやら本気で感心しているようだ……なんだ、この女、破滅的なアホか? アホだな。手際は優れているけど、頭の方が物凄く残念に作られている。天上天下唯我独尊のアホの子だ。

「なぁアンタ、ひょっとして本当に異界の人間なのか?」女は身を起こしてぼくを見上げて言った。「さっきの話……本当なのか?」

「い、一応。でも、ガチャガチャがハズレだったって。ぼく、何の特殊な能力も持ってないのに、王様の命で暗黒教団を潰してこいって事になっちゃったんだ」

「本当なのか? アンタ、そんな理由で本当に教団と争うつもりなのか?」女は今や立ち上がって体を叩いて埃を払った。

「えっ何、それってそんなに無謀な事?」

「知らないのかよ」呆れた風に笑った。アホに笑われると虚しい。

「知らないよ。だってこの世界に来た初日だもん」

「ねぇ、手伝ってやろっか」

「どうせ信じてないんでしょ、って、え?」

「だから、手伝ってやろうかって」

「いや何で」

「何でって……アンタ、弱っちそうだし。さっきだってアタシの誘いにコロッとやられたし」

「そりゃそうだけど、え、何かすごい急じゃない?」

「アタシ、あいつら嫌いなんだ」

「あいつらって……教団のこと?」

「そ。充分だろ」

「いっやー。それはどうかなー。っていうか君、盗人だしグキェ」

 いつのまにか追いついていたクソメガネに首を絞められた。何すんだこの駄メガネ。

「アンタアホでやんすか?! 本格派のアホでやんすか?」顔を近づけて小声で罵声を言う。

「何だよ、メガネくんは飲むのかよ、仲間にしてくれって、なんか凄いアホの子だけど、話があんまりに唐突過ぎるだろ、さっきまで盗人なんだぜアイツ」女に背を向けてからゴニョゴニョと文句を垂れる。

「かーっ、そんな細かいことはどうでもいいでやんす! いいでやんすか、あの女を仲間にしたとするでやんす!」メガネくんのメガネがまた光った。

「すると、なんだよ」

「筋金入り、伝承造のアホでやんすね! すると戦うでやんすよ、あの格好で! すると!」メガネ越しに目が血走っているのが分かる。「あの女が飛ぶたびに! 走るたびに! 胸が! お尻が! バシッとか! ビシィッとか! プルンっとか!

 揺 れ る で や ん す よ !!」


 それって素敵すぎる。



 盗賊・アカネが仲間になった!

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