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星の隅っこの反逆  作者: ばけのかわ
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初めての酒場・酔っ払い編

 ぼくは飲めない酒を飲んでいた。


 仲間を探しに酒場に来たからだ。

 冒険初日にドラゴンに襲われて命辛々逃げ帰ってきたぼくは、メガネくんの勧めもあって旅の仲間を探すことにした。

 というかよく考えれば、いやよく考えなくてもこのクソメガネはいつ何時ぼくを裏切るとも知れず、しかも既に1回見捨てられ経験有り、おまけに戦闘諸々を一切しないのでは実質一人旅だし、ぼく自身も呑気に生きてきた学問の徒であり今の状態で一人で魔物に勝てるわけもなく、大人しく旅は道連れ世は情けの文句に従うことにした。

 城壁に詰めている屈強な門番(こんな人が仲間だったらなぁ)に必要以上にヘコヘコしてからあらためてキングダム王国に入ると、旅立ちのときはメガネくんに急かされていたのと混乱とで周りの景色など気に留める間もなかったのだけど、案外この国は豊かであることが見て取れた。

 通りには豪奢な建物、崩落寸前の荒屋などがひしめいていて往来は肌の色も交わす言葉も異なる様々な人で溢れていて喧騒に満ちている。

 ぼくはほぼ迷うことなく先を歩くメガネくんの歩調に合わせようとして前から歩いてきた赤いバンダナを巻いたおばちゃんとぶつかってしまい、おばちゃんから何語か分からない言葉で罵られた。

「待ってよデヤンス」

「何をいうでやんす、世界の明暗を背負うおいら達に無駄な時間はないでやんす。タイムイズマネーでやんすよ」

「いやそうじゃなくてさ」ローブの端を掴んで追いつくと、言った。「今さ、通りすがりのおばちゃんからよく分からない罵声を浴びたんだけどさ」

「この穀潰し! とかでやんすかね」

 そりゃお前だろ。「あのさ、ぼく、メガネくんと、あと王様の言葉は聞き取れるのよ」

「えっそんな当たり前を今更?」

「別に自慢じゃないよ。てゆうか、なんでメガネくん達の言葉は分かるんだ、ぼく? おばちゃんの言葉が分からなかったけど、ぼくは異世界から来たんだからそれで当たり前じゃないか。メガネくんは日本語ができるの?」

「あ、そう言えば王様にショッキングな事をいわれた衝撃で、アンタにその辺の説明をしていなかったでやんすね」思い出したようにメガネくんは思案顔になった。「たぶんそのおばちゃんが使っていたのはアキヘラ語じゃなくて、ツンランドの一部で今も使われているカカド語でやんす」

「アキヘラ……?」

「まぁ、その辺りの話は長くなるから、酒場に着いたらするでやんすよ」

「え、でも酒場ならこれまでの道でそれっぽいのを幾つか通り過ぎちゃったけど?」

「底辺勇者は先の見通しも甘いでやんす。チョコレートより。いいでやんすか、こんな大通りにある店に入る連中は中流階級あたり、自分の今の地位に満足しちゃってる層でやんす。そんな連中が命の危険があるオイラたちの冒険に付き合うとでも思うでやんすか?」

「……よほどの物好きでなきゃ、付き合わない」

 メガネくんは勝ち誇った顔でぼくを見た、いや見下した。

「ズノーロードーシャたるオイラはその辺をキチッと頭に入れてるでやんす。裏通りの、少し訳ありーって感じの店に行くでやんすよ。そこで物好きで腕の立つ訳あり戦士でも探すのでやんす!」

 ぼくは頑張ろうと誓った。いつか、そのメガネを叩き割る日まで。


 メガネくんに案内されて着いた酒場は、酒場と言われなければアヘン窟か何かだと思っただろう。

 表通りから煤けた感じの建物が並ぶ寂れた裏通りに入り、更に建物の隙間にこじ開けたような裏道に入って、上を見上げれば建物の間に縫うようにして張り巡らされたロープに吊るされた洗濯物がビッシリで空が見えない、そんな路地裏に立っていた木造の建物。

 このメガネ、こんな所に出入りしているとは、王国に仕える身ながら裏仕事も請負ってんじゃないの? とぼくが勘ぐっている間にメガネくんはカランコロンとドアにつけられたベルを鳴らして中に入っていってしまった。こうして溜まっていくぼくの苦労。九郎判官義経。


「らっしゃい」陰気な親父の声が響いた。ボトルがいくつか並んだカウンターに簡易椅子が7つ、奥の方にテーブル席が3つの手狭な店で、中は結構混んでいた。グラスを傾ける客、ジョッキをあおる客、飯をかきこむ客。しかし口を聞く客は少なく、ボソボソと漏れ聞く声は低く重い。

 メガネくんは座るなり「いつもの。ストレートで頼むでやんす」と言った。

 分からないからぼくもメガネくんの隣に座って「ぼくも同じものを」とだけ言った。あと無駄な稽古と全力疾走のあとで腹が減っていたので思い切って「今日のおすすめって何かあります?」と聞いてみた。

 親父はシェイカーを振る手を休めることなく「沈黙のスープ」と答えた。

 えええ。何そのネーミング。飲むと沈黙させられるのか。状態異常になるのか。それは……博打飯だけど……どうせぼくはお金を持ってないから払いはメガネくん持ちだし……「一つ、お願いします」

 メガネくんがぼくを責めるような目で見ているのだけど、それは「ストローで喉を突き刺してくれ」という合図かな?

 飲み物が出てくる頃を見計らって、メガネくんは懐から大きな羊皮紙を取り出した。地図だった。逆三角形の大きな大陸に、読めないけれどどうやら三つの国が記されている。その北と南には同じように険しい山脈に囲まれた同じような台地があった。

「これが」メガネくんは三つの国名らしきもののうち、真ん中を指差して言った。「キングダム王国、オイラたちが今いる国でやんす。一応一番豊かな国と呼ばれていて治世も安定しているでやんすが、兵力やら国防的な意味では西のグレトクイーンの方が優っているでやんす。今の皇帝は切れ者って噂でやんすしね。東のツンランドは三国の中では一番貧しくて一番田舎でやんすが、王女様は絶世の美人だそうでやんす。ここの外れの方に行くと、さっきアンタが耳にしたカカド語を使う部族もいるって話でやんす……ってアンタ大丈夫でやんすか」

 大丈夫も何もあったものではなかった。

 運ばれてきた飲み物を一口あおった途端、脳髄がスパークした様になってへべれけ、目の前が回り出してメガネくんのあーだこーだなど聞いていられるどころではなかった。酒に酔ったのだ。

 よく、世の中の社会人は居酒屋に入ると何は無くとも「とりあえず生で!」と叫ぶというが、それほどまでに浮世は素面で生きにくいものなのだろうか。確か人類最古の現存する文章は石に刻まれた「薬草をビールで飲め」という処方箋だったと聞いたが、そんな頃から人は酒を愛していたらしい。シェイクスピアは人類最大の御馳走は眠りだと説いていたが、それも何やら酒を連想する。てなことが頭の中でクルクル回って、おええ。

「おい、にーちゃん大丈夫か?」

 メガネくんとは反対隣に座ったお姉さんにも心配されて背中をさすられた。ううぅ、情けない。ずびまぜん、とお姉さんに向かって言った口が固まった。

 視線の先に、おっぱいがいっぱいだった。

 べっぴんさんだった。

 濃い紫色の髪を後ろで結い上げて瞳は碧。のみならずおっぱいが。衣装の布地が極端に少ないのだ。

 上はヘソだしのチューブトップで下は切れ込みがきわどいホットパンツという出で立ちで肩が、鎖骨が露わでヘソが、ヘソのシワが、健康的な腹筋が嗚呼けしからんけしからん実にけしからん。ワシが校長になった暁には全校生徒に同じ服装を。いかん、ぼくは何を言っているんだ。

「へへ、アンタ…さっき沈黙のスープ頼んでたろ。アタシも好物なんだ、それで気になっちゃって……おい本当に大丈夫か?」お姉さんはぼくの二の腕を掴んで顔を下から覗き込んできた。

 いやああああああっ。

 男は、童貞は、女の子に覗き込まれる・二の腕を掴まれると蛇に睨まれたカエル、尻尾を掴まれたサ◯ヤ人、弱ってしまうのですぅ……。


 これが、後に仲間になるおっぱい……じゃなかった、盗賊のアカネとの出会いだった。

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