初めての召喚・ガッカリ編
ぼくは旅に出た。メガネ君と二人で。
ナニユエか? ごめんなさい、またしてもバカバカしい。
通勤電車からゴン! と跳ね飛ばされたぼくが次に目を覚ましたのは何やら暗い部屋、と言ってもやけに天井が高くて部屋のあちこちには天辺に燭台のついた柱が立っている、なんだか、なんだか……玄室? 神殿? て感じの部屋だった。
部屋の中央に陣のような模様が描かれていて、そこにぼくは鎮座、鎮座ってほどじゃないな、ちょこんと突っ立っていた。哀れな捨て猫みたいな感じで。動物愛護法を遵守してくれ。
そして目の前には凄いガッカリした顔のメガネ男、フードの付いたマント、いやローブ? みたいなものを羽織った貧相なメガネ男で、なんだか大きなため息までついている。初代ゴジラが放射火炎を吐くようなドデカいため息を。
失礼なやっちゃ。初対面でため息をつく人間の9割は面接で落とされる。かどうかは知らないけど、初デートで相手にため息をつかれたらそれはもうドツボにハマってるでしょう。いやぼくデートって一回もした事ないんで知らないんですけどね。
てな具合でわけもわからずイライラして頭に血が上っていたが、メガネ君の後ろにも数名の、これまた同じようなローブ、暗褐色の、いかにも怪しげな教団っぽい、密教っぽい佇まいの人間がいることに気がついた。ぼくを取り囲む様に複数人。
……が、皆一様にガッカリしている様子である。両手で頭を抱えたり、大袈裟に嘆息している奴もいる。
なんだなんだ。ぼくを取り囲んだ脂ぎったオヤジ達は選挙事務所で当選のダルマに丸をつけようとしたら速報で落選が伝えられて物凄く居心地が悪いスーツのおじさん然とした空気を醸し出している。空気清浄機が欲しい。
何かわからんが、全然自分が歓迎されてない空気だけは敏感に察知して猛烈にムカついてきた。こちとらは電車に乗っていて「あー、ぼく死ぬのかー」なんて思って目の前に走馬灯が見えたけど内容は今週の週刊漫画雑誌の表紙のグラビアアイドルで、走馬灯が会ったこともない水着のおねーちゃんで良いのかぼくの人生、なんて一瞬の悔恨の直後には見知らぬ部屋に飛ばされていて、何これ? どういうこと? 初期のアップルコンピュータなら虹色のクルクルが止まらないくらい理解と反応に困っているのに、そんなカワイソーな人を前にしてガッカリとはなんだ、七代に渡って呪ってやろうか、などと八つ墓村よろしく思っていたら「失敗でやんす」とメガネ君が小声で呟くのが聞こえた。
は? 何ですと? パードゥン?
メガネ君はぼくの怒りを無視して後ろを振り返り、一人だけロープの裾が金縁で覆われた奴に向かって「王様、召喚は成功でやんす」とガッカリ感が否めない声で言った。「その様だね」と、どうやら連中の中でもリーダーって感じの金縁ローブを纏った男、二十代後半くらいだけどローブ姿の連中の中では一人だけ如何にもリーダー然としていて、生まれつき銀の匙を加えてきた世代というかゆとりと余裕に満ちたスタンスの優男、知略謀略にいかにも長けてます、人生負け知らずですって感じの切れ長の青い目をしてうっすらと髭を生やした男がこれまたため息を我慢してる様な、古典の授業で出てくるよく分からない短歌の詠嘆を読み上げるみたいなビブラートのこもった声で返した。
「召喚には成功したが、えーと……大外れ?」
「……そうでやんす。オイラたちが狙った真の勇者は大方、違う国の召喚式に応じてしまったでやんす」
「だよね。でもまぁ、国防費の3割も削ってラポートの大魔女から召喚石を買ったのは君だし、そのハズレ勇者と責任とって暗黒教団を討伐……まではできなくても、相応の戦力を削るくらいはやってね。暗黒空軍か海軍のどっちかを壊滅させるくらいまでは。いやマジで」
「マジでやんすか」金縁ローブの言葉にメガネ君はたじろいだ。
「大マジ。何しろたっての財政難だし。じゃあ、まぁ、あとはいい感じにしておいてよ」
などと、会計係の後輩女子といちゃつくことで頭がいっぱいで指示が全て投げやりな生徒会長みたいな指示を出すと、金縁ローブはあくまでも優雅なスタンスを崩さずにふわりとローブを翻して部屋から出て行ってしまい、メガネ君は諦めと怒りと悲しみと、まぁこの世の悲しみを一身に引き受けてるみたいな被害者目線でぼくを見つめてきた。
ちょっと待てメガネ、どう考えたって悪いのはぼくじゃなかろう。というか事情もなんも知らんぼくに何をどうしろと言うのだ。お前は牛丼屋で雇って初日のバイト君に「じゃあ君、一人で店を切り盛りしてね」とか言うのか。言わんだろ。どんなワンオペ戦場だ。その前に「研修中」のバッチくらい寄越せ。
3時間後、ぼくは王国支給品の槍と盾、簡素な上半身だけは守る鎧と、兵士の詰所に転がってた兜を身につけた姿で草原を歩いていた。傍にメガネ君を連れて。
完全完璧アブソリュートにやる気をなくしたメガネ君のやる気のない説明によると、この国、キングダム国(この名前の方がよほどやる気がない)は数百年前から魔王を生み出そうとする、邪神を崇める邪教の教団、暗黒教団と戦争状態にあり、王国がたかが教団一つに勝てないワケもなかろうと思っていたら、教団は元々世界にいた魔族やら魔物やらと手を組んで戦闘集団・軍隊を設立するほどに強大となっており、ただでさえ普通の人間の手に余る魔物やなんやと対抗するためにキングダム王国はそれまで独立していた他国、グレトクイーンやツンランドなどと戦時同盟を組んで教団に抵抗しているのだという。
そして、教団が魔王の降臨まであと一歩に迫ったとの報告を密偵から受けたキングダム王国の王は国防費の約3割を投じて国に仕える召喚士ことメガネ君に命じ救世主たる異国の勇者を召喚した……ところ、呼ばれたのが前髪チェックにだけは余念がないぼくだったというワケらしい。
「んで、アンタの名前は何というでやんすか」
「今更だよね。まぁいいや、ぼくの名前はエニシダ・マサキと言います」
「これはどうもご丁寧に。オイラの名前はベーベル・デヤンスというでやんす。以後よろしくでやんす」
デヤンスって。君、生まれた時から下っ端みたいな名前だったのか……。「あの、デヤンスさん、ぼくは……一応、この世界に召喚されたんだよね」
「それが失敗だったでやんす。召喚は召喚士の魔力に依存して召喚される相手の能力が決まるのでやんすが、王国お抱え召喚士として生きてきたが故に大した経験もないオイラでは最高位の勇者を引き当てる確率は3%……高位の職業者を引き当てるのに20%という大博打……その結果、召喚できたのは一番下位で何の取り柄もないアンタでやんす……」
さりげなく人をディスるなこのメガネは。「それとすっごい似たゲームシステムにハマって十万近く銭を擦った知り合いがぼくにもいるんだけど……」
「へぇ、異世界にもあるでやんすか、召喚式『ガチャ』が」
「身も蓋もねぇネーミングっすね、この世界の召喚式ってやつは。とりあえず人をハズレ扱いしないでもらえますかね」
「じゃあアンタは竜特攻とか魔族特攻とかできるでやんすか? 上位職はみんな何かしらの特攻を持ってるでやんすよ? アンタ、できないでやんしょ! あぁあ、もおお、アンタもおぉ」人型の牛か、君は。「アンタのせいでオイラの人生設計グラグラでやんす」
人を異世界に連れ込んで人生を狂わせた奴が己の人生設計を語るな。「……でさ、なんで、その王国を救うっぽい凄い役割のぼくが、王国一般支給の装備で王国外壁から徒歩5分の草原に来なきゃならんの?」
「アンタ、脳味噌までハズレでやんすか? 冒険の心得その一、まずは近場で鍛錬と金稼ぎでやんす」
「金稼ぎ? ぼく、一応は召喚された救世主なんでしょ? 王国の秘宝的な凄い装備品とか貰えないの?」
「はぁ? そんなもんアンタを召喚する為の召喚石を購入する予算に充てるために国庫の財宝はほとんど全部吹っ飛んだでやんすよ」
ドンブリ勘定よりガバガバだなこの国の経理!「じゃあ何か、ぼくは世界を救う為の能力も装備も全部現地調達ですか」
「ハズレ勇者なんてそんなもんでやんすよ。身の程を知るでやんす」
メガネ割るぞこのクソメガネ。「あ、でもメガネ君が一緒って事は、なんか凄い召喚魔法とかで敵の魔物とかサクサクっと倒せるんじゃないの?」
「本当にアホでやんすねアンタは。オイラのスキルはレベル3の召喚、これは魔力でもって精製された触媒が必要でカラッケツのオイラたちには焼け石に水、それとレベル2の錬金術だけでやんす」
「錬金術? そんな凄い能力があるなら凄い剣とか作ってくんない?」
「レベル2だとガラクタから日用品を錬成するのと有機物から食料を作るのが限界でやんす」
「………………。」 まぁ、日常生活を送る上では便利な能力かも知れない。今の状況では役立たず&役立たず。
「そもそもオイラはズノーロードーシャでやんすよ? 戦いはぜーんぶ、アンタに任せるでやんす」
「じゃあ何でついてくるんだよクソメガネ」
「ふふん。こう見えてもオイラは会計士の国家資格を持ってるでやんす。王様はアンタに正式に教団の幹部連中討伐の依頼を出したでやんすが、報酬は討伐後の後払いでやんす。道中にかかる諸経費についても同様。出張費、出張申請書、旅費、宿泊費、但し宿泊先名を予め申請、残業申請書、深夜残業手当、出張が休日に跨る場合の休日勤務申請書、休日手当、飲食費、但し上限は一度につき100ゴールドとし其れを超えた場合は手当外とする、魔物討伐申請書、魔物討伐報酬、魔王空軍討伐特別手当、魔物陸軍討伐特別手当、教団直属親衛隊討伐特別手当、中略。みんなみーんな、旅の終わりにオイラが全部書式を揃えて王様に提出して、それでアンタは報酬が貰えるというワケでやんす」
「書式が面倒すぎて後半聞いてなかったけど、よーするに君は役立たず、ヤクタターズのメンバーなワケだ」
「仏より心が広いオイラは今の雑言を聞き流してあげるでやんすが、分かってないでやんすね」 メガネ君のメガネが推理中の少年探偵の様に怪しく煌めいた。
「何をだよ」
「いいでやんすか? 手心、心証というのはどんな世界にも存在するでやんす。わかるでやんすね? アンタの報酬はオイラの心証一つにかかっていると言っても過言ではないのでやんす!」
「…………。」
「道中、せいぜいオイラを楽しませろ、ハズレ勇者殿! でやんすー!」
差しあたっての目標はメガネを叩き割る事に決定。クソメガネの。