止まない雨はない。だが、晴れるとは言っていない6~バッドエンド前に襲いくるバッドエンド~
この雨が尋常ではない、といったいどれ程の魔法貴族――王族、領主 一般の魔法士が気付いているのだろう。
早い段階で調査にあたっていても、結果と会議。そして結論が出るまで数ヶ月。さらに支援策を検討して予算を割り出し、作り、そこから領地内の街や村に行き渡らせ、責任者が対応し、人々に支援が行き届くのに更に数ヶ月―― 現状が苦しいのに、現状の痛みを和らげる支援が数ヶ月先―― 下手すれば最初の会議と支援検討から半年後になってしまう恐れがある。
私たち王族、領主は国民や領地の民から税を搾り取れば仕事などしなくても活きていられる。貴族にしたって魔力があるからどうにでもしようと思えばどうにでもできる。
痛みを感じれば仕える者の首を切れば良い。力ある商人は蓄えがある。
では力無き者は? この力無き者にも格差がある。
例えば私の魔導具工房の小さなパーツを作っている工房。本当に小さな工房だ。
この雨で自粛が続けば職人は仕事が出来ない。何せ工房でなければ使えない物があるし、そもそも小さなパーツとはいえ流出などさせられないのだから。
そうなれば早晩、首を吊るものか路頭に迷う者、賊に身をやつす者が出てきてしまうだろう。我慢が出来て一ヶ月。それも支援があると思えるから堪えられるのだ。
しかし、結論も行動も支援も遅い。その上、最下層に向けての議論も視野もないのに更に自粛を延長するとなれば一気に疲れが出て不安と不満、不信が溢れて暴動が起きて、それを鎮圧するために御抱えの騎士が動いて多くの血が流れ、人々は理不尽に不条理に慟哭し、やがてそれは怒りへと変わり、革命を唱えるものが煽り、人々を動かし――
「――魔法貴族粛清の嵐が吹き荒れて断頭台行き、なんてありませんよね。お母様?」
私の胸の裡にある迎えるであろう一つの結末を、最後まで黙って話を聞いてくれたお母様に自嘲気味の笑みをむける。
聞き終えたお母様のティーカップを持つ手が震えていて、家族のお茶会と言うことで不幸にも私の話を聞いてしまったもう一人の被害であるレナスは可哀想なくらいに顔面を蒼白にしてガクブルしている。
いや、それ以上にアリシアやシアン、レナスの侍女になった新人のユウナが卒倒しそうになっていた。
「レナス、貴女も筆頭貴族の公爵家の人間なのだから、そういった恐れがあることは解っているでしょう」
私はレナスの頭を落ち着きなさいと撫でる。
「ですが、お姉様……」
「……延命治療にしか過ぎないけれど、私と繋がりがある貴婦人たちで有志の会を立ち上げて、支援を既に行っているわ」
だから安心しなさい、とお母様は私たちに柔らな笑みを見せた。
「では、お母様」
私はベルを鳴らす。
「失礼します」
セバスチャンが部屋へ入ってくる。
「ソーナお嬢様、此方を」
「ありがとう。引き続き準備の方へ」
「畏まりました」
セバスチャンが退出するのを待って私はお母様へと彼から受け取った物を差し出した。
「……これは?」
「以前より私の配下に調べさせて作らせていたハーティリア領の街と村の住民登録表。そして此方は何処かの跳ねっ返りで貴族令嬢だというのに商人の真似事をして荒稼ぎして家名に泥を塗るような行為をしている『うつけ姫』からの支援金の額と品の目録ですわ。お母様」
力ある個人の方が早く動けるのだ。
「……貴女は、その為に〈トーヤ〉商会を立ち上げたの?」
「……いえ、趣味のついでです。ただの偽善です」
お母様は眉を一瞬顰め難しい顔をしたけれど、それはいつかの誰かの私への陰口だったりに対する私の当て付けに対する注意であったり、私へそのような評価を下す輩に対する怒りだ。それを口にださずに呑み込んてくれた。
「……では、その『じゃじゃ馬姫』に感謝の手紙を書かなければならないわね」
「きっと尊敬するお母様の手紙なら喜んで頂けるはずですわ」
私とお母様は扇で口許を隠して微笑み合う。
あな恐ろしや。お母様を怒らせた無能な貴族の末路を考えるだけで、あな恐ろしや。
しかし、前世の国は平和だなぁ。どんなにダメダメな政権や二世、三世の議員官僚でも首相でも、小学生の終りの会のような事をやっていても、革命戦争やテロなんて起きなかったんだから。
――それより、愚弟はどうしたのかしら? こういう時、一も二もなく飛んできては私に罵詈雑言を浴びせないと気が済まない子なのに。
次期跡取りと宣うなら、何か対策を愉快な仲間たちと話し合っているのかしらね?
――ダメダメな集まりかぁ。嫌な予感がするのは気のせい?