止まない雨はない。だが、晴れるとは言っていない5
「俺は……俺には、この雨は地上の浄化のように感じる……」
「それは魔法士としての直感かしら?」
レインはまた俯いて地面を見ながら頷く。
「嘆き……痛み……涙……。俺には生を謳歌する者への激しい怒りのように感じる……ざわつくんだ……身体に流れる魔力が……」
レインは水属性の魔力だから世界を巡る魔力の龍脈と共鳴するのだろう。それは、この穢れの雨が染み込んでしまっているということだ。
「……何もかもを洗い流して再生……ね。乱暴ではあるけれども手っ取り早い方法ね」
「あんたは……お嬢様はそれで良いのか? 民を守る、命を疎かにしないって言ってるのは嘘なのか?」
傘から覗く目が、偽善者め―― と私を蔑んでいる。
「そうね。誉れある教会の信徒としてなら、それもまた運命なのではないかしら?」
我がハーティリア家の始祖であり聖女アリーシャ様を奉っている教会ではあるけれど、その教会の総本山の主祭神は女神アマティラスだ。
女神アマティラスに仕え寵愛《加護》を授けられたのが聖女アリーシャという感じだ。
人々が考えるようになり、火を発見し、生物を焼いて食べることを覚えた。寒さから身を暖めることを覚えた。火を恐れる獣から身を守ることを覚えた。物を作り使うことを覚えた。人が死に難くなり、増殖し、繁栄した。
自然の大地に人は街を築いた。その街には支配者たる人の王が存在し、王は自身を太陽神であるかのように振る舞い、人々は天上人として地上の王を仰ぎ見て、尊い存在だと敬う。
どんなに尊くても人は人の成すことを認める。
女神を有り難く思うときがあるとすれば奇跡が訪れた時だけである。今や人の王こそが天地の支配者なのだ。
魔力も魔法も女神からの贈り物なのだ。故に魔力が高い貴族は教会に席を置き、洗礼を受けて信者となる。そして庶民は魔法士を有り難がり、魔力を持たない者は魔法士に全てを与えられ、彼らを人間と言い、魔力を持たない者、使えない者を家畜と呼ぶ。
魔法貴族はそれを快く受け、魔力を持たないものは仕方がないと甘んじて受け入れる。いや、実際に甘いのだ。自分を家畜と認め、魔法士に媚びればご褒美が貰えるのだから。
そしてこの雨も天威(天の意思)が人々を地上から洗い流すことだと教会は戦々恐々としながらも歓んで受け入れるのだろう。
――女神の信徒も魔力を持たない家畜も恭順―― いえ、殉教ね。女神が魔法士がの威が死を示すならそれを受け入れる。冗談じゃない。
「私を偽善者と言う貴方はどうなのかしら? ねぇ、魔法に出来ない、従者の任もまともに全うできずに、クロードから放逐されたからと放棄したレインさん」
私はレインを見下す様にして嫌味ったらしい笑みを浮かべる。
「貴方が求めるなら、クロードが何を言おうが、何をしようが関係ないのではなくて? 貴方がレナスの従者として護衛して誉れを欲するのであれば、恥も外聞も関係無く求めれば良いのではなくって?」
蔑む目が私を睨んで、一瞬の内にシュンと落ち込み、痛みを堪えるような目をして悔しそうに俯く。
私はレインに呆れて盛大にため息を吐く。
「散々人の事を魔法が使えない魔力が無いと罵っておきながら、たかが魔法が使えなくなっただけで何時までもいじけてるとか反抗期とか下らない。貴方、本当に馬鹿なんじゃない?」
「なっ!?」
「本当のことでしょう? 貴方、クロードに放逐されてからレナスと会おうとしたのかしら?」
「そ、それは……」
「それなのに妹は貴方を従者にしようと、クロードに貴方を戻すように頼みこんでいる。クロードだけではないわ。お父様にもお母様にも、よ。貴方の体質のことも過去に改善した事例がないかと調べている。そんなレナスが不憫でならないわ」
私はレナスの部屋の窓を見る。するとやはり此方を覗く人影があるのを見た。
両親やクロードがレナスに会わせないのも無理はない。捨てられた雨に濡れたレインを、あの子は可哀想という理由だけで拾ってしまうだろう。いまのレナスにはレインを飼えはしない。
まだまだ甘い。そして優しい。
――それにレナスに依存してヤンデレ従者になられても困るものね。
子犬なら「くぅ~ん」と潤んだつぶらな瞳で見上げて鳴いているだろう。そんな感じに私を見てくるレインを突き放す様に踵を返して、私はその場を離れる。
「あ、貴方なら改善の方法がわかるのかっ!!」
激しく降る雨の音と傘を打つ雨の音で聞こえない振りをする。