止まない雨はない。だが、晴れるとは言っていない4
雨は嫌いではない。私は好きだ。雨の音。景色の色が濃くなるのが好きだ。
――良くない天気が続くわね。
この雨は普通の雨ではない。穢れが含まれている。このまま雨が降り続ければ穢れが地に染み込み、やがて草花、木々が枯れて水源も穢れてしまう。
それだけではない作物も育たなくなる。人々がこの雨が異常だと気付いた時には既に手遅れであろう。疫病が蔓延し、医療が魔法や回復薬があるお陰で発展が遅れている。病を治す回復薬は高い。魔法治療はもっと高い。何せ魔法は高貴なる者の特権だから。故に街中には汚物や死体の処理が間に合わず、放置され、それが新たな穢れを喚ぶ。病の永久機関が出来上がる。
穢れ、病を避けるため庶民は家に隠るだろう。
何せ穢れが形に成る世界だから。
そうなれば店を構える者は閉めなければならない。仕入先も。働きに出る者は仕事を失って給金が得られない。そうなれば生活も経済も破綻する。
首を吊る者、口減らし、路頭に迷う者が溢れ、賊になる者が増え、治安の悪化を招く。
――山間部の村や川沿いの村や街は大丈夫かしら……。いえ、これだけ長く雨が続けば川の氾濫や土砂崩れは起きているはず……。
前世のように情報が直ぐ様に届くわけではない。故に私は偵察隊を各地へと派遣した。
――お父様やお祖父様も情報集めに動かしてはいらっしゃるでしょうけれど……。
どんなにお父様やお祖父様が優秀でも宰相として領主代行として政を行っている以上、事が全てスムーズに進むわけがない。政に関わる者は貴族故に庶民の窮状が解らないし、正しく知ろうとも思わない。庶民が苦しもうが野垂れ死にしようが雑草のようにまたいつの間にか生えて来ると思っているからだ。
中には民が納めた税金を自分たちのお金だと思っている輩もいるからだ。自分たちが無能でも無策でも民が苦しもうとも巨額の給料が出るからだ。
そう言う者は危急存亡の秋でも支援に乗り出すのが遅い。腰が重い逃れ常である。またそんな者たちが考える支援策も駄策な事の方が多く、それを数ヶ月かけて打ち出し、また数週間から一ヶ月掛かって漸く支給されるという事が多々あった。
「財務大臣にも困ったものね」
現在の財務大臣はお父様の同期のベランメーク伯爵だ。ベランメーク伯爵は以前、インペルーニア侯爵領と派閥に属する貴族の領地が蝗害に陥った時、支援策として定額給付金を打ち出したけれど根本的な解決にならず失敗に終わった。
――ベランメーク伯爵肝いりの支援策だっただけに、民からあまり感謝されずに冷笑されたことが、伯爵からしたら恵んでやったのにという思いがあって、恩を仇で返されたと根にもっているのかしら?
ちなみに蝗害をもたらしたのはアバドゥーンというダークアールヴだ。
散々食い荒らされただけで討ち取れなかったのだからアバドゥーンが上手なのか、それとも討伐隊が弱いのか果たしてどちらだろうか。
「ねぇ、貴方はこの雨をどう感じているのかしらね」
「……」
私が勝手に差し掛けた傘を抱えて踞るレインが傘の陰から死んだ魚のような目で、問いかけた私を見上げてきた。