お嬢様はラファーガを仲間にした1
これは私―― ソーナ・ラピスラズリ・ハーティリアとラファーガ―― 私の守護者との出会いの物語。
私の大切な家族であり、侍女のアリシア。
彼女を辱しめて手に入れようとした叔父―― お父様の弟ペルシ・パーライト商爵からアリシアを守る為、重症を負わせた上で罠に嵌めて捕らえさせてからの出来事。
叔父がハーティリアではなくパーライト姓を名乗っているのは、この国の貴族は高い魔力と豊富な魔力量を宿している者ほど高貴な存在で、魔力と魔力量も少くて弱い者、または宿していない者は魔法貴族に飼われている家畜と蔑まれている。
しかし、希に魔法貴族の血筋であっても魔力を宿さない者も生まれる。
それが大貴族の家系であっても例外ではない。しかし、大貴族の血縁故に蔑ろに出来ない事情もあり、成人したその日にお情けで爵位を与える制度がある。
それが商爵の位だ。
成功を収めるのも失敗するのも本人の才覚次第。
魔力が弱い、少い、無い者など恥じなのだ。故に家を放逐出来るならなんでも良いのだ。
前世だと中卒で職も決まっていないのに家を放り出されるようなものだ。
かくいう私も魔力がないので他人事ではないのだけれど前世の知識があるし、そのお陰で家を出されてもある程度余裕で生活出来るだけの蓄えがある。
しかし、そのような心配は不要なのだけれど……。
断罪イベントまで私はアルフォンス皇太子殿下の婚約者だ。
アルフォンスとの婚約の話よりラファーガの話が先なのは優先順位と大切な存在かそうでないかの違いだからあまり気にしないで欲しい。
執事のセバスチャンによって拷も―― んんっ! 取り調べと同時に叔父の邸が捜索された。
取り調べから尋問に変え、結局最後には拷問になったようだけれど叔父は口を割らず、絞首刑になった。
やはり叔父は奴隷商―― それも極めて危ないギルドとハーティリアと敵対する貴族と繋がっていた。
その貴族というのが他国―― はっきり言ってしまうと休戦状態の国と繋がっていた。
本来ならこの時点でハーティリア公爵家は存続をを許されていない。それどころか機密漏洩で一族郎党、侍従も含めて斬首刑だっただろう。
叔父がハーティリア姓だったままなら。廃嫡されていなければ……。
叔父が成人し、パーライト姓を名乗り、商爵家当主として自立した人間であったが故に、たとえ血縁と言えどハーティリア公爵家に累が及ばなかった。
それでもお父様を宰相の座から引きずり落として、ハーティリア家を魔法貴族筆頭から引きずり降ろし、力を削ごうとあれこれと手や口を出そうと喧しく囀ずる者が現れた。
お父様を亡き者にしようと暗殺者を送り、見事にお父様に負傷を負わせた。
インペルーニア侯爵は自身が宰相の座に着くと主張したけれど、ハーティリアを敵視する貴族もそれを支持したけれど、皇帝陛下は首を縦に振らなかった。
皇帝陛下はお祖父様をお父様が回復するまで、と言っても回復魔法と薬で傷事態は言えているのだけれど、とにかくお祖父様を宰相代理としてその座に着けた。
お父様を襲った暗殺者を雇ったのはインペルーニア侯爵ではない、というのはお祖父様もお父様、お母様も意見が一致していた。
しかし他の貴族は煽ってはいただろう。
さて、ここでもう二つほど問題がある。
ひとつは軍部。グラディアお爺様がトップであること。特戦遊撃部隊の兵器と兵士を掌握したい者。
ひとつ私がアルフォンス皇太子殿下の婚約者であることを問題視していること。
しかし、皆、一番脅しやすく、虐め易い者から責めたがる臆病者ばかり。
それも群れないと何も言えない者たち。
「陛下。私の生家、ハーティリア公爵家と領地は元々はハーティリア公国という一国。ローゼンクォーツ皇国の初代皇帝とハーティリアの始祖アリーシャ様が兄妹であり、そして〈七つの大罪〉という大いなる厄災に再び協力して立ち向かうため、手を取り合ったのがハーティリア公国がローゼンクォーツの一領地となったきっかけにございます。しかし――」
私はハーティリア領、宰相の座、ハーティリア家の財産をを手に入れようと目論む輩を見回す。
「ですが……皆様が望む通り、ハーティリアはローゼンクォーツから消えましょう。これまで盟友として皇国を支えてきましたが、盟約を白紙に戻して一国に戻させて頂きたく存じます」
私は陛下へと頭を下げる。
「ハーティリア家から廃嫡され、独立を果たし、商人として爵位を陛下より賜った身とはいえ、叔父がご迷惑をお掛けした事実はどのように謝罪をしても変わりません。ですから――」
と、続けようとした私の機先を制するように陛下が慌てて言葉を紡ぐ。
「い、いや、少し待て、ソーナ。それは些か逸りすぎだ。そなたの父上である宰相―― ハーティリア公爵家の当主に聞かねばなるまい?」
「いえ、父も母も私の考えに納得してくださいましたから、問題は御座いません。それにハーティリアがローゼンクォーツから離脱してもハーティリア公国の姫である私がアルフォンス皇太子殿下の婚約者という関係であれば現状と変わりなく、同盟とはいかずとも協定は早期に結ばれるのではないかと存じます」
ハーティリア公爵家を蹴落としたい者どもに冷笑を浮かべて見せる。
「な、何を馬鹿な事を!! 本来ならば爵位剥奪、領地はローゼンクォーツ皇国に統合され、 ハーティリア公爵家の財も何も何もかも没収、貴様ら一族は幽閉、もしくは死罪は免れ得ぬのだぞ!! それを理解しておいでか!!」
「たとえそうであったとしても他国へと亡命致します。ハーティリア家は豪農、もしくは商人として何処でも幾らでもやり直せますもの。貴殿方とは違い、炎上などしていませんから。ここまで言われて私の家族もローゼンクォーツ皇国に拘る必要がありませんから……」
私の挑発に謁見の間に怒号が飛び交う。お祖父様はポーカーフェイスを保っていらっしゃるけれど、海千山千の陛下や貴族を脅す自身の孫娘に内心驚愕なさっているに違いない。
「静かにせいっ!! 戯けども!!」
そして陛下はギロリと私を睨む。
「ソーナ。今、ハーティリア公爵に宰相を辞めて貰うわけにはいかぬし、ハーティリア公爵家から爵位を剥奪することなど出来ぬ。聡明なお主ならば解っておろう?」
「御言葉ではありますが、皆様はハーティリア公爵家の存続をお望みではないご様子……」
私は盛大に溜め息を吐く。ハーティリア公爵家がローゼンクォーツ皇国を支援しなければどうなるか此処に招集された反ハーティリア派の貴族は理解していない。
陛下は私だけを退出させた。
――わざわざ炎上と解りやすく教えてあげましたのに……。
と、いうより――
――お母様を妃に出来なかったことへのショックから、心に出来た穴を埋めるように美女や美少女を収集するようになっていても、この頃はまだ陛下もまともな思考力があったのね。
と、感心する。
邸に戻り、お父様とお母様に心配され、お母様は怖い目に合わせてしまったと、泣かれてしまった。私は心労のため、という名目でハーティリア領で静養することになった。
「ソーナ様。些かお行儀が良くないかと……私は思うのですが……」
「良いのよ、アリシア。これはそういう料理だもの。貴女も食べなさい」
「で、では私は、このタルタルソースのフライドフィッシュバーガーと紅茶をいただきます」
従来の馬車ではとても車内で食べられなかっただろう。
――揺れも衝撃も無いって良いわよね。しかも温度調節で快適。
はぐっと、ロースカツバーガーにかぶり付く。
私もストレートの紅茶。他には果実水があるけれど。
「あ、ソーナ様。お口にソースが……」
アリシアは唇の端についたソースを指で取ると口に運ぶ。
「貴女も付いていてよ」
「ソーナ様……私は自分で……」
「大人しくしていなさい」
アリシアの片頬に手を添えて、彼女の動きを制し、顔を寄せる。
「そ、ソーナ様……ダメ……です。私は……」
「駄目ではないわ。貴女は私のものだもの。でしょ?」
「ですが……」
「主の言うことは“絶対”なのでしょう?」
耳まで朱に染めたアリシアが潤んだ目を閉じ――
ガタンっと馬車が大きく揺れ、私たちは抱き合うように座席に倒れた。
――チッ! もう少しだったのに!!
外も騒がしい。
「何事っ!!」
私は窓を開けて護衛に問い質す。
「は、はい。ど、奴隷商人の檻付きの馬車と遭遇しまして――」
「逃げているのなら追いかけているのでしょうね?」
「は、はい!! 勿論で御座います!! そのために一時の休息も兼ねてこの場に留まりました」
「そう。必ず捕縛しなさい。逃してはなりません!!」
「はっ!!」
逃亡中にハーティリア公爵家の馬車と護衛とエンカウントしたのが運の付き、あと私の楽しみを奪った罪は万死に値する。
数日、皇都のハーティリア邸で過ごしていた間に決まったことなのだけれど、とある日時、とある曜日に奴隷商、ギルド、敵国と繋がっていた貴族を一斉に粛清、討伐令が特戦遊撃部隊に密かに下された。
――お祖父様が仰っていたのは今日だったのね。奇しくも13日の金曜日……なのよね……。
どうもお祖父様はいい大人が幼女を―― しかも自身の孫娘を言葉の刃でいたぶって楽しもうとしていた貴族たちにたいそうご立腹なご様子らしく、その怒りが今回の苛烈さにいたっている。
テンプル騎士団だったけれど、此方では奴隷ギルドに商人、敵国と繋がっていた貴族が血祭りにあげられる。
――血祭りも村祭りのようなものなら良いのだけれど……。
射的もあるのだから、要は動き逃げ惑う的か止まった的かの違いだ。
戦争も殲滅もシューティングゲーム感覚になってしまうのが戦なのだろう。そう思わなければ、心が許容出来ないのかも知れない。
「ソーナ様……、この度の件で休戦協定は……」
「破られるわね。それでも時間を掛けて交渉するでしょうね」
――猶予時間は少いだろうけれど……。
「被害を少くするための準備を始めるわよ」
「離せこのヤロー! オレはアールヴだって言ってんだろ!! ちょっとデカイからって猫みたいに扱うんじゃねえ!!」
元気の良い声が届いて来た。
「あっ、コラ! テメェ、モテそうにないテメェだゴラッ! 筋肉童貞!! いくら母さんが綺麗だからって変な何処見てんじゃねぇ!! ちょっとでも触ってみやがれ、蹴り潰すぞ!!」
何処を?
「それと、そっちのチビヒョロ!! テメェ何、妹にハァハァしてんだ!! 変なことしてみやがれ、ケツの穴に檜の棍棒ぶち込んで啼いて悦ぶまで奥歯ガタガタ言わすぞ!!」
ロリコンは治らないわよ?
「口が相当悪いようですね」
「警戒しているんでしょう」
誰がモテない筋肉童貞だゴノヤロー!! と泣きが入っている兵士。三十路2月なれば魔法士になれると言うわ。童貞貫きなさい。
ししし失敬なこう見えて私は幼女には紳士として有名でごごごござるよ。狼狽える兵士。フィギュアと絵だけに留めなさい。それが本当の紳士よ。
「出て来やがれ!! 貴族!! オレはテメェが許せねぇ!!」
では、お望み通り出てあげしょうか。
「ほどほどの躾でお願い致しますね」
アリシアが言っているのは弟のことだろう。愚弟は水が怖くなって、いまだに爆発に追われ、落とし穴に落ち、泥水で溺れる夢を見ておねしょをするのだ。
まるで私が虐めたみたいになっているけれど、決闘だ。決して弟を虐めたわけではない。
奴隷に落とされて酷い仕打ちを受けたかも知れないのに折れていない。
――だからと言って傷を負っていないわけじゃない。なら、一度大人しくさせましょうか。
自分より母親と妹を守ろうとしている。好ましい。身内の女性に優しく出来ない者は彼女や妻にも優しく出来ないというのが私の持論でもある。
――だってねぇ。お袋の味を求める男性って妻ではなく奥さんをお母さんの代わりって思っていそうじゃない? 家のやり方とかルールを守れなければ、不出来な嫁とか。
そういう旦那も舅・姑も私は御免だ。そもそも入籍というのが間違いだ。新しい籍を作った、が正しい。
はい、解っております。私は結婚出来ない女です。こんな私が皇太子の婚約者がつとまるのかって? だって、内側から乗っ取るとか、裏から操るって面白そうじゃない?
「その男の子を解放してあげなさい」
「ですが……」
渋る護衛。当然だ。私は護衛対象なのだから。
「ガードナー。私は解放しなさいと言ったの。聞こえなかったかしら?」
「か、畏まりました」
――護衛隊長が……筋肉童貞……。
母親を女性士官に渡したあと、暴れる男の子を抑える役目を買ったのだろう。最初から女性は女性に任せれば童貞なんて言われなかっただろうに。
「お前が、お前が……」
「ええ。貴方が出て来いと言ったのでしょう?」
肩にかかった髪を後ろに跳ねる。
「私に何かご用があるのではなくって?」
驚きの声を上げたのは紳士。男の子が剣を奪ったからだ。
――面白い。
私は内心で笑みを浮かべる。
――私ってこんなに好戦的だったかしら?
ふと疑問に思った。