第4話 クロノス・コントローラー
「なあ、 ちょっと聞いていいかレイン。 クロノス・コントローラーってどんなのなんだ? 」
俺はウォーブに警戒しながらレインに密着して聞く。
「始めて見つかったコントローラーだから……私が分かるわけないでしょ? 」
レインは呆れたように溜息を吐いているが、 ウォーブに警戒しているのは俺と同じだ。
何故警戒しているかと言うと、 奴は異世界の超人であり、 ビジョン・コントローラーとはまた別の機械、 『クロノス・コントローラー』のマスターだからだ。
クロノス……名前だけ聞くとまるで時間を操るような物に感じるが……どうなんだ?
ウォーブは十字型のコントローラーを手にし、 真ん中のボタンを押した。
「マズい……! 普通にスイッチ押させちゃった! 」
「あ、 やべぇ」
警戒のし過ぎでウォーブがボタンを押すまで動かなかった俺達は思わず取り乱した。
そしてウォーブはコントローラーを右手で自身の前に出し、 低く響く声で叫んだ。
「クロノス・クローズ オン!! 」
──『マスターの声を認証しました。 展開します』──
とても低い音声が発せられると、 コントローラーから紫色の邪な光がうねる様に飛び出した。
そしてその光はウォーブの身体を包んでいく。
「アウドラ! 急いでクローズ・オンして! 」
レインは俺にそう言うと、 銀色の刃が輝く剣を構え、 光速で突っ込んで行く。
俺は反射的に返事して、 またあの小っ恥ずかしい台詞を言う事になった。
「ビジョン・クローズ オン! 」
俺は上にコントローラーを向け、 叫んだ。
ウォーブ同様……いや、 色は別だが光に包まれていく俺。
「だあああああああああ!!! ……ゲホッ」
やっぱ恥ずかしさを紛らわせるために叫んだが、 噎せた。
衣服が戦闘用にチェンジすると、 俺は初めて使った時の事を思い出し、 今度は別の言葉を叫んだ。
「さしるべぶれーど!! カモーーーン!! 」
ーーサシルベ・ブレードニンショウシマシターー
機械の様な音声が聞こえた後、 俺の両手首辺りから、 赤色の刃が出現した。
「うおっしゃやったらぁ! 」
俺が叫ぶと、 レインが吹っ飛んで来た。
その先を見ると、 紫に光る衣装に変化したウォーブが立っていた。
────────────────────
「げっ……」
不敵な笑みを浮かべるウォーブを見て、 やりたくなくなってきた。
だが、 レインが吹っ飛ばされたという事はやはり強いという事だろう……コントローラーを使える俺がやるしかない。
「おっしゃ! ……やるぞ! 」
自分の両頬を強くはたき、 気合を入れる俺だが、 勢いがあり過ぎて《サシルベ・ブレード》が少し頭に当たって痛かった。
……切れてないよね、 大丈夫だよね? ねぇ大丈夫だよね?
「お前、 強そうには見えないけどな。 お前がやるのか? 」
「うっせぇ! 俺はコレでも喧嘩で全然ダメージ食らった事ねーんだぞ! 」
ウォーブはちょっと鼻で笑ってきて、 笑いながら謝ってきた。
勿論元の世界の話だけどな! 超人と常人が喧嘩したら超人が勝つに決まってるし、 俺は怪物共相手にノーダメージは絶対無いと思ってるからな。
金色の長い爪の様な物が付いた右手を上に曲げ、 握り締めると奴はこっちを向いた。
「始めるぞ」
ウォーブがそう言うと、 俺は超人的な反射神経を使い、 即座にウォーブに近づいた。
まずは先制……だと思った。
「何だコリャ……!! 」
俺の身体は浮いてるかの様にスローモーションになっている。
これじゃやられる……!! そう思った直後、 ウォーブの膝が俺の目の前に現れ、 蹴り飛ばされてしまった。
「いってぇ!! 絶対ぇ鼻折れたろこれ! 見てこれレイン!! 」
別に鼻は折れていなかったが、 俺はレインの姿を見て眼が点になった。
レインは眼を閉じ、 剣を顔の右側で構えていた……いやそこじゃない。
俺がビックリしたのは服装で、 何故かスーツの腹部が破れて肌が露出している。
「レイン、 サービスか? でもそんな事しても字じゃ全く分かんねーぞ? 」
俺が言うと、 レインの眉間に少し皺が出来た。
多分イラっとしたんだと思うぜ。
「しかし……何だって俺はスローになったんだ? 凄い体験だったぜ」
俺は鼻を摩りながら感心していた。
恐らくこの場面をシルフォが見ていたらまた冷めた目で見て来るんだろうな。
その瞬間、 光速をも超えた速度で突っ込んで行ったレインは風を巻き起こしながらウォーブの首元に剣を振る。
「甘いな」
ウォーブは余裕の表情を見せる。
────────────────────
「!!! 」
ウォーブの首にあと数㎝という所でレインの剣は止まっていた──いや、 止まっているのは剣ではなくレイン自身だった。
「……っ!! 」
力を入れてる様にも感じられるレインの身体は、 少しも震える事もなく完全に止まっていた。
……完全に? もしかして心臓も止まってんじゃねーの!?
「おらぁっ!! 」
俺は不安になり、 遠距離の状態から一気にウォーブの間近くに移動した。
「おぉ……さっきよりも早くなってるな」
俺は紅の刃をウォーブの顔目掛けて振り上げようとしたが、 直前に止めた。
この位置だと避けられた場合レインに当たっちまう……!!
「クク……戦闘は慣れてないみたいだな」
「くっ……! 」
攻撃方法を蹴りに変えようとしたが、 その前に俺は腹を蹴られ吹っ飛んだ。
そして壁に激突する。
「くそっ! 壁にぶつかんのも2度目だぜ」
俺は変身時のスーツで痛みは蹴りの分しか無く、 着地と共に体勢を整えた。
ウォーブはレインの伸びた細い腕を掴み、 手から剣を奪い取った。
「俺の能力をよく理解してから挑むべきだぞ」
そして剣を逆手に握り低く構える。
「うお! やべぇ!! 」
俺は先程と同じ速度でウォーブの方に向かうが、 刃を顔の前に突き出され、 急ブレーキをかけて転んだ。
ウォーブはすかさず剣を振り、 剣の柄の部分をレインの腹に当て、 吹っ飛ばした。
そして立ち上がろうとした俺の脚を掴んで振り回してレインに投げつけ、 激突させた。
「ぐっ……! 脚痛えなこの! ……ってレイン悪りぃ!! 」
「大丈夫……」
明らかに苦しそうに震えながら腹を押さえるレイン。
コントローラーで変身してる訳じゃないから、 俺よりも数倍のダメージが来てるはずだ。
それにしても俺を振り回す程の腕力か……恐ろしいな。
俺はスーツの左腕の位置にある、 一体化したコントローラーに話しかけてみた。
「なあ、 遠距離用の武器とかねーのか? これじゃ近づいてもやられるだけなんだけど」
ーー トクニアリマセン ーー
うん、 役に立たねー事が分かった。
なるほどな、 このスーツの専用武器はこのさしるべぶれーどって訳ね。
あーあ、 どうすんだか。
──────────────────
接近するまでに1秒もかからなくてもあのコントローラーの能力か動きがノロくなるか止まらせられる……どうしたら攻撃を当てられる?
いつもと違い真剣に考えている俺のスーツの裾を掴み、 話しかけて来たレインは、 まだ座ったままだった。
「ありがとうアウドラ、 分かった事があるよ。 『クロノス・コントローラー』の能力、 あれは予想通り時間を操る事だよ」
「やっぱりな……だと思ったぜ。 時間を止める、 スローにするっつったらそれだもんな。 ビジョン・コントローラーよりも時間を細かく操作出来るって事だな」
レインは俺が喋ると頷き、 俺に耳打ちをしようとしたが、 俺は気付かず立ち上がり、 コントローラーで出来る事を試してみた。
「コントローラー、 アイツをスローに出来るか? 」
ーー ムリデス ーー
腹立つ返し方をして来たコントローラーに溜息を吐くも、 ウォーブの事は絶対に視界から外さなかった。
俺は体勢を低くして、 《サシルベ・ブレード》を構える。
「レイン、 俺が戦ってる内になるべく回復よろしく」
俺はそう言うと、 全速力……肉眼では見えない様な速度でウォーブに突っ込んで行く。
徐々にスピードダウンして行くのが分かり、 最終的にはやはり目の前で止まってしまった。
「ここさえ乗り切れりゃ勝機は出てくんだろうなぁ」
「乗り切れるといいな」
ウォーブの手刀が俺の脳天に直撃し、 俺の視界はブレ、 床に顔面が激突した。
今度こそ鼻が折れたと思った……が、 大丈夫だった。
「まずはお前から殺してやろう。 ビワの連中は何かと邪魔だからな」
まあ俺はそこ出身じゃないけどね。
ウォーブはレインから先程奪った剣を倒れこむ俺に向ける。
終わったと思ったが、 急にウォーブの身体が仰け反り、 吹っ飛んだ。
「良かった、 鼻はあるみたいだね」
「鼻だけ狙う敵が居ると思うか? 」
レインの光速の跳び蹴りを喰らい吹っ飛んだウォーブは、 ゆらりと起き上がった。
不気味で気味が悪い……あれ? 同じ様な意味か。
「さてと、 そろそろ俺も本気を出してやらんとな」
そう言って服と一体化しているコントローラーを見るウォーブ。
「 《スォイフ・クロッグ》プリーズ」
また変な名前だ。
─────────────────────
──スォイフ・クロッグ 認証完了、 装備します。──
コントローラーから発せられた音声と共に肘を曲げ、 上に向けたウォーブの手のひらには、 紫色の湯気の様な気を放つ時計が現れた。
俺はその時計の数字がローマ数字なのに気付いた。
……いや、 特に意味はないけども。
「それが武器か? 時計なんて何に使うんだよ」
「油断しちゃダメ。 コントローラーにはいつでも強力な武器が付いてるから」
油断しちゃダメって言われても、 時計をどう警戒したら良いんだか全く分からんぞ。
ジッと時計を見つめていると、 ウォーブは高らかに笑い、 目を見開き恐ろしい笑顔となった。
「 リ・ワインド!! 」
ウォーブがそう叫ぶと、 時計の針は逆方向に回り始めた。
『リ・ワインド』……発音は雑だが、 意味は確か【巻き戻し】。
何が起こるんだ?
────シルフォが目を閉じ休憩していると、 前方から不気味な視線を感じた。
「な……!? 」
シルフォの前には、 先程粉々に散った筈のドラゴン使いの元国王が立っていた。
だがその眼はさっきとは違い、 自我は無い様だった。
シルフォが立ち上がろうとすると、 砕けた左腕を蹴りつけて来た。
「ぐああああああ!! 」
あまりの激痛に叫ぶシルフォの声は、 2階上でウォーブと戦う2人にも聞こえた。
「シルフォ!? 何があった畜生! こっちは別に何ともねーし……!! 」
俺がシルフォを心配し焦っていると、 ウォーブはバカにしてる様に……そして楽しんでいるかの様に大声で笑った。
「下の女がウチの元国王を殺したんでね……。 時間を巻き戻して生き返らせてやったんだよ。 まあ、 自我は無いけどな」
死人を操ってる様なもんか!? ……コイツどこまでクズ野郎なんだ……!
「アウドラ、 冷静に! 」
俺が怒り、 拳を強く握り締めているとレインが立ち上がり言ってきた。
分かってる、 ここで突っ込んでったらやられる。
俺はバカじゃない、 そんくらいは理解出来る。
「ほら、 早く俺を倒さねーと下の奴は殺されるかも知れないぞ? かかって来いよ」
俺もレインも挑発に乗る事なく、 冷静に奴の動きに注意している。
するとレインは何かを取り出した。
───────────────────
「私もそろそろコレを使わなきゃいけないみたいだね」
レインの手には、 円柱型でボタンの3つ付いた機械が乗っていた。
ソレを半分に開き、 自分の腕に装着したレインは真ん中の少し大きめなボタンを押し、 叫んだ。
「シャイン・ドレス オン!! 」
コントローラーだった。
ただ、 俺達のとは異形で装着する型のようだ。
『シャイン』と言うくらいで、 眼がくらむほどの光を放つコントローラーは、 少しずつレインの衣装を変えて行く。
身体にピッタリとくっつくようなスーツから、 風も無いのに靡く金色のドレスへと変化した。
ここが電気で明るかったら絶対眩しいからそれ。
「私はこの格好嫌いなんだけどなぁ……。 ドレスなんて似合わないし動きにくいし……」
ドレスの裾を捲りながら溜息を吐くレインを見て、 変身したくなかったのかと納得した。
でもパンツ見えるからやめて。
「まあ動き難いのは仕方ねーとして、 けっこー似合ってんぞ? (派手だけど) 」
「……ありがとう」
俺が言った言葉に対して、 顔を背けながら礼を言って来た。
やっぱ照れんのかな? でも自分の台詞考えて俺も恥ずかしくなってきた。
よし、 集中しよう。
「んん……? 何かその格好……以前どこかで見た様な気がしたんだがなぁ……。 思い出せないな」
そう言ったウォーブに反応したレインだが、 気のせいだと言う。
え? 使った情報があるとかじゃないのか?
「アウドラ、 気を抜かないで……行くよ」
「おう! 」
俺が返事をすると、 さっきまで隣に居た筈のレインの姿が見当たらない。
あれ? どこ行った……?
「「!!! 」」
レインはウォーブの背後に移動していた。
とんでもねースピードだ……てか、 音も何もしねーのかよ!
「甘い! 」
ウォーブが《スォイフ・クロッグ》 を使用しようとするが、 その隙も与えずレインは連続でパンチを繰り出した。
1秒に十数回は入ってるであろう速さで。
最後にウォーブの腹を剣でやられた時の仕返しの様に勢いよく蹴った。
ウォーブの身体はとてつもない速度で吹っ飛び、 何十mも離れた壁にめり込んだ。
「私がこの状態なら……お前に勝機はなくなった」
────────────────────
かっこいい感じに決め台詞の様なものを言い放ったレインはウォーブが吹っ飛んだ先を見る。
土煙がどけば、 奴が今どんな状態かが分かるが……。
「……!! アウドラ! 伏せて!! 」
レインは俺の元へ猛ダッシュして来る。
とりあえず伏せよう。
俺の後頭部側で金属と金属がぶつかり合う様な耳障りな音が鳴り響く。
俺はすかさず後ろを向くと、 そこにはコントローラーでウォーブが振り下ろした剣を受け止めるレインが居た。
「やべぇな! 」
俺は体勢を低くしウォーブの背後へ回り、 腕の刃でウォーブを斬りつける。
「よっしゃやっといっぱ……?? 」
斬ったはずのウォーブの身体には傷1つ無く、 先程食らったパンチの痕も消えていた。
「おたくどうなってんの? 」
俺が溜息を吐くと、 ウォーブの持つ《スォイフ・クロッグ》の針が一瞬で別の向きに変わった。
すると、 俺とレインはウォーブの前で立っていた。
「!? 何があった!? 」
「避けて……!! 」
レインの声も虚しく、 俺は直後にウォーブに斬り飛ばされてしまった。
斬られた場所が熱く感じ、 激痛が走る。
「アウドラ!! 」
倒れかける俺をレインはキャッチし、 ゆっくりと自分の太腿の上に頭を乗せた。
何度も俺の名前を呼んでいるのが分かる……心配してくれてる様だ。
有難い。
「集中しろよレイン……お前までやられちまったらどうすんだよ……」
「そんな事言ってる場合じゃない! 早く手当てしなきゃ……!! 」
……そんな必死になるくらい今の俺の状態ヤバいの? え、 まさか死なないよね? お願いそう言ってくれ。
思わず取り乱した俺はまた激痛に襲われた。
その中で、 ウォーブの低い声が聞こえて来る。
「ああ、 やっぱり知ってるぞその姿。 お前、 1度俺の世界で『ボス』に敗北した奴だろう。 髪の毛が短くなってて気づかなかった」
!?
レインが敗北……ボス!?
「思い出さなくて良い事を思い出したんだ……」
殺気の籠もった鋭く恐ろしい目つきでウォーブを睨みつけるレイン。
本当の事なんだ……。
「ごめんアウドラ……誰にも知られたくなかったけど教えるよ。 私は……奴等がトラウマなんだ」
「……!! 」