第6話 死んだなんて言ってない
めちゃくちゃ太いバットのような棍棒が、シルフォを目掛けて振り下ろされる。あんな勢いで殴られたら、いくら怪力ゴリラであろうとただけでは済まないだろう。
シノビ・コントローラーのクロスは、薄着過ぎて脆そうだし。
今直ぐにでも助けたい。だが、俺は振動でバランスが取れない。
そもそも、もう間に合わない。
あの一撃でシルフォがくたばるわけではないと、そう分かっているが、とんでもなく焦ってしまう。
──シルフォに触れる寸前で、強い光にアノムスごと棍棒が弾き返された。
「え……?」
「くっ……あ……?」
吹っ飛ぶアノムスを見て、思わず間抜けな声を出す。丁度振動も収まった。
シルフォも落下して、不思議そうな顔になっている。
今、この場には俺達二人しか味方はいない筈だ。なら今のは一体……?
「えっ……!? それ……!?」
床に、細長い物が降って来た。恐らく、アレがアノムスを弾いたものなのだろう。
俺は一目で、それが何かを悟った。直ぐに駆け寄って、震える手で慎重に持ち上げた。
シルフォも、次いで近寄って来る。大きく見開かれた瞳が、俺と似た心境であることを教える。
「嘘だ……何でコレが、ここに……」
「アウドラ、コレはあの時……共に失った筈、だろう……?」
「ああ。アシュレイドの手に渡ったとかなら分かるが、同じように敵であるアノムスを邪魔した。つまり、奴らの生き残りが使ったものじゃない……!」
「なら、何故……誰がコレを!?」
視界の先の方で、アノムスがゆらりと身体を起こしている。だが、俺とシルフォは困惑していて、お互いを見合うだけだ。
おかしい。おかしいだろ。
この剣は彼女と共に消えた筈だ。彼女はそこで殺され、この武器を扱うコントローラーは、残るとしても敵の物になる筈。
なのに、何故アノムスに仕掛けた。今ここにいないビワの誰かが、この要塞内から見つけ出して使ったのか!?
いや、この短時間で使いこなせるわけがねぇ! 宙に浮いていて、シルフォが壁になっていて、振り下ろされている最中の棍棒に当てるなんて、どんな腕してんだって話だ。
最初から隊長クラスだろそんな奴。
「……ココアがこの部屋を出て行ったのは、君を解放するためだったのか」
アノムスは、浅く切れた頬に触れながら、凍てつくような目を向けて来る。
いや、向けているのは、俺とシルフォの丁度間だ。つまり、この部屋の入り口辺りなわけで──
「死んだなんて、言ってない」
明確に、聞き覚えがある声がした。もう振り返らなくても、誰なのか察せる。
……なぁ、お前あの後、どうやって生き延びたんだ……? コントローラーも回収されなかったのか?
何より、何故ここにいるんだよ……っ。
「久し振り。アウドラ、シルフォ」
ゴージャスなんて言葉が目じゃないくらいの、金ピカドレスに身を包んでいる。血のように紅い髪が特徴的な──
「「レイン!!」」
デューク・マクリシア・レイン。
かつて共に戦い、バイブレ・コントローラーを回収しに向かった際、その崩れ行く世界に取り残された筈の少女。
俺に、「愛してるよ」と告げ、永遠にお別れすることとなった筈の少女。
その、レインが。ビワ最強の戦士であり、俺の恋人であるレインが、今俺達の前に立っている。
「貴様……レイン。何故……」
「ごめん、二人共。死に別れみたいになったのに、生きてて」
「いや! 生きてることはいいことだろ! それより、本物なんだよな……!?」
「本物だ。間違いなくな」
「ココア!」
俺と、恐らくシルフォも脳の整理が追いついていない。そんな中、ココアも戻って来た。
さっき、アノムスはココアがレインを解放したとか、言っていたよな。
「ココア、レインは……」
「ユーニが、レインの生命反応を見つけ出した。私が一旦この場を離れたのは、結晶の中に幽閉されていたレインを救うためだ」
「結晶……?」
「ああ」
よく分からないが、要するに捕らえられていたということか。
何で奴らは、レイン程の脅威を消さずに生かしたんだ……?
「そこは私が説明する」
俺の疑問を読み取ったのか、レインが一歩前に出て言った。
《シャイニング・ソード》を受け取り、神妙な面持ちになる。
「私は、改造されかけていた。脳を破壊し、新たに埋め込むことで別の生き物になるように、怪物になるように、計画は進んでた」
「レインを、俺達に対抗するための兵器にでもしようとしてたのか……!?」
レインは頷く。まさかそんなことになっていたなんて。
だが、レインが連れ去られてから結構な時間が経っている。何故未だ、レインはそのままなんだ……?
「ま、作るのに苦戦してたんだろうね。新しい脳みそ」
「ダセェな理由!」
「お陰で助かったけどね」
「そうな!」
もうちょっと緊張感のある理由かと思った。俺達がコントローラーを回収し続けていて、それに対抗するので精一杯だった。とか。
何はともあれ、レインが無事で何よりだ。ほっとする。また美味い飯が食えるんだと。
「……シャイン・コントローラーは奪われなかったのか?」
シルフォが、俺も不思議に感じていたことを訊いた。今完全に頭から抜けていたが。
「ううん、当然没収されたよ。けど、私が生きている以上このコントローラーのマスターは更新出来ない。だから、ボスの机の引き出しの中にしまってあった」
「うぅぅぅんんんもう、何かアシュレイドってホント気が抜ける連中だなぁ!?」
せめてもうちょいバレ難い場所か、保管室みたいなとこに置いておけよ! 何で思い切り見られてんだ隠し場所!
アイツらやっぱり間抜けだよな!?
「──またこうして、皆と一緒に戦える」
ふと、剣を握り締めるレインが溢す。その表情は穏やかに見えるが、相変わらず目つきだけは鬼のようだ。
俺の彼女、クールで顔立ちの整った、少し変態です。目つきはヤバいです。
「アノムス、まさかお前が敵だったなんてね。さっき初めて、ココアから聞いて知った。縦に切り裂きたいくらい、腹が煮えくり返ってるよ」
レインは、ゆっくりとアノムスの方へと歩いて行く。さっき知ったばかりだってのに、元仲間に対してもう戦闘態勢だ。
お前らビワの連中、仲間意識上っ面だけじゃね?
「ふっ……参ったな。君が解放されることは想定外だった。いや、そもそも生きていたことが想定外だったか。あの場で僕も君を見捨て、僕を倒せる可能性を一部取り除けたつもりでいたんだけどね」
「残念ながら、アシュレイドも私の強さを知ってた。だから怪物に変え、自分達に利のあるものにしようと企んだんだと思う」
「ふふ。君の身体能力をそのまま使えなければ、無駄だけどね」
アノムスも先程までと変わり、おちゃらけた雰囲気を消す。真剣だ。
やっぱレインは脅威なんだな。ビワでも圧倒的だったし。
ただ、アシュレイドのボスには、一度負けてるらしいんだよな。コントローラーを得る前だが。
「それじゃあ、死ねアノムス」
全く慈悲のない声色で言ったレインは、閃光と共に消えた。
これはテレポートをしたわけではないが、実際それくらいの速さで動いている。
俺がこんな解説をしている間に、アノムススレスレでレインが停止した。クロノスの能力、ビジョンより高性能なストップだ。
「危ない危ない。あと僅かでも遅ければ頭蓋骨を破壊されていたね」
「惜しい」
空中で停止した状態のレインを放置で、アノムスは俺とシルフォに目を向ける。
チッ、忘れてりゃあよかったのによ。レインにストップを使ったから、
「行くぜ、相棒」
「おう、俺」
影が動き出す────ってアレ? さっきから俺、消えてる筈なのに全員にバレてね? なになにどういうこと? 不具合?
まぁそれは後でいいか。とにかく、影と、シルフォと三人でアノムスに仕掛ける!
「ココア! 撃てる時撃ってくれ!」
「任せろ!」
「ああ、下手しても味方は撃つなよ変態水着女装野郎!」
「まずお前から撃つぞ『実は奥手で告白すら出来ない無能くノ一』!!」
シルフォが途中で滑った。急ブレーキをかけて、真っ赤な顔でココアを睨む。
「何を言う貴様ああああああああ!!」
「お前が言えるかヘタレがぁあああああ!!」
「いいから集中しろっつーんだよテメェらは!?」
「呆れる」
俺はアノムスから目を離していないが、その目の前で停止させられているレインは普通に喋っている。何故、そんな余裕を持っていられるのか。
──ってあれ? 俺、もうちょっとでアノムスの近くだった筈だよなさっき。何でこんな距離あんの?
「まさか……」
「アウドラ、早くおいでよ。待ちくたびれてしまいそうだ」
「あららららららら」
リ・ワインド。巻き戻しだ。
うぜぇ……うざ過ぎる。あのクソ糸目、シルフォが馬鹿やってるからって俺で遊びやがって……!
「お……?」
込み上げて来る怒りは、真横から吹いて来た風で掻き消された。
口論していた筈のシルフォが、アノムスの至近距離まで詰めている。
「無様な死骸を晒せゲテモノ……!!」
……アイツの口の悪さ、世界取れるんじゃないかって思うよな。意味もなく嫌なこと言うだけだけど。
つーか「死骸」かよ。「死体」にしてやれせめて。
いやでもゲテモノっつってたし、人として見ていないのかも知れないな。だとしたら最低だ。
「甘いよシルフォ!」
「チッ、クソゴミが……」
棍棒で弾かれ、ボソッと悪口を言うシルフォ。アイツの性格の悪さは、ビワが誇れるものではないだろうか。
そんなもの誇る奴はバカなんてもんじゃないが。
「……ん?」
アノムスの、棍棒を持つ左腕が爆発した。クロスのお陰か血が飛び散るとかはないが、確実に直撃。ダメージも充分に入った筈だ。
「油断したなアノムス。いつ動き出すか分からんレインに、真っ直ぐ突っ込んで行くバカ、更にシルフォの3人を警戒しなくてはならないからな。私の弾など、止める暇もないだろう」
いつも通りの巨大ブラスターを構えるココアは、アノムスを見下すように笑う。見事にヒットしたが、腕だったため致命傷とはならない。
だとしても、棍棒を手放させることには成功した。
「終わりだアノムス!」
「よっし! 三人全員防いでみやがれ化けギツネ!!」
俺と、影と、シルフォの三人でアノムスに斬りかかる。三方向からの攻撃は、一度ネグロ王にやって通用しなかったが、アノムスの背後は壁だ。やすやすと躱せはしないだろう。
今チラッと見たが、レインも停止を振り切り始めている。最早勝利は確定。そう信じた。
──が。
「リ・ワインド」
アノムスの手に、さっき吹っ飛ばされた棍棒が現れた。俺と影の攻撃は防がれ、反対側から挟むように突っ込んで来ていたシルフォは……
「がっ……!!」
振動を発する棍棒で、腹を殴り飛ばされた。その際、ガラスが割れたような嫌な音も聞こえた。
今の音は骨が砕けた音とかではない。まさかとは思うが……。
「くっ……ぅ」
かなり遠くまで飛んで行ったシルフォは、何とか立ち上がるも──変身は解除されてしまった。
やっぱ今のは、コントローラーが破壊された音だったか。ちょっとよく分かんないのは、額当てなのに壊れたこと。振動が原因か?
一応爆発はしないみたいだが、ユーニが作った紛い物というのが理由だろう。大爆発を起こすようなエネルギーは入ってないってことだ。
「これで、シルフォは脱落かな? レインとアウドラ、そしてココアだけで僕を倒さなくてはならない」
「……っ! 甘く見るなゴボウ男が。私はビジョン・コントローラーがアウドラに渡ってからは、生身で戦っていたんだ。コントローラーを失ったところで戦える……!」
アノムスに嘲笑され、屈辱でか拳を握り締めるシルフォ。確かに、お前は生身でも強ぇけどさ。
「シルフォ、流石にやめておけ。今の打撃も軽いものじゃないだろう。逃げろとは言わない、一旦休め」
ココアに宥められるが、シルフォは子供みたいにいやいやと首を振る。我が儘な女だな本当によ。
「あのなシルフォ、理解しろよ。そのまま戦ったら一瞬で死ぬと思うよお前。だからせめて休憩しろって言ってんだよ。俺らもお前に死んで欲しくないからな!」
バカ過ぎるニンジャにハッキリ教えてやり、最後にフォローも入れてやった。どうよ、今の俺良い奴だろ。多分。
気遣いはしたつもりだ。
「黙れカス」
「何だとコラァ!!」
このクソ女、人がせっかく優しくしてやったのに何なんだ。カスって何だカスって! 全裸に剥いて〇〇〇〇!!
「戦う手段なら、まだ残っていると言っているんだ」
瞳を閉じ、肩で息をしながら、シルフォはポケットに手を入れる。
あのな、どうせクナイとかだろ? 忍術で戦うつもりなんだろ。
「それじゃ勝ち目ないって──」
俺は、キレかけて口を結んだ。というか、言葉を失った。
シルフォが取り出したのは……
「久々の変身だな」
──俺と同じ、ビジョン・コントローラーだった。
残り3話です!




