第18話 ユニバース・コントローラーの在り処
「生身で殺し合うことも出来ぬ臆病者が……! 私の手で肉片にしてやる!」
「鎧に身を包むのも戦略の内だ。寧ろ、刃を持つ相手に下半身を露出して立ち向かうなど、バカ丸出しだろうが!」
「だから好きでこんな格好しているわけじゃないっ!!」
──俺を蚊帳の外にして、人を見下しまくる二人が攻め合う。クナイや短刀が武器なシルフォは、リーチが圧倒的に不利だ。
やっぱシノビ・コントローラーのスーツはおかしいよな。ユーニ作だけど。人によっちゃ興奮するとか言い出すぜアレ。
下は大事なところしか隠せてないし。
「今ストップ押すのは危険だよな……。アイツを倒すことも先決と言えるが、アノムスを捕らえるのも急ぐべきじゃねぇか?」
シルフォに聞かれないようにボソボソ呟いていたら、突然シルフォがバックして来た。まさか聞こえてたとか言わねーよな。
「貴様はまだアノムスが怪しいなどと宣うのか? 本当に殺されたいか」
「やっぱ聞いてたのか地獄耳がよ。ああ思ってるよ。お前は知らねぇだろうけどな、あの鎧野郎と話してほぼ確信した」
「……そうか」
「あん?」
斬られることを警戒していたら、シルフォは肩の力を抜いた。深い溜め息を溢して、ポツリと言う。
「その話は、この後にしよう。まずはアシュレイドのボスを切り刻む」
「刻むのはお前だけでやっとけ……」
意外にも、反論して来なかった。さっきみたいに俺の首を刎ねようともしない。
真っ直ぐ鎧野郎に突っ込んで行き、ひたすら攻撃を続けるだけ。全て鎧や槍で防がれる様子を見ると、勝てる気がしない。
シルフォの奴、アノムスを信じ切っていた訳ではないのか……?
──思えば確かに、いつもじゃないけどクールに装うシルフォにしては、俺に刃を向けるのが早かった。何も話を聞こうとしなかったのも、不思議に思える。
まさかシルフォも、ほんの僅かだとしても……アノムスを疑っているのか?
「……話は後、だよな。よし。何が通用すんのか分かんねぇけど、やれる限りスタミナだけでも削っておこう」
クロノスをアノムスが使っている恐れがあるのなら、ストップは無駄。過去に戻ったところで何か出来ることがあるとも思えないし、シャドウ・ビジョンも視えてしまうことが発覚した。
つまり、ビジョン・コントローラーの能力は殆ど意味がないということ。 《サシルベ・ブレード》も鎧で弾かれるんだから……泥臭く食らいつくしか出来ないんだ。
「いいぜやってやるよそんなの慣れっ子だわ! 瀕死になりながらもあんのクソメガネに斬りかかった! 今更なんてことないわあ!!」
「やるなら早くしろ馬鹿者」
「おう」
呆れ顔のシルフォに返しつつ、シャドウ・ビジョンを発動した。よっ、また会ったな影の俺。
確かにこの能力は通用しないっぽいぜ。けどな、攻める人数は多い方が有利なんだよ!
「行くぞシルフォと影!」
「おい俺、本体の声はシルフォには届かないぞ」
「じゃあ代わりに頼む」
「おっし! やるぞシルフォと俺!!」
「え? あ、ああ……?」
シルフォが、幽霊でも見たような目を向けて来る。俺本体ではなく影に。
ムカつくけど、俺が視えていないんだから仕方がない。
「三人纏めて相手をしてやる」
「え、三人……? あ、アウドラが影を使っているのか」
状況を把握したらしいシルフォと、影の俺は横に並んだ。俺は全力疾走して背後に回り、前後からの同時攻撃を仕掛ける。
「タイミングが合えば合うほど、簡単に防げるものだろう」
「うおっ!? っぶねぇ!」
「チッ!」
鎧野郎は大きく回転した。鼻のすれっすれを、槍の先が通過する。
シルフォと影も無事避けられたみたいだが、体勢を崩したため一旦距離を取る。
そうそう近づかせてくれねぇなこれは。
「……さて、集まって来たようだな」
──鎧野郎が見上げた屋根の上には、水着姿のココアが立っていた。何だか不機嫌そうな顔をしている。
「中々珍妙なナリをしているが、それがアイロン・コントローラーのスーツか。死んでも着たくないな」
「私もこんなのだとは思わずマスターになったよ、最悪だ。……が、このコントローラーのお陰でお前を討てるのなら、安いもの」
常に水着コスプレで戦わせられてるようなものなのに、安いのか。この鎧野郎を倒せると決まった訳でもないのに。
ところでお前もシルフォも、何でそんな険しい表情なんだ? やっぱボスを目の前にしてるから?
「……アシュレイドのボス。貴様に質問させろ」
ココアが、2メートル級のブラスターを立てながら言った。こんな状況で堂々と質問っスか。
アイツさっき戦いは中断しない的なこと言ってたし、無理じゃね?
「構わん、何だ?」
いいんかい。シルフォと俺は構えた状態だし、隙があればまた仕掛けるつもりなんだが。
一呼吸置いたココアは、鎧野郎に一層力の込められた、鋭い視線を向ける。
「ユニバース・コントローラーは、誰が持っている……?」
ココアの発言を聞いて、俺もシルフォも鎧野郎から目を逸らした。
確かそれって、ビワを創り上げたおっかないコントローラーじゃなかったか? まさか、残りのアシュレイドが持ってるってのかよ。
この場の全員が鎧野郎に注目する。けど鎧野郎は、まるで呆れたとでも言うように、槍を地に立てた。
「貴様らは分からんのか? 何故何の力も持たなかった、作り物でしかない貴様らが、他所の世界からコントローラーを奪えるのか」
その言い方はまるで、こっち側に何かがあるみたいだ。
「初めはコントローラーを持っていなかったというのに、どうやって我々と戦った? そしてどうしてビジョン・コントローラーやメディカル・コントローラーを奪えた? 戦いをサポートする者がいる筈だろう?」
「──え」
いや、ち、ちょっと待てよ? 冗談にしては笑えねぇだろそれはよ。それじゃアノムスじゃないだろ? 別の奴のことを言ってるよな?
戦闘には一切参加せず、縁の下の力持ちとして活躍し続けた奴が、俺達の仲間にはいるんだから。
「ユーニトロ・ボルフィネット──奴が、ユニバース・コントローラーを隠し持っている」
「……っ!!」
息を、呑んだ。このおっさん、断言しやがったのか。
名指しで断言ってことは、ユーニがそれを持ち運んだのを見たのか。あるいは本人がそう言っていたのか。恐らく前者だろうけど。
アノムスじゃないって知った瞬間、次に疑わしいので浮かんだのはユーニだった。まさか本当に、アイツらグルだったのか……?
「シルフォ、聞いたか」
「……ああ、予想通りだったな」
「はっ? お前らも疑ってたのかよ!?」
「薄々、そうなんじゃないかと思っていただけだ。私のシノビ・コントローラーを創り上げたり、ビジョン・コントローラーを修理したり……ユニバース・コントローラーの創造力がなければ不可能なことをやってのけたんだからな」
嘘であって欲しかった。そんな感情が、シルフォの表情に溢れ出ている。
そうだよな……アノムスとグルだとかどうだとか以前の話だったんだ。少し考えれば分かることだったってのに、言われるまで気づかなかった。
「ユニバース・コントローラーは世界を創造する、恐ろしい代物だ。アレは俺が管理させてもらう」
空気も読まずに、声だけで笑っているのが分かる。何だあの鎧野郎。そんなん嘘だって分かるだろ普通に。
悪事ばかり働いて来た奴が、悪巧みをしないなんて考えられねぇ。どうせ利用するに決まってる。
当然、シルフォとココアも俺と同じ気持ちだ。
「寝言は死んでから言え木偶が。ユーニが如何なる理由でユニバース・コントローラーを隠していても、彼女が悪用するのでないのならそれでいい。貴様は違うだろう?」
「……まぁそうだな。隠すつもりも毛頭ない。ユニバース・コントローラーの力で世界を創り上げるのが目的だ」
「だろうね」
それ以外に、こんな殺し合いしてまで奪う理由なんてないだろ。自分が望む思い通りの世界が創れるんだからそうするだろうよ。誰でも分かるよ悪役が考えそうなことなんて。
「なら渡す訳にはいかないな。そもそも渡す訳がないが」
「ユーニは後で問い詰める。返答次第では幽閉することにはなるだろうが、それだけだ」
シルフォとココアは、各々武器を構えた。鎧野郎も槍をシルフォ達に向ける。
ユーニを幽閉しても、コントローラーのマスターなら安心は出来なくないか? ぶん取っておけばいいのか?
「貴様らの中には裏切り者が存在するぞ。それとユーニトロ・ボルフィネットが共謀していた場合、ユーニトロ・ボルフィネットがコントローラーのマスターになっていたならば、怪しんでいるのを勘づかれた時点で終わりだぞ。裏切り者を探さなくていいのか?」
時間を稼ぐというよりは、掻き乱すのを楽しんでいるような声色だ。狂人ってのは怖いねぇ。
シルフォもまぁまぁ狂人だが。
「……そっちの目星もついているようなのでな、同じように後で問い詰めるさ」
一瞬だけ、シルフォの瞳が俺に向けられた。ユーニと同じようにゲロらせる訳ね、りょーかいりょーかい。
んでそんでもって?
「まずは貴様を解体する。二人についてはその後でいい。まずは不安要素を徹底的に取り除いてからだ」
ギロッと鎧野郎を睨みつけたシルフォは、全員に配られたユーニと繋がる通信機を口元に近づけた。
「聞こえていたな、ユーニ。そこで待っていろ。もし逃げ出そうものなら……貴様はもう信用ならん」
ユーニに忠告するシルフォの声には、一切の棘が感じられなかった。悔しさと祈りが垣間見える、そんな声だった。
ユーニが敵じゃないことを願う。そういうことだろう。
「ココア、殺るぞ」
「ああ、当たり前だ」
シルフォは両手に札がついたクナイを構え、ココアはブラスターを向ける。戦闘再開みたいだ、俺も頑張ろう。
……にしても、シルフォの言葉には何か違和感があったな。「戦うぞ」的なのとは違うように聞こえた。
「愚かだな。ビワの主力がここに揃っていて、他がどうなるか分かっていないのか。敵は俺だけじゃない」
ここで引き裂くつもりだったのが見え見えな鎧野郎は、構えつつほざく。安心しろよ、まだリーダーがいる。
それに、ココアがやや遅れてやって来たのはきっと、コントローラー保持者を一人は撃破したからだとも思うし。
「問題ねぇよ。まずはお前をぶっ飛ばして、『ギガント・コントローラー』を回収する。んで、残りがいたらそいつらも倒して、その次にユーニとアノムスを囲めばいいだけだ」
「ああ、それが最善だろう。アシュレイドのボスを名乗る者がどの程度やるのか、不明だからな。私達三人であれば、取り敢えず問題はないだろう」
「だよな。ぶっちゃけるとビジョン・コントローラーの能力は殆ど無駄。だから俺は、奇襲中心に戦う」
「了解した。撹乱も頼んだぞ。隠す必要もない策戦は単純だ。私が攻め、アウドラが惑わせる。ココアが援護だ」
「そうするしかなさそうだもんな。任せたぜ」
「ああ。ただ、アウドラに一つ指摘することがある」
「……この後に及んでアノムスは違うとか」
「『ぶっ飛ばす』のではなく『ぶっ殺す』んだ」
「……」
いや、分かってるけどよ。分かってるけど、口に出したくはねぇじゃんそんなこと。シルフォには理解出来ないのかも知れないが。
「……仕方ない。ユニバース・コントローラーを相手にすることになった場合に奥の手で使うつもりだったが、俺も使おう」
鎧野郎が、ガラケーみたいな形した機器を取り出した。もう説明されなくても何か分かってる。
分からないのは、何処から出したのかくらいだ。
「シルフォ、ココア! 来るぞ!」
「妨げることは不可能だな。『ギガント』か……一度離れるぞ!」
「「おう!」」
ギガント──つまり巨人であると踏まえて、俺達は距離を取る。ココアによれば、巻き込まれると思われる範囲に仲間はいなそうとのこと。
……悪い、ナタリー。この戦いが終わったら、どんな姿になっていようが見つけるから。
ありがとう、俺の味方をしてくれて。
「ギガント・クロス──!!」
巨人族の衣装か何かでしょうか? それ。中々見ないコスプレになりそうだな。
──なんてふざけていたら、鎧野郎は神々しい天の光に照らされた。そして、姿は見えないが巨大化していくのが分かる。
やっぱり巨人ってか。神話に沿っているつもりなのか、その演出はよ。
ギガントをコントロールするというか自分が巨人になってんじゃねーか。
「さぁ、何処からでも来るがいい。俺に敵うなどと、妄言を吐くのならばな」
サイズは、家よりも遥かにデカい。その上鎧はそのまんまだ。
能力はまだ分からないが、存在自体が過去最強であるのは間違いない。