第10話 バイブレ・コントローラー
「ヨノギの変身……バイブレ・コントローラーの能力か……」
ヨノギはその白い小さな手で長髪を強く払い退け立ち上がり、 長方形でボタンが大小2つずつ有るコントローラーを面前に翳し特に大きなボタンを押す。
「バイブレ・クロース オン! 」
それまで穏やかだったヨノギの目つきは見開き、 口元は緩み笑顔に変わる……まるで悪魔だ。
ヨノギのコートは少しずつ黒くツヤのある物に変化して行き、 丈は膝くらいまで伸びた。
種類としてはビジョン・コントローラーにも似てるような形だった。
「さあ、 始めよう、 戦おう、 楽しもうよこの時間を……!! 」
おぉ……戦闘狂かも知れない。いやそうだな。
ヨノギは俺達3人が動かず様子を見てると、 口裂けみたいな笑顔となり右袖に同化したコントローラーの小さなボタンに触れた。
「能力専用武器! 来ないならこっちから行くよ」
ヨノギの腕から部屋全体へ広がる超音波が発せられる、 堪らず頭を押さえる俺達とは別に余裕な笑顔でそれを見つめている。
ヨノギの手元にはトゲの無い金棒の様な物が出て来て奴はそれを掴むと勢い良く振り上げた。
「気を付けなよ」
ヨノギが床に金棒を叩きつけると、 床を破壊しながら超音波にも似た振動が全体に広がった。
「うぉあっ!? 」
「くっ! バランスが……!! 」
「……! 」
俺達は揺れでよろめき上手く立てず、 一旦跳び上がって後方に行き距離を取る。
バイブレ・コントローラーの能力、 それは振動を操る事。
床が砕け思うように動けなくなってしまった。
依然としてヨノギは笑顔でいる。
「あれ喰らったらマジでヤベーよな」
「ああ、 マジでヤベーな」
ココアが何故か俺の言い方を真似したが気にはせずに居よう、 怒られそうだから。
……そしてこの振動による被害は俺達だけに来るわけではない。
「お、 今のがバイブレの能力? 凄いね~」
「やりにくい……」
床の損壊により足場が悪くなった筈なのに意外と余裕そうな2人……確かこいつらメンバーで特に強いんだっけか、 そして俺が1番弱いんだっけか。
うわ悲しい。
それに相手の奴等も足場に多少は混乱しているらしく、 時々足元を確認してる。
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もしかしたら、 超能力に警戒さえすればすぐに終わるかも知れないな……そして5人で一気にこいつ叩けば、 楽かもな今回。
「なあMr.水着、 お前が銃で撃ちながら援護して俺らでアイツ攻撃するって作戦どう? 」
俺は全長2mは有る特大ライフルで頭を結構強く殴られ、 早くもダメージを受けた。 はい、 自業自得ですねすみません。
俺をしばいた後、 ココアは自分のライフルを見つめ、 ヨノギの事も観察し出した。
「恐らく難しいだろうな、 私の弾が外れたらお前達に当たる可能性が70%はあるからな」
高い高い、 いや『高いたか~い』ではないけども、 当たる確率高すぎくんだろ。 誰だよ。
俺達が当たる確率がそんなに高いならやらねー方が身の為だよなぁ……普通の弾丸でもヤバいのにそのサイズでしかも炎の弾だしな、 正直死にかけると思うわ。
考え込み青冷めた俺を見たシルフォは、 からかう様にココアを見て笑った。
「今回その露出狂は役に立たん、 私達だけで倒すしかないみたいだぞ」
露出狂……シルフォがそう言った直後から俺の背後で殺気丸出しの人がいるんですけど、 シルフォさんちょっとヤベーっスよ。
少し首を後ろに向けココアを見てみると、 風船の様に膨れていた──怒り方の差、 俺の時との差。
「確かに今回、 私にとっては相性が悪いが、 勝てない訳じゃない! 」
膨れながら言ってるよ、 負けず嫌いだなコイツら殆ど全員……あれ? シルフォもしかしてこれを狙ってた?
「くくっ、 ならしっかりと援護してくれよ? 間違えてもこちら側を撃つ事無くな」
「ふん、 やってやるよ」
ココアがやる気を出したらしく特大ライフルを構えると、 シルフォは2本のクナイを浮かせ、 手裏剣を両手に構える。
やっと戦い始めるのか、 待ちくたびれたけど実はやる気が出ない……死にたくないからな。
「行くぞアウドラ、 今回は私達にもかかっている。 奴と戦いつつもココアの弾に誘導し自分達も避けなければならない。 前回の数倍は難易度高いぞ! 」
でしょうね、 何で敵のも味方のも警戒して戦わなけりゃならんのでしょうか、 まだまだ戦闘素人の俺にとってはもの凄く難しいんですが、 無理難題なんですが。
「おし……やるか! 」
そう思いつつも自然と動く口。
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やめた方が良いと思うんだけどなぁ……俺はゆっくりと前に進み始め、 《サシルベ・ブレード》を構えた。
「さ、 続き続き! 」
俺達が動こうとしたが先にヨノギが動き160㎝程の黒い金棒を振り上げて来る。
叩きつけるのを素早く避けた俺とシルフォはウォーブの時の様にヨノギを左右で挟み、 俺は刃を、 そしてシルフォはクナイの先をヨノギに向けた。
「お互い味方に当たらない様に気を付けなよ? 」
余裕そうに伏せて躱すヨノギは楽しみながら戦っている様にも見える。余裕だなおい。
俺とシルフォの腕がヨノギの上で伸びきり交差すると、 その瞬間を狙ってたのか金棒を右向きに振り回し始めた……いや、 回転し始めた。
「うをっ!? 何だこの危険人物!! 」
「1回退け! 」
俺達は回転し金棒を振り続けるヨノギから距離をとり、 黒い球体にも見える程早いそれが止まるのを待った。
回転が終わり、 優雅にも見える深緑色の瞳でこちらを見て来るヨノギに対し、 俺とシルフォは攻撃のタイミングを失い止まっていた。
「605. 火炎弾!! 」
その隙を逃さずココアは先の尖った炎の弾丸をヨノギ目掛けて放つ──が、 まるで読んでいたかの様に軽々と避けられた。
「ほら、 どんどん来なよ」
厄介なのはよっぽどウォーブの方が上だったけど、 身体能力の高さで言うと恐らくコイツの方が上……それに掴みどころの無い明るめな楽しさを欲してる性格、 これが非常に戦い難い。
あれが暴走化っぽい状態になれば多少はやりやすくなるのかも知れないが、 そこまでにどれくらいの時間が必要になるか……。
「あ、 そうか」
ヨノギは急に何かに気付き、 掌に右手の拳をポンと置く。
「僕の能力が知りたいのかな? よし、 見せてあげるよ」
とてもなお門違いでございますが、 そんな事も知らずに右腕のコントローラーを操作し始めるヨノギは、 無邪気な子供の様な笑顔だった。
それがまた恐ろしい。
「エアー・バイブル」
……どういう事かよく分からないが、 恐らくコントローラーの能力を起動し始めたんだろう……だとしたら振動に因る攻撃が来んのか──?
認証音声が聞こえると、 ヨノギは手を伸ばし宙に翳す。
そして目を見開く。
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「しっかりと体重掛けてないと転ぶよ! 」
ヨノギが叫び手を振り下ろすと、 大地震の様に巨大な揺れが建物を襲う。
俺達は立つのが精一杯でヨノギが近付いて来るのを回避する事が出来なかった。
「はい、 行っといで! 」
「ぶふぉっ!! 」
その漆黒の金棒の破壊力はかなりのもので、 ビジョン・コントローラーの衣装が無ければ顔の骨が砕けてたかも知れない……まあ金棒だしな。
殴り飛ばされた俺は部屋の壁に激突し、 加えて振動によるダメージを喰らった。
脳が揺れる……壊れかけてる壁が振動で俺の身体を潰して行く。
まあ衣装のおかげか俺の身体は大したダメージじゃないが、 このコンボは厄介だ……落ちたら振動で気持ち悪いし。
「ぐあぁっ!! 」
金属で骨を叩く聞くに堪えない鈍い音が響き、 転びかけていたシルフォが宙を舞い、 俺同様壁にぶつかり落ちる。
「私がそう簡単にやられると思うな……あ! 」
バランスを崩しながらもヨノギのバッティングを避けるココアは、 少し突けば倒れそうな程ふらついている。
でも、 水着でアレ喰らうのは恐怖だよな……。
それよりヨノギは何であんな普通に歩けるんだ? 震度5は有るだろう振動がこの建物に起きてるんだぞ!? ……もしかして自身には影響が無いとか? 俺のシャドウもそうだったしな。 当たり前か。
「当たりなよ~」
「くっ……! 」
ココアのクールに見えてそれでいて可愛らしい顔に金棒が届く直前、 ヨノギは右側に避けた様に飛び上がった。
ヨノギが動いた原因はレインだった。
いち早く相手の超能力者を撃破し、 ココアがやられるのを防いだのだ。 ナイス。
「相手も動きにくくなっててやりやすかったよ、 ありがとうねアシュレイドの蛮人」
「ふふ、 君強そうだね。 やる? 」
ヨノギとレインの間で火花が散ると、 振動は止まり俺達は立ち上がった。
ココアも態勢を再び整え2mあるライフルを構える。
「レイン、 貴様が出る幕も無く終わらせるから少し待ってろ」
シルフォ、 負けず嫌い過ぎるといつかマジで死ぬって、 レインの力借りた方がよっぽど勝ち目あるんだから。
「勝てそうになってから言いなよそういう事は、 実際振動続いてたら全滅してたんじゃないの? 」
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レイン、 シルフォを挑発するのやめてくれ、 例えそれが本当だとしても面倒臭い事になるから本当にやめてくれ、 俺が好きなら言う事聞いてくれるよな? な?
レインとシルフォの間で火花が散るのを俺が呆れながら見ていると、 少し離れた所で同じく目を半開きで呆れているココアが居た。
そりゃそうなるわな、 敵が居るのに味方同士で喧嘩始めるんだもんな、 アホだよなほんと。
「とにかく、 協力してヨノギを倒すぞお前達! 」
「おう! 」
ココアが2人の喧嘩を遮る様に大声を出すが、 俺以外の2人は舌打ちしただけで了解はしなかった……あのさ、 喧嘩するんだったら帰ってからエリナさん呼ぶよ?
「ま、 今はこんな事してる暇は無いか」
「そうだね」
何とか納得してくれたっぽい、 てかやめてくれた2人もそれぞれ武器を取り出しヨノギを囲む。
……場所的に俺だけちょっと囲めてないんだよね、 今行くから待ってな。
俺も近付き4人でヨノギを囲むと、 やはり楽しいのか……いや何が楽しいのかは全く理解出来ないが奴は笑顔になる。
「気色悪」
レインは汚物を見る様な引いた目でヨノギを見つめている、 酷いな。
確かに戦闘中に笑ってると狂ってる様にしか見えなくて少々気味が悪いが、 常に殺気放たれるよりは随分とやりやすいぞ。
「じゃ、 始めようか! 」
ヨノギは飛び上がり俺らの中心に金棒の先を向け、 ゴムで跳ね返ったのかと思う程の高速で落下して来る。
勿論俺達はそれを指を咥えて見てる訳もなく、 全員数歩後ろに下がった。
「ていっ! 」
ヨノギが突いた部分は貫通するでも凹むでも無く盛り上がり弾け、 浮いた破片は振動に因り砕け散りそれが俺達目掛けて飛来する。
多少は掠めるも直撃や大ダメージは無く、 それぞれが態勢を整えようとした時、 全員の目の前にヨノギが跳び金棒を振り上げて居た。
「どうなって……どはぁっ!! 」
は・な・折れるーーー! 何で顔ばかり殴ってくるのかな!? 何でおめーらは鼻ばかり攻撃して来るのかな!? えぇ!? おぉ!? この野郎共が!!
その場に居た全員、 まさかのレインまでが攻撃に1度倒れてしまった。
突然の攻撃、 予想外な大ダメージに全員すぐには立ち上がれなかった。