第96話〜再会//脱出〜
「んで……ホントにいるのか?あいつ」
人間なら誰もが近づこうとしない死の大陸を、一台の軍用車両が駆け抜ける。
その車内でガスマスクを着けた鎧の男が、運転席から仲間の三人に声を掛けた。今回の仕事は死地に向かったある人物の救出という余りに割に合わない内容であった。
「そりゃあいるっしょ……例の人があんだけ言ってたし」
同じくガスマスクを着けた女性がそれに答える。普通ならまず受けないこの依頼を彼等が受けたのは、その人物がヒイラギミチオであると聞いたからだ。
残り二人の一方は変わらず窓から外の景色を眺め、一方はマスクの上からでも分かる程に気を張っているのが分かった。
「……」
「そんなピリピリしないで……ってあれ?」
「どうした、何かあったか?」
「いや、此処だけ瘴気が無くなってる。なんで……」
彼女が『博士』から貰い受けた「カウンター」には、大気中の瘴気がゼロである事を示していた。
瘴気は死の大陸を覆う大気であり、人間が多量に吸えば魔力不全を起こし命を落とすか、生還しても深刻な後遺症を残すという。その為、マスク無しで人間が立ち入る事はまず不可能である。
「ホントだ……どうなって、あ!あそこ!」
鎧の男が指差す先、そこには地面に倒れた二人の男女がいた。しかし同時に、それにゆっくりと近づく数匹の蟲達の事も。
「廃喰虫だ!急がねぇとってセンセイ!?」
センセイと呼ばれた女性は、有無も言わさず自らに一本の注射を打ち込み中の薬液を注入する。
「……擬似変身、ギ・シャナディオ」
「センセイ!それまだ試作のヤツ……!」
鎧の彼が言い終える前に、彼女の姿は雷光となって車内から姿を消した。
「あーもう、あの人アイツ絡みだとこれだから!イオレル、ルギエ!援護すんぞ!」
「りょ〜」「分かった」
〜〜
「キキキ……!」
つい先程女王が殺され、最後の生き残りたるカマキリこと廃喰虫達。その鎌と牙を鳴らしながら、倒れている二人の人間に近づく。
群れを治めていた存在無き今、王が再び生まれるその日まで生き延びなければならない。
この中の誰かが王となり、再び一族を再興する。自分達にはまだ希望があると信じていた。
「キ……?」
突然光が走り、それと共に自分の首が宙を舞うまでは。
「……解放、融雷閃」
陣を通過し、加速する彼女と共に抜かれた雷鳴の刀は、閃光となって群がる虫共の首を一瞬で斬り飛ばした。
刃を鞘に収め、宙を舞っていた首がゴロゴロと落ちる。
「う、ぐぅ…!」
その直後、試作である『強制変身薬』の副作用と、死の大陸で魔法を使った事によるダメージが彼女を襲う。
だが彼女は痛みに耐え、大切な人の側まで近付く。見ない内に随分と髪が伸びているが、その顔を忘れた事は無かった。
「ミチオくん……」
イナラン一の調合師ことアルリア・エイギンは、その日漸く安堵の表情を浮かべるのだった。
「センセイ無茶しすぎだって!ってかもう終わってるし……」
後から車輌が追いつき、運転役だったガレンが深いため息を、こぼした。
「気にしないでいいわ、それよりミチオくんを回収よ」
「その子も連れてくんしょ?じゃあ私とイオちで彼運ぶから。そこ、え〜って顔しない」
アルリアは渋々了承し、倒れていたナナシを抱き抱える。ルギエとイオレルの二人で道夫の肩を持って車輌の中へ連れていく。
「ミッチ、ミッチ〜!…だめ、なんで起きないの?」
ルギエが彼の頬を優しくぺちぺちと叩くも、道夫が目を開ける様子はない。
「……どういうわけかミチオくん、結構な量の淫毒を受けてる」
後部座席に横たわり目を開けない道夫を診て、神妙な顔付きでアルリアは答える。
「淫毒って淫魔が持ってるってヤツか。とするとまずは解毒が必要だな」
「ここなら第六研究所が一番近い。そこなら『クロモルス』も作れる」
珍しく饒舌なイオレルが、皆にも見えるように地図を指し示す。
「決まりだな。ルギエ、飛ばすからミチオの事落とすなよ?」
はいは〜い、と後ろで彼女は手を振り。ガレンは博士に教わった通りにアクセルを踏み込む。
天使製の部品によって魔改造された『軍用車輌バリスタ(博士命名)』は、死の荒野でさえも機体を揺らす事なく高速で荒野を駆ける。
「あぁやばいこれ、会えなかった分我慢きかないわ。ねぇヤクセン、彼の事諦めてくんない?私ミッチの事やっぱ好きだわ」
今のところ順調な帰り道、突然の爆弾発言にアルリアの額に『ビキッ』と青筋が立つ。
「……はい?」
(ルギエそれ今言う……?)
彼女の地雷を踏み抜き、助手席からは怒りと殺意に似た何かが漂いう。イオレル巻き添えを避ける為に外を眺める振りをし、当のルギエはそんな事構わずに言いたいことをぶち撒ける。
「別に恋人じゃなくていいから……なんていうかさ、お互い気軽に抱ける関係になりたいのよ。それに私と彼じゃ子供出来ないし、気持ちいい中(規制)しし放題「いや爛れすぎだろ!!?」
ルギエの話を聞いていたガレンは(マスクで見えないが)真っ赤な顔で車のクラクションを思い切り鳴らした。
「おやおや〜、ガレンさん久しぶりにムッツリ出たねぇ。イオち、今の何点?」
イオレルは外を見ながら『10.0』と書かれた小さな紙を取り出した。
「うっわ満点。これは子どもどころか嫁さんもまだ見れそうにないね」
「やめろよぉ!それに交際ってのはなぁ、ちゃんと順序を踏んで!清らかなお付き合いからだろうが!そんな爛れたのは無しだ!……後何度も言ったが、この事ミチオには言わないでくれよ?」
「分かってるって、良い兄貴分でありたいんだもんね」
色々とからかいこそするが、最終的には彼女なりの芯を通すのがルギエの性分であった。
「……んじゃそろそろ、後ろの相手してやるか」
ガレンがバックミラーを見ると、先程殺された生き残りの生き残りである廃喰虫達が群れをなして此方を追いかけていた。
「…ほんっと、うちら危機感ないよね。最後に覚えたのアレ以来だよね」
「ホントな、まぁ大体いつもの事だろ。迎撃は任せるぜ?」
ルギエは少し名残惜しそうに道夫から離れ、車輌の上部に備え付けられた銃座に着いた。
「任せて。掃除は大体私の仕事だから」
〜次回、第97話〜
出口まで後半分、迫る蟲を機銃が薙ぎ払う。しかし、思わず拾った眠り姫と、引く手数多の眠り王子は未だ目覚める様子は無い……。




