第95話〜決戦//無限対二人〜後編
『大丈夫…?』
「うん、何とか」
互いの姿すら認識できない虚無の中、二人は声を掛け合う。右手の光が輝くも、光は闇の中に吸い込まれ周囲を照らす事が出来ない。
対する道夫は赤黒い右目だけが光を放っている。次の瞬間その光が空中で一つ二つと増え始め、ナナシ達を包囲しようとしていた。
「これって、かなり……」『マズイかもね』
接近する道夫の気配に彼女は半ば運任せに右手をかざし、円状の盾となった光が迫る道夫の剣を受け流すが、既に次々と彼の攻撃が迫って来ていた。
視覚が殆ど頼りにならない今、ナナシは持ち前の感覚で何とか凌いでいく。
「これ!キリが無い!よ!」
『いや、突破口はあるよ!ホコロビを探すから、少し時間を稼いで!』
「分かっ!た!急いで…ね!!」
ナナシの言葉に、ルアは見えないながらも頷いて彼女の側から気配を消した。
その言葉を信じ、ナナシは盾の形状を変化させる。一方向だけの盾から、より全体を守れる形へと。
(これなら、全部防げる!後は耐えきれば……)
だが彼女は、今の彼を甘く見ていた。確かに今の道夫に理性は無い。しかし、理性が無い故の非情さを彼女は知らなかったのだ。
バリアを作った途端、彼等の攻撃がピタリと止んだ。時間稼ぎに執着していなければ、彼女もそれにもう少し早く気付けたかもしれない。
「…攻撃がこない?なん、で……」
突如、キィィンと耳に響く甲高い音。最初は何でも無かったナナシだが、次第に音が強まると共に身体に変化が訪れる。
「ぐっ!?アァァァァ!!?」
頭が締め付けられる様に痛み、視界がぐちゃぐちゃに揺れる。内臓がかき回され、身体の痙攣と込み上げる吐き気を何とか抑え込んで彼女は耐える。
(なに、これ…!?きもぢ、わるぃ…!あだま、イタイ……!!)
そう、外部からの攻撃が届かないと判断した彼等は、指向性音波による彼女自身への直接攻撃にシフトしたのだ。
ナナシは意識が飛びそうになるのを耐え、ギリギリでバリアの形を保ち続ける。
(いま、たえない、と……!うぶっ!?)
耐えきれない嘔吐感に、彼女は喉から迫り上がる物を吐き出した。それで注意が逸れてしまい、バリアの形が一気に不安定になって消滅する。
機を逃すまいと、そこへ道夫達は剣を構えて空中から殺到する。
隙間なく襲い掛かった剣の群れは、確実に彼女を串刺しにした。筈だった。
『ホコロビ、見つけた!こっちだよ!』
ルアの声が聞こえた時、串刺しにした筈の彼女が中心から飛び出した。同時にその余波で道夫達も消滅していく。
この現象に一番驚いたのは他ならぬナナシ自身だった。バリアが消え、彼等が来るまでの僅かな間、身動きが取れなかった彼女の身体が一瞬で完治したのだから。
「これが、命の……それより、早くあの人の所に!」
声と不思議な光を追い、何とかナナシはルアと合流を果たした。その時、ナナシは改めて彼女の側にいると何だか胸の中が温かくなるのを感じられた。
『あなたの力を増幅して魔法を放つわ!手を伸ばして!』
「何も、見えないけれど!ええい!」
ナナシは瞳の光を頼りに、そこにルアの手があると信じて手を伸ばす。互いに手を握り合い、それと同時にナナシは力を彼女に送りこむ。
暗闇を照らして彼女の姿が見える。巨大な陣と共に今魔法を放たんと左手を天へ掲げていた。
『光よ戻れ!!』
発射された魔法は空高く闇の中へと消え、世界は光を取り戻した。接近していた道夫達も消滅し、本物の彼だけがその場に残っている。その顔には白い亀裂が見え、あれだけあった黒の気配も今ではかなり弱まっていた。
「グ……あアぁ……」
『後…少し。それで、みちおも……!』
「アアァ!!」
今なら行けると踏んだ二人であったが、道夫は遂に最後の一手を発動させる。ナナシ達のいる地点、その左右を塞ぐ様に巨大な柵が現れた。
地の果てから遥か上空まで伸びるそれは、二人を直線の中に追い詰める為の布石だった。
「これ…」『動きを縫われた、ね……』
一直線の道の先、道夫は持っていた剣を空に向ける。空間が歪み、一部亀裂が走る程の膨大な無の奔流は、左右の柵ごと此方を確実に消し飛ばすだろう。
『構えて……えっと、名前なんだっけ?』
「ナナシ、構えるってどうする気?」
『ナナシちゃん。こういう時は、やられる前にやる。だよ』
そう言ってルアは構えを取る。道夫に向けて一直線に駆け抜けるつもりだ。
『せーの、で行くよ?』
ナナシも頷き、同じ構えを取る。狙いは一直線、後は速いか遅いかのどちらかだけだ。
『せぇーー、の!!』
互いに大地を踏み抜き、そこから一気に最大加速で駆け出した。道夫との距離をぐんぐん縮めていくが、先に動いたのは彼の方であった。
「グゥアアァァaaAaAAAA!!!!」
黒の剣を振り下ろし、無の奔流が迫る。押し潰される様な重圧の中、彼女達は速度を決して緩めず走り続ける。
『今よ!』
ルアの合図で光を剣へと変え、互いにクロスする様に上へ構える。その光で無の奔流を受け止めるが、二人の速度は変わらない。
『はあああぁぁぁ!!』
「やあああぁぁぁ!!」
二人の放つプラスの力が、マイナスである無の力を上書きしながら進んでいる。
しかし幾らプラスの力が有効でも、相手が余りにも膨大過ぎた。次第に足が止まっていき、襲い来る奔流を抑えるのだけでもう精一杯だ。
「こ、れ……もう……!」
余りに大きい力に、遂にナナシの膝が地についてしまう。道夫まで後少しなのに、先に此方が限界を迎えようとしていた。
潰される。そう思ったその時、ナナシを庇う様にルアが前に立って奔流を一人で抑え込もうとしていた。
『ナナシちゃん。最後に一つだけ…おねがい。みちおの力になってあげて。私の代わりに……』
「え…?待っ……!!」
『彼を、どうかお願いね』
その言葉を最後に、ルアは霊体に残っていた力を解き放つ。広がっていく光は、無の奔流を大きく押し戻していく。
「……ッ!?」
「…後ぉ、少しィィィィ!!」
ルアの想いを胸に、ナナシは最後の力で走り出す。道夫は再び奔流の剣を振り下ろそうとするが、彼女は既に目前まで迫っていた。どちらが速いかは、もう明らかだった。
「お願い!!届いてぇぇぇぇ!!!」
ナナシはあるだけの力と願いを右手に込めて、道夫の心臓部に手を当て力を注ぎ込んだ。
永遠にも感じられる静寂の中、道夫の顔半分を覆っていた黒の仮面に亀裂が走る。
「ア…あぁ……」
仮面が砕け、纏っていた黒い力は消滅し、道夫は遂に人間としての彼を取り戻した。
「や、やっ…た……よ。みちお……」
快晴の空が二人を照らし、道夫とナナシは上下に向き合う様に横に倒れる。薄れ行く意識の中で、二人は互いの手を握るのだった。
もうこの手を離したくないと願う様に。
〜次回、第96話〜
道夫を取り戻し、遂に意識を失って倒れたナナシ。
一方その頃、荒野を走る一両の車が『回収』の為に彼等へと近づこうとしていた。




