第92話〜虚無//そして絶叫〜
(まずい…早く距離を……!)
離れようとする私の左腕を、ミチオと呼ばれてた男が踏み付ける。ボギン、と骨が鳴らしてはいけない音がその腕から聞こえてきた。
「ぐっ!あぁぁぁ!?」
核が傷付き、痛覚制御が効かなくなった身体に痛みが走る。悲鳴を挙げる私の姿を楽しむ様に、彼は折れた腕を踏みにじっていた。
(い、痛いのは我慢できる……!今、今はこの隙に少しでも考えなきゃ……)
痛みに耐えながら私は、考えを巡らせる。彼はそれに気付かず私の腕を踏み続けている。それに完全に理性も無くしているから、攻撃自体は単純な筈。
さっきは負けそうになったけど、それならまだ勝つ見込みはある。
「『閃光』!!」
「ッ!?」
右手から放たれた光弾が辺りを強い光で照らす。狙い通り目を眩ませ腕で顔を庇った彼から距離を取る。
あの方の命に逆らう事になるけど、私には分かる。彼をこのまま生かしては絶対にいけない。今度は容赦しない、私の出せる最大火力で完全に葬る。
「『逸脱接続・魔刃バロール』!!」
魔将の一角が持つ伝説の魔剣『バロール』。風と大気を操るこの剣は、本来ならば私の権限では呼び出せない代物だ。
レプリカとはいえ、既に私の霊子回路は悲鳴を挙げ、消しようも無い痛みが身体中を伝わってくる。
「開き給え!『嵐の眼』よ!!」
痛みを堪え、その名を唱える。すると鍔の中心にある巨大な球体が開き、回転すると共に快晴の空を暗雲が埋め尽くす。
剣を天に掲げると、その場の大気が球体に吸い寄せられていった。
「この一撃……!受けてみなさい!!」
振り下ろした剣から放たれる竜巻は、辺りの大地すら吹き飛す暴威となって彼を飲み込んだ。
刃となった暴風は、間違いなく彼を細切れに変えた筈だ。
「こ、これで……!」
しかし、願い祈る様なその一撃は。たった数十秒も経たず完全に砕かれる事になる。
「……kiKHa」
竜巻がいとも容易く掻き消され、その中心に立っていた無傷の彼が「次はこちらの番だ」と言わんばかりに横薙ぎに剣を構える。
直後、彼の剣に黒い力が溢れ出す。その力の奔流は、地平線を埋め尽くさんばかりに大きく、そして長く伸びていく。
「う、そ……」
目の前にして、あの力が何かやっと分かった。最初はあの方と同じ『闇』かと思っていたが、あれは決してそんな物じゃない。
あれは『無』だ。闇も光も、善も悪も、昼や夜でさえ分け隔てなく飲み込む虚無だ。ただの暴風なんかで、どうにかなる訳がなかったんだ。
「あぁ……」
剣が振られ、全てが一瞬で黒に染まる。救いがあったとするならば、痛みすら無に帰してくれた事なのかもしれない。
〜〜
「ハッ!?」
どれくらい意識を失っていたのか、まるで悪夢から目覚める様に私は身体を起こした。身体を改めると、先程の戦いが嘘だったかの様に何もかもが元通りになっている。
それもその筈、淫魔は吸った命に応じた『追加の命』を持っている。一時的に権限が無くなるが、実質不死身となる素晴らしい力だと思っていた。
「こ、これは…そんな……」
だがこの瞬間においては、その力が恨めしく思えた。辺りの大地全てが黒に染まり、黒い炎が至る所で燃え上がっていた。
そしてその中心には、背中に悪魔の様な黒い翼と頭から黒い角を生やす怪物が一人立っている。
「あ…あ…」
「HahhhhkhkihahA」
彼は聞いたことも無い様な笑い声を挙げて此方に迫って来る。怯え切って後ずさる私を逃すまいと、彼は私を押し倒しては馬乗りになって押さえ込む。
「ひっ……やめてっ、ころさないで……!」
涙ながらの『命乞い』が届いたのか、彼は何もしてこようとはしない。私の何かを待っているかの様に、真っ黒い瞳が自分を見つめる。
「おねがい、します……どうか、ころさないで……くださ、いっ!?」
突如、顔面への強い衝撃。思考が一瞬真っ白になり、視線の先には何故か自分の歯が一本抜け落ちていた。
「え?え……」
訳が分からないまま、前に顔を戻す。その時にはまた、私の血が付いた拳が目の前に迫って来ていた。
「びッ!?なに!?なんで!……いだい!やめでっ……!いやっ!!やだ!やだぁ!?ごめんなさい!ごめんなさい!!」
抵抗しようとした両腕も、彼の翼から生えた黒の手によって完全に押さえつけられ、その上から顔に何度も拳をぶつけていく。
殴られる理由も、さっきの何がいけなかったのかも分からない。ただ振るわれる理不尽な暴力に、私はやめてと叫ぶ事しか出来なかった。
そして彼は殴り飽きたのか、今度は私の髪を容赦なく引っ張り始める。
「いぎぃ!?いたい痛い痛い痛い!?!やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてぇぇ!!!」
ブチブチと音を立てながら、お気に入りで自慢だった私の髪が無惨にも引きちぎられた。
「うっ……うぁぁ……」
身も心もズタズタにされて動かなくなった私を他所目に、彼は体勢を変えながら首元が見える様に私の耐刃コートを引き裂いた。
彼の顔がゆっくりと目の前に近づいてくる。異性を無理矢理犯すのとは違う、まるで『ご馳走』を前にした獣のような……。
「HAaaa……」
「まさか……いや!やめて……!」
弱々しい制止の声なんて聞く耳持たずに、彼は私の首元に食らいつく。
早く終わってと願った地獄は、まだ終わりそうにない。
次回、〜第93話〜
何もかもが変わったかの様に、嗜虐の限りを尽くすミチオ。
彼を止められる者は果たして……。




