第90話〜同じ力と//おもてなし〜
「いや〜、その子だけど足止めしてくれてたんでしょ?助かったよ〜」
「……」
「ねぇ何か言ってよ、寂しいじゃん」
妙な手持ちの機械を弄る幸希そっくりの彼女、ただならぬ気配を感じる中、ナナシがさっきから歯を剥き出しにして精一杯の力で威嚇を続けていた。
「あぁ、言い忘れてた。私、城下特別収容実験所、通称モルモット所属の淫魔。まだ名を頂けてない下っ端だけど」
「淫魔……サキュバス?」
ナナシを無視し、此方を完全に同族と思っているのか。敵意の無い彼女の言葉に、道夫はつい言葉を返してしまう。
「その名は畏れ多くてとても名乗れないよ。さて、要件だけどね」
「うぅ……!ぐるるぅあぁ!!」
背後から聞こえた少女の咆哮と共に、道夫の脇の間から骨の様に白い剣が彼女に向けて飛び出した。
その速度は尋常ではなく、道夫がそれを視認出来たのは、触手の先にある剣が幸希の腹を貫いてからだった。
「ナナ!?」
ナナシの方を振り向いた時、その姿に息を呑む。触手は彼女の左腕が変異した物で、両目はその怒りと同じ真紅の色に染まっていた。
「あっはは……耐刃コート突き破るとか強いねぇ。まぁ同じ魔物なら分かるでしょ?そいつ、私と一緒で名無しなんだけどね?まだ『しつけ』がなってないの。私は教授に言われて、その子を連れ戻しに来たって訳」
貫通する程深く突き立てられているにも関わらず、彼女は淡々と話を続けていく。
「名無しじゃない!!ナナシってなまえもらった!!」
「ナナシ……?ぷふっ、あハハハハ!!名前無しが名無し!?いいね傑作!超おしゃれ!アッハハハハハハ!」
「やめろ!嗤うなぁぁぁぁ!!」
彼女の言葉に腹を立てる様に、ナナシは尾剣を更に深く押し当てたが、それでも彼女の哄笑は止まらない。
状況を全部飲み込めてはいないが、これ以上は何か不味い。そんな気がしてならなかった。
「ナナ、もうよせ!」
「がうぁぁぁあ!!」
道夫の声は届いていないのか、ナナシは彼の制止をすり抜け、幸希に向けて突撃してしまう。左の触手を剣から切り離し、自らの肉と骨で作られた巨大な回転ノコギリを生み出し自らの両手で握り締める。
「しねぇぇ!」
血飛沫と火花を共に、彼女は得物を振り下ろす。だがその攻撃は難なくかわされ、追い縋る様に何度も攻撃を行うが、ただの一つも当たらない。
「愚かね。殺し方も知らない、それに!」
幸希は左手で腹の剣を引き抜き、目にも止まらない速度でナナシの右腕を回転ノコギリ諸共断ち切った。
彼女はその衝撃でよろけた所を、残りの腕ごと取り押さえられてしまった。
「ぐ……あぁう…」
「ナナ!」
「動かないで」
幸希はナナシのこめかみに一丁の拳銃を押し当てる。その姿には流石の道夫も動きを止めざるを得なかった。
人質を取られた状況もそうだが、何よりおかしいと思ったのは、少女の右腕が切り飛ばされたというのに、自分の心がこんなにも冷静なのは何故なのだろうか。
「何だかハッキリしないから、君はそこを動かないで両手を上げて。変な事したら、この子撃っちゃうから」
「う、うぅ…!」
銃口を押し当てられ、ナナシは呻き声を漏らす。
言われた通りにする道夫、しかし両手を上げる中では既に救出のイメージを描き終えていた。
後はどう隙を作らせるかであったが、その機会は意外にもすぐ訪れる。
「み、みちお…!」
「え?ミチオ…!?それって…」
(っ!今だ!)
道夫の名前に何故か彼女は気を取られた。道夫はその機を逃さず一気に駆ける。
幸希もそれに気づき、すぐ様引き金を引こうとした。しかし、安全装置を掛けられたそれはピクリとも動かない。
「うそ…!?」
彼女自身そんな物を掛けた覚えなどない。それもその筈、それをやったのは此方側なのだから。
道夫はカメレオンの様に擬態した小人の陣が、イタズラを終えて彼女の腕から飛び降りる。
ラクリオの陣達、それを発想に組み込めないかと思ったが、どうやら問題なく使えるらしい。
「シィィッ!!」
道夫の量子剣による横薙ぎにより、彼女はナナシを手放して距離を取った。
支えを無くして倒れそうになるナナシを、道夫が優しく抱き止めた。
「ナナ、ナナ!」
「みちお、いたいよ……いたいよぉ…」
右腕を押さえて呻く少女に、道夫は着ていた上着を着せてあげる。
「後少しだけ、ここで待ってて」
微笑む道夫に、少女は安心した表情で頷いた。その顔を見た時、自分の身体に力が湧いてくる様な気がした。
「ちょっと!もしかして邪魔する気!?君の事正直とても人間とは思えないけど!人類の敵を助ける道理なんて無いでしょ!?」
「生憎と、住んでた世界が違うんでな。例え魔族だろうと、小さい女の子を見捨てる程俺は落ちぶれちゃいない」
微笑みを敵意に変えて、幸希らしき魔物へと向き直る。
そして漸く確信できた。彼女は決して、水嶋幸希ではない。本当の彼女はあの日に死んだまま、何も変わらない。
「それなら、話し合ってもしょうがないね。『接続』」
彼女がその言葉を唱えると、その右手に空色をした光の粒子が集まり一つの形を形成していく。色と形を除けば、こちらの量子警棒とそっくりだ。
光は一振りの軍刀となり、彼女はそれを左手に取り、右手の鞘へと刃を収める。
「それに、あの方から君をもてなせって指令も出てるの。手荒だけど、我々のやり方で。ね?」
分かりやすい居合の構えのまま、彼女の姿が立ち消える。道夫は攻撃に身構えるが、彼女はただ自分の身を通り抜けていくだけで、何も起こらない。
しかし、振り返った時に見えた抜き身の軍刀が、道夫に一つの答えをもたらした。
斬られてないんじゃない。自分は今、既に……。
「だから、コレで死なないでね?」
ただ冷たく淡々な言葉と共に、彼女は刀を鞘に収めるのだった。
〜次回、第91話〜
遂に魔族との戦いが始まった道夫。その一方、学城院ではラクリオ達がレイルスを問い詰める。彼が語る真実と、その目に宿る想いとは……。




