第89話〜黒の刃と//黒の翼〜
「キシィィィィ!!」
カマキリ達が一斉に飛びつき、飛び掛かってはその鎌や牙が道夫達を貫いていく。もし彼等に知能があったなら、その手応えの無さから気づけたかもしれない。
「遅い」
本物達は赤黒い雷光と共にその包囲の外側に立っていた。頭を覆って震える少女を小脇に抱えながら。
「……あぁそうそうそれこっちに持ってきて、そうそう、いいこいいこ」
声に気付いたカマキリが再び襲い掛かろうとする。しかし道夫が鞘に剣を収めたその瞬間に、敵は一匹残らず黒の量子となって分解された。
その量子は剣の方へ一つ残らず吸収され、道夫の疲労を回復していく。
「いいなこれ……戦いながら力の充填もだなんて。これはどんどん使って……って分かった今降ろすから暴れないで!」
少女は道夫から降ろされると、彼に向かって頬を思い切り膨らませる。何やらぷいぷい怒っている様だが、その目は今にも泣きそうな位真っ赤だ。
「あぁ、よしよし……。泣いてるのか怒ってんのか分かんないってそれ」
彼女の置かれた状況は全くわからないが、兎に角不安だったのだろう。頭を撫でてあげると、そんな表情も少しずつ落ち着いていく。
「やっと話が出来そう。俺は柊、ヒイラギミチオだ。君の名前は?親の人はどこに?」
「なまえ、ない……おや……うぅ、うぅぅぅ!」
目線の高さ合わせて聞いてみると、彼女は頭を抱えて身を震わせる。何か余程怖い事があったのかもしれない。
「あぁ、ごめんね……辛かったよね?もう、大丈夫だから……」
何がどう大丈夫なのだろうか、根拠なんて微塵も無いが。道夫はその言葉と共に彼女を優しく抱きしめる。
「んぅ?んっ、ほかほか……」
まるで初めての温もりに触れる様に、見様見真似で道夫の事を抱きしめる。その初々しさが、なんだかあの時のるあにそっくりだった。
「ははは、よしよし」
なんだか嬉しくなって、道夫は彼女を抱っこする。相手もきゃっきゃっと無邪気に笑ってくれていた。
「あ〜……そういえば名前無いんだっけか。う〜ん、名無しかぁ……」
「っ!ナナシ、ナナシ!なまえ!」
「えっ、いや待って。それ違うから!?ちゃんとしたの考えるから!」
「みちお、なまえくれた!これで、これで……!」
「……まぁ喜んでくれてるなら、いいのか?でも名前一つで大袈裟な気もするけど……」
あんまり良くない気もするが、たかが名前でこんだけ喜んでくれているナナシ(取り敢えず今後はナナと呼ぼう)の姿を見ていたら、さっきまであった毒気がすっかり抜けてしまった。
「さぁナナ、外まで送るよ。せっかくここまで来たのにね。全くやれやれ……」
るあを助ける、その一心でここまで来た。今更目的を変えるつもりはないが、まずはこの子を助けてからだ。
「ナナシ、なまえ……んんっ」
はしゃいで疲れてしまったか、ナナは重たくなった瞼をこする。
「眠い?大丈夫だよ、ちゃんと抱っこしてるから。お眠り」
「や……みちお、いないのいや……」
(……仕方ない『アレ』やってみるか)
寝ない子に対して道夫が取ったのは、子守唄であった。
かつての記憶、いつか自分がして貰ってた時の様に、静かに歌いながら優しく一定のリズムで背中をポンと触れてあげる。
「へへ、みちお。んん……」
効果は有った様で、ナナシカは静かな寝息を立ててぐっすりと眠ってしまう。
何もない荒野をを歩くその姿は、まるで絵になる様な光景であった。
辺り一面を量子警棒で黒く染めつつ、襲い来る蟲を串刺しにしながらでなければ。
「ええぃ自動防御自動防御……」
彼がイメージを絶やさぬ様ブツブツ呟きながら進む度に、襲い掛かる蟲も逃げ惑う蟲も領域へ入った瞬間串刺しのオブジェとなり、血の一滴も残さず量子警棒へと変えられて領域を広げる糧となった。
自分で思いついた上とても便利ではあるが、やってる事が悪役のそれなのではと思う道夫であったが。
『ギィグルルルル……!!』
地中から突如として響く鳴き声に、道夫はその場から前方へ飛び上がった。
彼のいた地面がまるで爆破でもされたかの様に吹き飛ばされる
「今度はなん……だアレ!?」
地中から現れたそれは、ただ一匹のカマキリだった。しかし、問題はそのデカさでざっと十メートル程はあるだろう。
腹の部分が大きいのは、奴がカマキリの女王である証だろうか。更に言えば、顎も鎌も鋭さとヤバさとエグさ三割増しだ。
『グィシャアァァァァ!』
顔を此方に近づけ咆哮するカマキリ、完全に敵意と殺意剥き出しの中両手の鎌を二人に向けて振り下ろそうとしたその時だった。
『そこのお二人、死にたくなければどっちかに避けて』
突如聞こえた通信機越しの様な声に、道夫はすぐに右側へと急加速。
直後に響いた斬撃音と剣閃は、十メートル近くあった巨体をたった一撃で縦に両断してしまった。
「なっ……」
足を止めて空を見上げるが、日差しのせいでよく見えない。
「あ、ぁああ……!」
彼女には何か見えたのだろうか、空を見たナナシは突然怯え出してしまう。
そして何故か血の一滴も流れない死骸の間に、先程の声の主が降り立つ。
監獄の看守っぽい軍服と帽子、その横にあるのは悪魔の角だろうか。彼女が奴を斬った様だが、刃物らしき物は持っていない。
「まさか、追っかけてみれば反応が1.5に増えてるなんて。あの預言者気取りさんもいい加減ね」
(えっ?この声って……)
目深に被った帽子を取り、長く明るい茶髪が靡く。
「ッ!?そんな、そんなまさか……!」
その姿を見て道夫は「有り得ない」と驚愕する。これがかつて彼女が言っていた運命であるならば、こんな残酷な事があるだろうか。
「み、水嶋……幸希?」
「はじめまして。人間さん?」
その悪魔の見た目も声も、どれもが死んだ彼女と瓜二つであった。
〜次回、第90話〜
あの日死んだ同級生、水嶋幸希に瓜二つの悪魔。彼女の要求はただ一つ『ナナシを渡して欲しい』であった。
そうはさせないと刃を抜く道夫だったが……。




