第8話〜死せるモノ//強大にて〜後編
「…ふざっけるな!!」
リアーシェの言った言葉に、道夫は感情のままに声を荒げ、陣の外へ無理矢理飛び出した。数人が彼を中へ戻そうとするが、道夫は陣へ手をかざして唱える。
「幸あれ!」
言葉を放ち、陣が発動した。陣の中にいた人々は一瞬にして光の中へと消えていく。
「ミチオ、それ使える様になってたんだ。お姉さん嬉しいよ」
「…なにが幸あれだ。大事な人を置いていって幸せなんてあるものかよ」
陣は未だに光り続け、効果を維持し続けている。リアーシェと道夫は互いに目を逸らさず見つめ続ける。遠くない距離に怪物がいることなんて、些事のように感じられる程に。
「むふふっやっぱりミチオは優しい人。お姉ちゃんはあなたならそうするって分かってた」
「姉さん、なんでこんなことを」
「…思い出を守るため、かな?」
思い出、そんなものの為に彼女は命を捨てようとしている。ここに来てそれなりに生きてきた道夫には、彼女が次に何をしようとしてるかはすぐに分かった。
「ここには、色んな思い出が出来過ぎてしまった。それにあいつをここで止めないともっと滅茶苦茶にされちゃう」
「だからって、姉さん1人が戦うことないだろ!」
「助けを呼んでも手遅れ、それに割ける人手もあっちには無いと思う」
話をして道夫は思った。彼女は怖くないのだろうか?あんな大魔法でもびくともしなかった怪物を相手に、確実に死ぬことを自身も分かっているはずなのに。
「怖くないのか?って考えてるでしょ。お姉ちゃんはね、それでもミチオがいなくなっちゃうことがいっちばん怖いの」
「…ホント姉さんは凄いや」
陣の壁が遂に砕け散る。残る壁は最後の1陣、村を囲む魔法壁だけだ。
「ミチオ、この手紙を首都コーリュバンにいる陛下…いっちばん偉い人に渡してあげて。きっとその人ならミチオの力になってくれる」
リアーシェは1通の手紙を道夫に手渡す。紙自体が高級感があり、蝋で出来た封もしっかりとされている。
「さっき渡しそびれちゃった。ははは…」
「…はぁっ、さっきホントに行ってたらどーする気だったんだよ姉さんホントオッチョコチョイ」
「ミ、ミチオならくるって分かってたからいいもん!」
2人して思わず少し笑ってしまった。でもこれがきっと最後の時間になる。ドラゴンの姿も大分近づき、今にも壁に触れそうだ。
「ミチオ、最後にごはん後のぎゅうして…」
「分かった。って最後だなんて…んん…」
強く抱き締めると思いきや、道夫の唇に柔らかな感触がやってきた。リアーシェからのキスに驚くも、道夫も彼女の背中に手を回す。
「ぷはっ、もし初めてだったらごめんね。あっでも家族同士のは数に数えないよね?ってミチオ…」
「うぅ…」
道夫はいつの間にか泣いていた。理由も何も分からないが、涙がどうしても止まらなかった。そんな彼を、リアーシェは優しく抱きしめ頭を撫でる。
「いつか、こうしたことも過去になっちゃうけど…ミチオがこの後も私の事を思い出してくれるなら、お姉ちゃんはいつだってミチオの味方だから」
リアーシェの手が道夫を押す。転移の光の中に入ったことで陣が一層輝きだした。
「さよならは言わない、ミチオとはまた会える気がするから。だからもう1度言っておくね」
「待って、何言うか分かった気がする…だから一緒に」
「ありがとうミチオ、大好きになってくれて」
「ありがとう姉さん、大好きでいてくれて」
「未来あれ」
言葉を放ち、魔法は発動する。大好きな姉の姿が光で見えなくなっていく。
向こうでは壁に亀裂が走り始めた。彼女を幾ら呼んでも応えない。振り向いた背中が、道夫が見た最後の姿だった。
〜〜
…たはは〜、どうしよう弟とキスしちゃった。しかも初めての方、ねえホントどうしよ〜うっひゃ〜。
『笑ってる場合かよ。ご主人』
腰の発動銃から懐かしい声、最後に聞いたのいつだったかな。忘れたってことはずっと前だね。それこそ、イェレンの名を貰う前位かな?
「お久し、クキグァ。」
『今回もこれまたオオモノだなぁ?あんなのと一騎打ちとは、さっきのヤツがそんなに好きなのかよ』
そう、だーいすき。だからこそコイツを開けないつもりでいた箪笥から引っ張り出してきた。残った弾は閉まった時のままの1発だけ。
『分かってるだろうが、その引き金が「3回目」だ。引けば最初の契約通りになる。忘れてないよな?』
迷わず引き抜き、撃鉄をおろす。遂に壁が壊れる、さぁ本番だ。
「誇り高き一族も、そんなになっちゃお終いよね」
『さぁ、後は引き金だけだ。自分自身をご主人は撃てるかな?』
陣形成から圧縮、合計132陣展開。引き金に指をかけて、敵には向けず空を狙う。
正直、体が震える。奥歯もガチガチ音がしちゃう。カッコつけちゃったけどホントは結構怖い。でもお姉ちゃんは負けないんだ。何故なら……?
『姉さん』
私のこと、ホントの家族でもないのにそう呼んでくれた大好きな弟のために私は絶対に生きてみせる。だから弱い私よ。
「ー黙れッ」
銃声と共に、ついに怪物は村へと至る。ひび割れた結晶を見に纏った彼女は、結晶の剣を手にたった一人で立ち向かっていった。
〜グリヴィ〜
端的に表すならば、妖精に近しい存在である。グリヴィ達は契約の下に生まれ、契約が遵守されることで契約した者に限りない力を与える。
発動する為の道具は笛や小瓶、銃等様々で、グリヴィ自身の好みで選ばれる事が多い。
契約を終えたグリヴィは結晶となって眠りにつく。そして、契約した者は皆同じ末路を辿ると言われている。