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君のいない灰色と//異世界  作者: シマミ
DISC 1 前編〜灰色の世界〜
89/205

第88話〜死地の荒野と//量子の剣〜


 目の前に開いたゲートを通り、光の先へ道夫は降り立つ。そこは海が広がるちょっとした崖になっていた。

 潮風の香りと暖かい日差しが、余裕の無かった道夫の心をほんの少しだけ癒してくれた。


(……右目、落ち着いてきたかな)


 ここに出た途端右目の痛みは消えたが、まだ後引く様な感覚が残っている。

 何回かの深呼吸と共に、道夫はレイルスから貰った神話の本を開く。

 手にした時から感じていた違和感の正体、それは中に挟まっていた一枚の紙であった。


「……こうする事も、折り込み済みって訳か」


 ただ一文字『扉』と記された陣の欠片を、道夫は崖の前に立って描く。

 欠片は崖の先で金庫のダイヤルを回す様に不規則に動き始め、そして何も無い空間に嵌め込まれて消えていった。


「……」


 それを見た道夫は、そのまま崖の先へと足を踏み入れる。だがその足は下の海に落ちる事はなく、何も無い空間の中で確かに大地を踏み締めていた。

 そして身体を前に進めた時、そこは海ではなくなっていた。


「これが、死の大陸……」


 一言でいえば、何も無い。傾斜はおろか草木の一つもなく、遠くに山が一つあるだけで見渡す限りの荒野であった。

 先程まで感じていたのとはまるで違う重く淀んだ空気は、呼吸するだけで疲れてしまいそうな程だ。


(ニホンにいた頃と同じだ。あの『何も無い』って感じと……)


 言ってしまえばそこは『死』すら無い虚無であった。死体の跡も、死を連想させる様な匂いも無い。

 詰まるところ、ここには生命(いのち)という物を全く感じられないのだ。

 だがこの景色の先に、彼女が居る。たとえ罠であったとしても止まる訳にはいかない。


(助けに行くよ、るあ)


 彼女を救えば、きっと全ては解決する。そんな一縷の望みに賭けて、道夫は目の前の傾斜をゆっくりと降りて行くのだった。


〜〜


「おかしい、余りにも何も無さすぎる……」


 進み始めて暫くが経ち、道夫は既に所々が妙だと感じ取っていた。

 魔法という人の手による介入がされているにも関わらず、大陸の中は建物の痕跡すら無い。地図から消されたと言われていたが、これではまるで封印だ。


(それに、死龍(ドラゴンゾンビ)の事も気になる。あの時以来、全く姿を現していないのはどうして……)


 死龍については、あの後も足取りは掴めていないのか目撃情報すらない。死の大陸故に何か関連深いかとも思ったが、余り期待は出来なさそうだ。

 そして、敵の本拠地らしいというのに魔物の姿は一つも見えない。それでも何かに見られている様な視線が自分に向けられていた。


(……少し飛ばすか)


「伸加速、開始」


 描いたイメージそのままに発射される様に道夫は空へ跳び上がる。あるイタリアの紳士も顔負けなハイジャンプで道夫は荒野を一気に進んでいく。


「よし、使える……」


 力の具合を確かめつつ、まるでバッタの様に荒野を跳ね進む道夫。

 かなりの速度で前進したからか、さっきまでの視線はもう感じない。そして何度目かの跳躍の時、変わり映えしない景色に変化が訪れる。


「あれは……」


 遠くから立ち昇る土煙を見て、道夫はその方角へと進んでいく。視界の先には、荒野の中を一人の子どもが何かの群れから逃げている姿が見えた。


「人?何でこんなとこに……いや、それどころじゃないだろ!」


 その子の必死な走りも虚しく、魔物はどんどん距離を詰めて行く。

 カマキリの様な姿であり、思ってた通り両手は鋭い鎌になっている。涎に塗れたその顎は、骨ごと喰らわんとする勢いだ。

 

(間に合え!)


 狙いを定め、道夫は量子警棒を投げ槍に変えて空中で投擲する。カマキリの鎌が届くギリギリで、槍がその一体を串刺しにした。

 仲間の一匹が動かなくなった途端、残りの蟲達は血相を変えてその死体に群がり肉の奪い合いを始めた。


「はぁ、はぁ……」


「大丈夫か!」


 ボロボロの服(最早布切れだが)に泥だらけの裸足、その上たった一人でこの荒野を走ってきたらしい。

 どう見ても怪しい事この上ないが、そろそろ奴らも共食いを終える。余り時間は残されていない。


「あそこに向かって走れ!」


「え、あ……?」


「一緒に逃げるぞ!行け!!」


 声が出ないのか、道夫の指差した方へその子は頷いて走り出す。道夫も一緒に離れようとしたが、再び感じた地中からの視線と共に地面が揺れ始める。


「ひっ……!やぁ!」


 正面から、その子を阻む様にボコボコと地面からカマキリが這い出て来る。共食いを終えた奴らも合流し、道夫達は大きく取り囲まれてしまった。


「こりゃあ、キツイかも……」


「うぅ……うぅ」


 冗談混じりに呟くと、袖の端をその子が摘んでくる。まだほんの幼い少女(間近で見てやっとわかった)の頭を道夫は撫でた。


「大丈夫、ちゃんと守るよ。それに……」


 彼女の方を向いていたら、真正面から飢えに耐えかねたのか、群れの一匹が滅茶苦茶な走りで此方まで迫って来た。


「キィリリリリリリ!!リ……!!?」


 しかしその牙が彼に届く前に、カマキリの身体は細切れにされてしまう。

 道夫の周囲を巡る様に飛ぶ量子警棒の刃が、範囲内に入った敵を切り刻んだのだ。


「丁度いい、本番前の運用試験だ」


 右手をかざし、量子警棒が一振りの『剣』へと姿を変える。しかし、それは剣と呼ぶには歪過ぎた。

 真っ直ぐで、不規則な凹凸(おうとつ)を持つこの剣を見たら誰もが、これは剣じゃないと口にするだろう。


「さぁ、どいてもらうぞ!カマキリ!」


 凹凸の刃を向けて、道夫は吠える。それが合図だったかの様に、蟲達は一斉に道夫に向けて襲い掛かるのだった。

次回〜第89話〜


 量子警棒の剣が唸りを上げて、蟲を切り裂き、貫き、打ち上げる。正に無双な道夫の前に、悪魔の翼が舞い降りる……。

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