第86話〜神話と//三つの鍵〜
翌朝、何とか寝付けたものの変な時間に起きてしまった道夫。眠気の残る目蓋を擦りながら、朝の支度をして部屋を出る。
「ミチオさま!おはようございます!結婚して下ひゃあ!?」
突如現れ、転びそうになるティラを咄嗟に抱き止める。そんな光景を見ていた周りから「ヒューヒュー」と茶化されてしまう。
「ミチオさま、今日はどちらまで行かれるのです?授業なら私と一緒に」
「いや、今日は学長の所に行くんだ。話を聞きにね」
「そうですか…じゃあ途中まで一緒にいていいです?」
「まぁ、それくらいなら。でもその前に」
その時、彼女のお腹がくぅくぅと鳴った。ティラは顔を赤くしてお腹を押さえたが、それで音は隠せない。
「朝食にしようか、折角だし何かデザートの一つでも奢るよ」
〜〜
朝食の後、適当にティラと別れた道夫は学長室の前で足を止める。
少しだけ深呼吸をした後、ノックしようと手を伸ばしたタイミングで扉が開いた。
「どうも、道夫くん。待ってたよ」
「失礼しますよ、聞きたい事がそれなりにあるんでね」
中へ案内され、レイルスは鍵を掛ける。閉ざされた音に振り向くと、レイルスの服装がいつのまにか変わっていた。
「ふふ、今度これを女性向けに売り出そうと思ってたんですよ。似合います?特に下は素材に難儀しましたがとても良い感じだと思うんですよ〜」
白の縦セーターにジーンズ姿という、時代どころか世界錯誤な装いを見せびらかすレイルス。
期待に溢れる視線は、何かコメントを求めている様だ。
「そんな事より、大事な話が……」
「感想言ってくれなきゃ聞きませ〜ん。あーあー聞こえないな〜」チラチラ
「(こンの人は全く……)とても似合ってます。お洒落界に革命が起きるでしょう、ココ・チャネルの様に」
「……えへへ、結構真面目に言ってくれるんだ。ありがとう道夫くん、これで出展に出せるというものです。じゃあ、貴方の話を聞きましょうか」
本気にしてたのか、顔を赤らめるレイルス。ミチオはため息をほんの少し漏らし、イビシュエルであったもう一人のニホン人の事や、地霊点にあった剣の事を余さず話した。
レイルスも最初は微笑ましげに聞いていたが、夢で聞いた魔王の話に対しては少し真剣な顔を見せていた。
「……なる程。もう一人の方も面白そうですが、ならまずはその剣の話からしましょうか。これを」
レイルスが手渡したのは、一冊の本。題名には『創世の三』と記されている。
「その剣は、世界創世の鍵。その一つとされる物です」
「…その神話というのは?」
「えぇ、かつてこの地に三つの鍵が突き刺さった。剣、盾、杯の三種。その大地からは、我々の魔力の源流となる力が流れだし、原初の者がその三種を使って世界を創った。という話です」
レイルスによれば。原初の者はそれぞれ、剣から戦う力、盾からは他を守る力、杯から得た物を共に分かち合う力の三つを得た。
原初の者はその力で世界を開き、人を創ったとされる。
「その話が本当なら、戻した方が良かったのか?」
「いいえ。管理者には敵に使われる位なら跡形も無くせと言ってます。それに戻したって直る保証も無いし、そんなのが無くても世界はこの通り生きてるんですから」
所詮は神話、ただの昔話なんですから。と彼はあっさり言い切った。
「剣の事はなんとなく分かった、と思う。じゃあ、この剣に嵌め込まれたこれは一体?」
「貸してごらん、見てみる」
眼鏡を掛けて、道夫が手渡そうとした剣に触れたその時。宝石が桜色に強く輝き、彼の指を瞬く間に黒焦げにしてしまう。
「なっ!?」
「っ!……っったいなぁ、もう……」
肉の焦げる匂いが部屋に広がり、焼け焦げた指からは白い骨が見える。もう触れていないのに、レイルスの炭化は進行を続けていた。
道夫も慌てて剣を手放すが、その手には何の変化も見られない。
「はは、どうやら私は嫌われてる様ですね。それに、くぅ……」
レイルスは顔をしかめながら、焦げた左手を右手でなぞる。
回復魔法により、彼の手はすぐに治癒していき、表情もいつのまにか元の掴み所の無い顔に戻っていた。
「ふぅ……危ない所でした。でも今ので分かった事があります。この力は本来、この世界には無かった物です」
「この世界に無い……」
以前、クタラと話した夜を思い出す。この剣もあれと同じならば、魔物との戦いで何かしらの決め手になる筈だ。
(それに、魔王に対してもきっと……)
「道夫くん」
彼の声に下ろしていた顔を上げると、レイルスは窓から外の光景を眺めていた。顔は見えないが、その声はどこか寂しげである。
「…奴に色々吹き込まれた様ですが、私からはこれだけ言っておきます。したい様になさい。今はそれで構いません」
「……そうか。じゃあ、失礼する」
道夫は席を立ち、礼をして学長室を後にする。てっきり止められるかと思っていたが、彼から出たのは『したい様にしろ』というものだった。
全く読めない真意に惑いつつ、道夫は廊下を歩いていくのであった。
〜〜
「……えぇ、今はそれで良いんですよ。今の君には、言葉にしても無駄でしょうし」
誰かへの連絡を終えたレイルスは、椅子に座って一息ついた。恐らく彼は魔王の所へ向かうだろう、既に手は打ったが、最悪道夫の死だけは回避しなければならない。
死地に送っておきながら、彼が死なない様に力を尽くすとは変な話だ。
「第二の『全』覚醒の為に、彼には身をもって敵の強大さを経験して貰わないと。でもまぁ今は、眠い……」
暖かい日光に眠気を誘われ、レイルスはそのまま早めの昼寝を始めてしまうのだった。
〜次回、第87話〜
自室への帰り道で、道夫はティラと再会する。授業をすっぽかし、二人きりのロープウェイで、ティラは道夫の手を握る……。




