第83話〜後悔と//答え合わせと〜
「きれい…」
オーロラを初めて見たのか、クラウはその光景に目を奪われていた。
確かにオーロラ自体、簡単には見れない絶景なのは間違いない。でも今回はそれだけじゃなく、この光の一つ一つにあの子達の命が宿っているからだ。
『あぁ、かみさま……』
エナの最後が頭をよぎる、まだ小学生位だというのに沢山あった筈の未来は完全に絶たれてしまった。
エナだけじゃない、あそこにいた誰一人とて救えなかった道夫は、自分がただ許せなかった。
「ミチオ」
「なんだ?んっ……」
クラウの声に振り向いた時、目を閉じた彼女の唇が自分のに触れる。道夫の方も振り払おうとはせず、目も閉じずに見つめていた。
唇が離れ、彼女が静かに目を開ける。その微笑みに対して、瞳はどこか悲しげだ。
「……私じゃ、やっぱりだめなの?」
「えっ…?」
「ミチオ、辛そうな顔をしてる」
言われて初めて、道夫は今の自分がどんな表情をしているのか気付いた。変えない様にと思っていたが、全くの無意識の内に表に出てしまっていたらしい。
「…ごめん」
「もう、なんで謝るの?貴方が謝る事なんて一つもないよ」
クラウは道夫の正面に回り、お互いの瞳を見つめ合う。濡れた髪をどけて、両の瞳でしっかりと。
「るあって人の事も分かってるつもり。でもこれ以上我慢し続けたら、道夫の方がこわれちゃうよ…?」
「我慢には、数年前から慣れてるよ。だから今更…」
「今まではそうだったかもね。でもきっとこれからはそうは行かなくなる、だからね」
道夫の頭を自分の胸に寄せる。以前の時と同じで人肌で触れ合う事が、ドキドキと早鳴る鼓動の音が、こんなにも安心する物だなんて。
「私に、私達にもっと頼って欲しい…というより、もっともっと甘えてほしい、かな?えっとね……そう、ミチオの辛い気持ちを私達にも背負わせて」
「……ははは、年上の面子ってもんを考えてくれよ」
「メンツなんて関係ない、ミチオはミチオだもの。たった一人の、貴方」
「……ありがとう」
彼女に抱かれたまま、救えなかった子ども達への後悔を涙に変えて身を震わせる。クラウは何も言わず、涙と共に溢れる彼の心を受け止めていた。
〜〜
風呂場を後にし、備え付けの浴衣っぽい服に着替えて部屋まで戻ろうとしたが、クラウは大分うとうとしていた為おんぶで部屋まで運んで寝かせる。
「…ありがとな、クラウ」
道夫はそっと頬を撫でて部屋を出る。目指すは上階の展望エリア、そこで道夫はある人物と待ち合わせする事になっていたのだ。
「あら、五分遅刻ですよ。早いですね」
「ははは…少し色々あって」
浴衣をきっちり着たココノエクタラが、空のグラスを片手に微笑んだ。髪の一部が白に染まり、片目は血の様に赤いが、それなりに元気を取り戻した様だ。
「さぁ、どうぞ?」
促されるまま向かい側に座り、互いのグラスに酒を注いでいく。
「それじゃあ、乾杯」
「えぇ、乾杯……」
先程とは違う、大人しい二人の時間。お互いにグラスを合わせ、酒を少しだけ口に入れる。酒に詳しい訳ではないが、この香りと味には何だか覚えがある様な気がした。
「この味…どこかで」
「このお酒、ニホン酒にそっくりなんです。不思議ですよね。さて……改めて自己紹介をしませんとね?」
「確かに。じゃあ…柊道夫、ニホンにいた時の年は2060年だった」
年数を聞いてクタラが一瞬吹き出しそうになった。その反応からみるに、自分とは時代が違うのだろうか。
「にせんろく…!?し、失礼。私は九重九多良、ある時には藤乃花と名乗ってもいましたが」
「藤乃花って、大和炭介の文通相手の……」
聞き返す道夫にクタラは頷く。藤乃花は大和と恋文を送り合う令嬢である。
作中でも本名を明かさなかった事と、漫画の姿とはかなり雰囲気が違っていて気付けなかった。
「お気付きでしょう?何故あなたが『忌録』を知っているのか分かりませんが、あれは紛れもない事実。タイショウ時代、本当に起こった事なのです」
微笑んでいた顔はいつの間にか消え、力の篭った目に変わる。
まさかとは思っていたが、漫画の内容が本当にあった事も、その登場人物その人が目の前にいるとは思いもしなかった。
「貴方の知ってる事、全部教えて貰います。最悪『口止め』が必要になりますから……」
「勿論、全部話す。口外するなというならしないと誓う」
道夫は自分の時代の事や、大和達の話が漫画という物語として世界中に知れ渡った事も余さず話した。
最初は全く信じていなかった彼女だったが、大和とクタラしか知らない筈の文通内容を話そうとしたら顔を赤くして観念した。
「忌録がまさか、そんな事に……。でもどうしてそんな……」
「……多分、残して伝えたかったんだと思う。彼等の生き様と戦いを。それを漫画という空想として描けば、誰もそれが本当にあったなんて思わない」
彼女もある程度納得したのか、道夫の言葉に頷きで返す。次はこちらの番だ。
「次はこっちから…ナク達が使ってた銀の武器、あれは一体何なんだ?こっちの世界にも銀はあるのに、どうしてそれが使われなかった?」
「えぇ、それなら…」
クタラが胸元から取り出したのは、綺麗に輝く銀の首飾りであった。所々が削られているのは、それを素材にしていたからだろうか。
「これはまぁ、単純に銀で出来ています。違いがあるとすれば、これがチキュウの銀で作られたという所です」
「」
「科学的な事は専門外ですので、あくまで想像ですが。同じ銀でも、その『育ち』…つまりそれに纏わる逸話に違いがあるからと考えています」
逸話といえば道夫にも多少覚えがある。銀にはかつて存在していたという吸血鬼や魔族を退ける力がある……という物、よくある御伽話の一つだ。
「現に色んな方に銀の逸話を聞いてみましたが、この世界の銀にはそんな話は無いそうです。でもこの銀があれだけの力を生んだのは、逸話だけじゃないと思うんです」
「…それって?」
「ここは本当に私の妄想ですが……チキュウ銀の力に対して、彼等に耐性が無かったからと思ったんです。何せ、このイミュリーズに本来は無かった物なんですから」
「この世界に、本来無かった物……」
道夫が呟いた後、部屋の中が暗くなっていく。外のオーロラが消え、残った月の光がフロアを照らす。
「…夜も更けて、あの子達も星になって眠りにつきました。最後に一つだけいいです?あれから……無尽が倒されてから、ニホンで屍鬼はどうなりました?」
「漫画……いや、貴方達のお陰で、ニホンどころか世界中どこにも一人として現れていない」
それを聞いた彼女の顔は、今までにない位の安堵に満たされていった。そこに彼女に持たされたのであろうユィンスに着信が入る。
「え、あ……」
あわあわと狼狽える彼女に代わって端末を操作する。まぁ無理もない、彼女の時代には持ち運べる電話すら無かっただろうし。
ちょっと自信ありげに通話をタップする道夫。しかし表示されたのは電話画面ではなく、意味不明な数字の羅列であった。
(は?何だこれ…?八、八、九……)
「あ、いけない。ナクが早く帰ってきてって……。道夫さん、皆さんの分も含め改めて『ありがとうございました』」
何故か解読できた彼女は、最後に礼をして階段を降りて行った。
(あぁ、あれってまさか……ポケットベルってやつ……?)
置いてけぼりにされる感覚にデジャヴを覚えつつ、道夫も自分達の部屋へと戻っていくのだった。
〜次回、第84話〜
答え合わせの翌日、そう言えば聞けてない事がまだ沢山あったのを思い出した道夫。
また話せないかと部屋を出た時、廊下はやけに慌ただしくなっていた……。




