第82話〜静けさと//温泉と〜
〜アブダルア港街・シャンディア〜
「この日、私達は彼等の助力により兼ねてからの戦いを終える事が出来た……。だがそれは余りにも虚しく静かで、少なからずの犠牲もあった」
イビシュエルから退避した一行は、その騒動をいち早く聞きつけた旅館の者達によって受け入れて貰える事となった。
そして今いるのは旅館で一番の大広間、そこでオランドが静かに仲間達へ語る。傷の残った者も居れば、涙を流し続ける者も居た。
「だが、私達は生きている。囚われの子らは夜空に帰り、私達は再び前へと進まなければならない」
オランドが小さい器に酒を注ぎ、皆もそれに続く。
「過去を忘れず、さりとて囚われる事なかれ……『勝利に』」
「「勝利に」」
〜〜
「いへぇ」
「分かるわ。あのシチューいやに熱かったし…」
「ちゃんと冷まさないから…」
オランド達とは別に食事を終え、思いきり舌を火傷したラクリオと道夫。準備万端なクラウと共に旅館の廊下を進んでいた。
「それ言うならお前達だ!いつからあ〜んなんてする間柄に……お、ここだ」
一際綺麗な扉に『男性』と『女性』と書かれた二つの扉の前で一行は立ち止まる。
この旅館の名物として、なんと露天風呂があるという。戦いの傷を癒すという目的もあるが、久方ぶりの温泉に道夫自身も楽しみにしていた。
「あ…?あっちから来る子達は…」
「ゔっ」
その姿を見た時、一瞬だけクラウが固まった。まさか再会するとは思わなかっただろうから。
「あ〜!!クラエお姉ちゃん!」「ほんとだー!」「お姉ちゃ〜ん!」
あっという間に少女達に囲まれるクラウ。装いが違うので最初は分からなかったが、クラウが接触した『選別者』の様だ。
「あ、う、うん。皆無事で良かったわ。後『ス』が抜けて……」
「これからみんなとお風呂なの!お姉ちゃんもいっしょに入ろ!!」「このお兄さんお姉ちゃんのコレ〜?」「付き合ってたんだ〜!!」
「あ……えと、えっと……」
困惑と恋人疑惑を掛けられての嬉しさか、クラウは笑顔で頬を真っ赤にしていた。明らかにオーバーヒートである。
「ごめん、私忘れ物しちゃった!」
準備は万端だったのだが、クラウは逃げる様にその場を離れてしまう。
子ども達は不思議そうな顔をしていたが、まとめ役らしき少女の声と共に女湯の方へと向かっていった。
「……ラクリオ、俺も忘れ物だ。先入ってていいぞ」
「はぁ?なんだよそれ」
道夫の言葉にラクリオは怪訝な顔をする。だが道夫には彼を先に行かせる秘策があった。
「今なら、覗けるぞ。リリテも先にいるだろうし」
女子風呂覗き、それは男子の夢とロマンの一つである。
アオハルこと青春真っ盛りのラクリオにとっても、それは例外ではない。アホみたいな秘策だが、彼の目は思いきり変わっていた。
「…ミチオ、それ『マ?』か……?」
「あぁ…『マ』だ」
ラクリオの目がキリッと男子風呂の方へと向く。その目線の先には地獄しかないのだが。
「俺、行ってくる。そんで必ず帰るよ」
「あぁ、逝って来い」
男子風呂の先に消えていくラクリオを見送り、道夫は時間潰しにそこらを出歩く事にした。
〜一時間後〜
(うぅ、そろそろ彼女達も上がった筈…)
何とか平静を取り戻したクラウは再び風呂場の前まで戻ってきた。当然、二人は先に入浴を終えて戻っているだろう。
本当は彼と一緒に入りたかったのに、と寂しさの中ドアノブに手をかけたその時。
「随分長い忘れ物だったな?」
後ろからの声に振り返ると、そこには戻った筈の彼がいた。
「いやな?準備万端なのに忘れ物をしちゃってな。でもこれで、今度こそ大丈夫だな」
「……ほんと、ミチオは優しすぎるよ。そんなの、ばかみたいだよ」
クラウはまた顔を赤くして、溢れそうになる涙を拭う。
「こういう馬鹿なら歓迎だよ。ほら行こう、余り遅いと閉まっちゃうぞ」
道夫はクラウの手を取って、扉の先へと入って行った。
〜〜
「はあぁ……癒される……」
クラウに言われ、先に温泉に浸かる道夫。知らない内に疲れが酷く溜まっていたのか、身体の力や緊張があっという間にほぐれてしまう。
脱ぐにしては妙に時間を掛けて、クラウが背中合わせになる様に湯に浸かった。
「みちゃだめ」
道夫は気になって振り返ろうとしたが、クラウの言葉がそれを止める。
二人きりの静かな空間を星月の光が照らす。こんな満天の星が見れたのは、彗星の見えたあの日以来だ。
「…ミチオはさ、やっぱり凄いよね」
「……そうか?」
「凄いよ。あれだけボロボロになっても立ち上がって、最後にはあんな敵にも打ち勝った。でもそんな背中を見る度に思う事があるの…」
後ろからクラウが抱きつく。密着した背中から伝わる人肌の感触が、今はとにかく安心する。
「いつか、いつかミチオが私達の手が届かない位遠くまで行っちゃうんじゃないかって。私はそんなの嫌、嫌だよ……」
そんな事にはならない、とは言い切れなかった。今回の件も含め、やはりこの力は全くの未知数で今後どうなるかも分からない。
でも一つだけ、確かに言える事があった。それを告げようと俯いた顔を上げようとしたその時、緑の光が冬の空を照らす。
「クラウ、あれ……」
その瞬間、ここにいる誰もが初めて見る光景に空を見上げた。光の幕がまるで星空を彩るカーテンの様に、アブダルアの空を覆っていたのである。
「あれって…」
「間違いない。星に還るあの子達の、命のオーロラだ」
〜次回、第83話〜
風呂上がりとほんの少しの夜更かし、そして彼女との答え合わせ。




