第74話〜回想//太陽の友達〜
「え……何で人間がアレを…」
有り得ない、正にそんな光景だった。人間がもう一人いると思ったら、あんな力をいきなり使い出した。
急に現れた危機感に従ったのか、気付けば身体の方が先に動いていた。
(あれは、あれだけは殺しておかないと!でも何で!?こんなの初めてだ!)
右手はもう自分で動かせない。左側と残りを使って彼の所へ走り出す。危機感と共に放った『聖点』は、彼ではなくネウマの身体を貫いた。
幾つも穴を開けた筈なのに、ネウマは何とも無いかの様に接近しては高速で動く右腕に吹き飛ばされていた。
「邪魔するなよぉ!!ずっと前からさぁ!!」
思えば彼に限らず、自分は数年前から色んな物にずっと邪魔されて来た。今でもその理由がさっぱり分からない。
あの時の自分はただ腹を空かせていただけだ。ここまで命を狙われる謂れなんか無い筈なのに。
『戦わなくていい……生きて、生き抜いてくれれば』
右腕の痛みが更に強まったと同時に、誰かの声が聞こえた気がした。
この声は、誰の物だったろうか。
(ダメだ、思い出すな)
心が咄嗟にそう告げたが、既に自分は記憶の糸を辿り始めていた。心がいくら叫んでも、何故か、止められなかった。
〜〜
『太陽と友達になったかの様』
小さい頃、誰もが近づかない光に包まれた時があった。その様を見て父と母と呼ばれた二人はそう言ったらしい。
その意味は少し育てばすぐに分かった。自分は日の光を浴びても消えないと、裏切り者が灰になる所を見ながら確信した。
『お前は私達の、いや、みんなの未来だ』
二人は自分を抱き締めて嗤いながらそう言っていた。何が可笑しいのかと思っていたが、悪い気は全くしない。
調べれば吸血鬼は人を喰らうとあったが、この屋敷の誰もそんな事はしなかった。
だが無理を重ねた日々は、結果として長くは続かなかった。
『私達のために戦わなくていい……生きて生きて、生き抜いてくれてれば……それでいいのよ』
轟々と燃える屋敷、遠くで聞こえる悲鳴の様な怒号。そして血だらけの母が自分を抱き締めて、目から変な水を流してそう言った。
対する自分は、何も言ってやれなかった。こいつは近く死ぬ、そう思ってたらいつの間にか彼女の血を舐め取っていた。
(暖かい)
母の血を吸う感覚は、何だかとても懐かしかった。自分が産まれた時にも同じ事をしてくれた様な暖かさだ。
アッチダ、と声が近づいてきた。よく見たらそいつらは、自分達を気味悪がってたニンゲンの連中だった。
『さぁ行きなさい……私の大好きな子、私達みんなの、未来……』
自分は背中を押してくれた母の声が遠くなるまで走り続けた。振り返れば、彼女の身体を囲んで何かを振り下ろし続けるニンゲンの姿があった。
(何で、なんでこんな事をするんだ。自分達は何もしていなかったじゃないか。なんで、なんで……)
何故死ぬ必要があった、自分達はニンゲンだって食べなかった。恨まれる様な事は何一つしていない。
彼女の顔を思い出すと、胸の中が痛くなった。走り続けたからだろうか。今思えば、それだけじゃ無かったのかもしれない。
(その後は、逃げて逃げて逃げ続けた。どこに行っても変わらないどころか益々悪化するばかりだ)
逃げ続ける日々の中で、自分は確実に飢えていった。でも食事を一つするだけで、ニンゲン達が自分を殺そうとした。
思い出せない位、必死に逃げ続けた。そして遠く遠く、白い雪が広がる場所まで来たその時、初めて声が聞こえた。
『こっちだ』
脳に直接響く魅惑的な男の声、誘われる様にして辿り着いたのがこの街であった。その奥へ厳重に閉じ込められていたが、忍び込むのは慣れた物だ。
『よく来た、私の同胞』
声の主は細い瓶に詰められた血液からだった。日の光に包まれる様に置かれたそれは既に辺りを濃い血の匂いで満たしていた。
「……あんたは、一体」
『話さなくてもいい。今お前を視た、辛い日々を送った様だな』
「あんたに、何が分かる」
『分かるさ。お前はただ生きようとした、それは決して間違ってはいない。だがその為に必要な物が抜けている』
気付けば自分はその声に夢中になっていた。彼の言葉を一つも聞き逃さない様に、何かまずいと思う隙すらなかった。
『それは、闘う事だ。力があれば、誰もお前に楯突かない。そしてお前はお前次第で幾らでも強くなれる。その力は私が終ぞ得られなかった物だからだ』
言葉と共に、指を差された様な感覚があった。血液にも目線があるとすれば、間違いなく此方を見つめていたのだろう。
『それにお前はそのままでいいのか?生きる為に逃げ続ける日々のままで、お前から何もかもを奪った人間達のいい様にされていいのか』
母が死んだあの日を思い出す。彼女達は何もしてないのに殺された。いつか自分もそうなってしまうのだろうか?
「……それは、嫌だ」
『そうだろう?お前は優しい、だが優しさは常に搾取される側の感情だ。だがこれからは違う、その為の力なら……ここにある』
迷いは無い。手を伸ばして瓶を掴み、力の限り握り潰す。破片による傷口から、解き放たれた血液が意思を持つように入り込む。
「うぐっ……!!アァァァァ!!」
痛い、たった一瞬で全てがそれに染まる。全身の細胞一つ一つが何かに喰われ、乗っ取られ、埋め尽くされる。今も、意識が……。
『そう、お前ならきっと私の夢を叶えられる。戦え、戦え!そして不滅の屍鬼になってくれ!私の名は……』
意識を切り離された彼には、その男の声だけが遠く聞こえるのだった。
〜次回、第75話〜
苛烈さを増すサザーの右腕により、追い込まれていく道夫達。既に瀕死の身体であったツゼも、その間際に今までに散った仲間達の顔を思い出していた。
『もう何も、失わせない』
その瞳に力と光を取り戻し、彼は最後の引き金に指を掛ける。




