第6話~実りに迫る//不吉な風~
~花の月、リュカネ村近辺~
冬が過ぎ、新しい春が村に訪れる。この時期に収穫できる物を探して、道夫はリアーシェに連れられ山の中を探っていた。
「どう姉さん、収穫できた?」
「収穫なし、それよりこっち来て」
彼女の所へ向かうと、そこには既に腐り落ちた木の実が散らばっていた。
「それってたしか、ヒィス?」
「そう、でもおかしいわ。今が実りの時期なのにこんな早く…」
ヒィスの実とは、指で摘める程小さく噛むとさっぱりした甘味が特徴の木の実だ。今の時期に実を付けるという他に、環境に敏感という特徴もある。
実が枯れる事自体は何もおかしくない。しかし、周りの木々がいずれも枯れていると言うのは流石に異常である。
「どうする姉さん?」
「何か良くない感じがする。村に帰って伝えましょう…」
村へ戻り、報告を済ませて帰宅した瞬間にリアーシェに抱きつかれる。先程まで険しかった彼女の顔がやっと緩んでくれた事に道夫は安堵する。
「あぁ〜疲れたよミチオ〜。お姉ちゃんだっこで運んで〜?」
「疲れてるのはお互い様でしょうに。ほら座って、今お昼作るから」
最近になって、道夫もこの世界の料理に慣れてきた。今は交代で料理を作るようになっている。
彼女が料理する所を見て実際に一緒に作ってみたり、レシピを見ながら自分で作ったりした事味の方も大分近づくことができた。
「ほら姉さん、なに食べたいの?」
「ミチオが前に作ってくれたのまた食べた〜い…ほら〜アレ溶かして付けて食べるやつ〜」
「またぁ?いいけど材料無くなるよ〜?」
「いいも〜ん。ガレッチさん今度来るからその時買うからいいも〜ん」
彼女はかなりぐでっとしていて大分アバウトに話しているがが、要はチーズフォンデュを作れという事である。
無論最初から作り方なんて知ってる訳なく、思い付きとチャレンジ精神と試行錯誤の末に仕上がった一品だ。
「ほうれできましたよ姉さん、ほら起きる」
「や〜ん、ミチオの作る料理好き〜」
そして出来上がったチーズフォンデュは、結果的に好評であった。
とても美味しそうに頬張る彼女を、時に熱さに舌をやられた道夫を。
お互いに心の底から笑い合いながら食事の時を過ごした。
「ほはぁ~……良い。」
この世界に来てもう大分経っている上、何度も経験しているにも関わらず、暖かい風呂に入れると言うのはホントにいいモノだと改めて実感する。
この風呂は魔法の力、正確には『リポンス』という魔力の詰まった石が、水を暖かい湯へと変えるらしい。
しかし結構熱めの湯になる為、長居するとのぼせてしまう。機械では無い為調整が難しいのだ。
「うん……そろそろ上がろう」
「ミ~チ~オ~!」
道夫はすかさずタオルを投げる。ドアから入ってきたリアーシェの顔に命中して動きを止めた。胸にタオルをしてくれていたのは幸いだったが、大変困った姉である。
「ひどいよミチオ~。背中流してあげようとしてたのに~」
「お互い男女なんだぞ!少しは考えてくれ」
タオルがしてあっただけまだマシの範囲であり、ある日にはタオル無しで来ようとしてた時もあった。
家族とは言え男女である事を、彼女はわかっているのだろうか。
「ほらぁ、家族なんだしいいでしょ〜背中洗わせろ〜」
「ぐむむむ……ええい!背中だけだからな!」
仕方なく背中を晒す。軽口を言っては来たが、実際にはすごく丁寧に洗ってくれる。こんな事されるのは生まれて初めてな気もするが、とっても心地良い。
「ミチオ…」
突然背中に柔らかな感触、リアーシェが背中に抱きついて来たのはわかるが背中に当たる柔らかな感触は流石に色々まずい。
「姉さん、いきなり何を!?」
「なんていうかさ、ミチオも立派になったね…」
「…姉さんのおかげだよ、本当に」
彼女には幾ら感謝してもしきれない、こんな自分に何もかもを教え与えてくれた恩人だ。そこだけは本当にいくら恩返ししても返しきれそうにない。
「ミチオ…」
「大丈夫だって姉さん、まだわからないことは多いんだ。だから…まずはお風呂済ませよ?」
彼女は頷いて、入浴を済ませた二人は寝室へと向かった。いつもだったらベッドだって別々なのに、一緒に寝ようとお願いしてくる程だ。
彼女は心配しているということなのだろうが、今までずっと頼りだったリアーシェの背中がいつもより小さくか弱く映った。
「まったく……まだ出て言ったりはしないっていうか出来ないよ姉さん。まだ知りたいことだってあるんだから」
「うん…分かってるけどそんなこと、考えちゃったら止まらなくて…それに」
「それに……?」
「なんだか嫌な予感がするの。うまくは言えないけど、それでもなんだか感じるの」
ああもう、と道夫は頭を掻く。そして、リアーシェを自分から抱き寄せる。
今まで道夫の方から行くことは無かった為に、彼女も驚いているようだ。リアーシェが慌てているがお構いなしに強く抱きしめ、その後瞳を見つめながら話した。
「ほら、いつもの姉さんはどうしたのさ。姉さんと一緒なら大丈夫だってば、今までだってどうにかなってきたし、俺だって大好きな姉を悲しませたくは……姉さん?」
「……ふっ、ふふふふぅ…やっぱりミチオはかわいいなぁ~やっぱりだいすきぃぶへぇ」
彼女の顔を見てみると、すごい顔が真っ赤になっていた。頭から湯気が出ているようにも見えた後、ぱたんと倒れだしてしまった。
「おいぃ!?戻ってとは言ったけど!姉さん!姉さぁん!!」
今日の夜は一段と騒がしく、村の人々もなんだなんだ何事だと珍事になった。
嫌な予感がしないとは言えない。だが今までだって平和な日々を送れていたのだから、きっと大丈夫だと道夫は信じていた。
そして日が昇り、村が朝日に包まれる。そして道夫は再び思い出す事になる。
―この世界が、決して優しくはなかったことを―
〜英雄イウェル〜
道夫が言葉を学んでいく上で、最初に覚えていった絵本の1つ。イウェルと呼ばれた1人の少女がこの世界を襲い掛かる魔をあらゆる魔法で祓い、世を救って天に還ったとされている。
絵本にしては内容難しすぎたりしないかと、道夫も読み解くのに苦労した。
ただ、彼女が天に還った後はどれにも記されてはいない。