第61話〜震える街〜ラクリオ視点
『聖なる血の流れ、我らを動かし導き給え』
鐘の音が響き、誰もが大教会の方へ祈りを捧げている。ラクリオとリリテは誰にも見つからない所で祈りの言葉をやり過ごしていた。
祈りの時間が終われば、街には再び賑わいが戻ってくる。オランドが言うには皆は大主教に洗脳されているらしいが、道行く人々の顔は誰もが幸せそうだ。
「まぁ、それが洗脳ってやつだよな……。ここだな」
二人が到着したのは、街の至る所にあった鉄管の前だった。この街の動力たる蒸気を運ぶ物の他に、黄緑色に発光する謎の液体を運ぶ管があった事が気になっていた。
今や魔流や魔晶塊が主流の時代、何で態々蒸気を選んだのか。そもそもこの液体は何か、何処から生まれて何処まで続いているのか
特にラクリオは、戦いでは自分の力がミチオ達に遠く及ばない事を何より自覚している。同時に、自分にしか出来ない事がある事も分かっていた。
落ちこぼれな自分を学長が入れてくれたのは、きっとこの『特異性』を活かせる事を教えたかったかれなのかもしれない。
上の空になっていたラクリオに、焦れたリリテが声を掛ける。
「何をしてますの?早く始めないと人が来ますわよ」
「あ、あぁ悪い。ようし……」
ラクリオはポケットに入れていたスーツケースを取り出し、元のサイズに戻していく。蓋を外して開けると、中には何枚もの陣が書かれた紙が入っていた。
その中の一枚を手に取り、指先でくすぐる様に紙をなぞる。すると陣が光を放ちながら紙から飛び出し、そのままの形でよちよちと地面を歩き出した。
「よしよし、今回はお前の出番だピニャト。分かるか?この中だ」
彼が指を差すと、陣は喜ぶ様に一回転して鉄管に引っ付いた。管の隙間を見つけた陣は、自身を陣の形から糸が解れる様に分離していく。
線や文字となったそれらはそのまま管の中へと入り込んでいった。
「……相変わらずヘンテコですわ。それで今は何をなさったの?」
「ピニャトは泳ぎの達陣だ。今からあの液体を泳ぎ回ってどうなってるかを調べる……おぉ早速来た……」
「ええと、お二人は何をしているのですか?」
ギョッとして振り向くと、神父の一人が立っていた。先程のやり取りは見られてなかった様だが、はっきり言ってかなり怪しまれてる
「え、ええと……ひゃう」
「いえいえ、僕達は観光で来たんですがこれを見るのは初めてでしたので」
リリテを肩から抱き寄せてそのままその場を後にする。神父の方も怪訝そうな顔をして此方を見ていたがそれ以上は何も言って来なかった。
何度か人混みに紛れて距離を取った所で互いに少しだけ離れる。
「さっきは悪い。大丈夫だった?」
「ありがとう……た、助かりましたわ」
顔を逸らしながら彼女が呟く。心なしか、彼女の顔が赤い様に見えた。
「それで、何か見えまして?」
「あぁ、今……悪い『共有』書いて」
自分で書こうとした指を止めて頼んだ。リリテは溜息を吐いて陣を描いて発動する。
ラクリオの視界を共有した彼女には、管の中を流れに逆らいながら泳ぐ陣の一部達が見える様になった。
はしゃぐ様に進んでいた彼等だったが、どれも一定の所で動きを止めてしまう。侵入を阻む壁すら無いにも関わらずに。
「こ、これは…?」
「こっから先が怖いのか?場所は……」
隙間から顔を出させて周囲を確認する。地図と照らし合わせて確認した結果、やはりというべきか進めなくなった先には大主教の住まう大教会が聳え立っていた。
あの謎の液体はあの教会から生まれ、街の至る所にある。ここまでは一応予想通り、しかしこの液体に含まれていた魔力は一体どういう事なのか。
「あの爺さんの言う通りなら大主教は魔物……なら魔法は扱えない筈。これは一体……?」
「ラクリオ、そろそろ約束の時間ですわ。撤収を」
気付けば出発前に言われていた時間まで後少しだった。活動できる時間が限られているだけあってあの基地は時間に厳しい。
誰にも見られない様注意を払いつつ地下へ降りた二人は、何の変哲もない煉瓦の壁に向けて決まった回数と間隔でノックする。
すると煉瓦の一部が静かに動き、丁度一人ずつ入れる程度の隠し通路が現れた。
「ほっほ〜……んっんん、じゃあお先にどうぞ」
「ええ、ごめんあそばせ」
咳払いをして先を譲り、ラクリオも続いて中へ入ると先程の入り口は既に無くなっていた。暗い道を進むと基地の喧騒が少しずつ聞こえてくる。
辿り着いた先の妙に建て付けの悪いドアを開ける。そこは女子が絶対に来ないであろう男子の聖域『男子トイレ』であった。
「えぇ!?」「きゃあー!女の子ぉ!?」「みないでくれぇ!」
「ふふ、失礼しますわ。ゴキゲンヨウウフフ」
男共がまるで着替えを覗かれた女子みたいに騒ぐ中、彼女は目を開けずにうふふと微笑みながら気持ち早めにそこを後にした。
ラクリオも足早にトイレを出たが、その佇まいは正に貴族の娘らしい気品ある物であった。周りが便所臭い事を除けば。
「リリテさんや、そこは素直に「きゃあ〜!」とか言って良いと思うぞ?」
「……思い出させないでくださいまし。思い切り、いえ少し見えてしまいましたわ。もしかしてミチオさんもあんな感じなのかしら……」
後半は全然聞こえなかったが、彼女は顔を真っ赤にしながら蹲って動こうとしなかった。
〜次回、第62話〜
津是の訓練に付き合う事になった道夫とクラウ。銀を持たない二人に彼の口から教えられたのは、かつて道夫が見た事のある代物だった……。




