第59話〜初めての//中心で愛を囁く〜
ミチオを見ると、心が締め付けられる様になった。それは自分が未熟であったが故に、彼に消えない傷を残してしまったから。
彼はそんな自分に怒りを示す事なく、むしろその身を案じてくれた。そして自分の最大の秘密でさえ、ミチオはすぐに受け入れてくれた。
「るあは、俺の恋人だ」
「その巻布も、その子から…?」
決して誤魔化す事なく、ミチオは頷く。心にズキリと何かが刺さる。彼があれを特別大切にしている事はよく分かっていたからだ。
気付けば彼の上に馬乗りになっていたが、ミチオは自分を押し除ける事はなかった。
「少し、だけ……」
体を重ねると、ミチオの暖かい鼓動を感じた。懐かしさすら覚えるそれは、かつて蔑まれていた自分を救い、剣の道を教えてくれた師匠の時と一緒だった。
「そのるあって娘とは……いつから?」
「ずっと前、クラウと同じ位の歳の頃だ。だがある日、大勢の天使と共に居なくなってしまったんだ」
「……そうなんだ」
「俺は……彼女を見つけて、故郷に帰りたい。だから此処までやって来れたんだ」
彼女と共に故郷へ帰る。それはニホンを知るクラウにとって永い別れになる事を示していた。
悪い想像が頭をよぎり膨れ上がっていく。道夫か彼女を見つけたら、いつか自分と別れてしまう様な気がした。
(い、嫌だ……それだけは)
道夫と別れたくない、離れたくない、自分だけを見て欲しい。だがこの想いを告げる事は、今のクラウには出来なかった。
何故ならそれは同時に、数年前から抱いてきた彼の想いを妨げる事になるからだ。
想いをぶち撒け、欲望のままに貪る事だって出来ると本能は語りかけてくる。だがクラウの理性はそれだけは絶対にすべきではないと、心に杭を突き立てる様に抑え付けていた。
「……辛いんだよな?クラウ」
いつの間にか頬には一筋の涙が目蓋から溢れていた。顔を見せない様にクラウは頷く。
「クラウ、今こそお前の心に決着を付ける時だと思う」
「そ、それって……うわっ」
道夫に抱き寄せられ、そのままクラウが下に来る様に体勢を変えられた。
黒い髪が揺れ涙で真っ赤になる顔を、道夫は真っ直ぐに見つめていた。
「俺のせいで、もう誰かが泣くのは真っ平だ。だから教えてくれ……お前が、どうしたいのかを」
「……私は、ミチオが好き。でも、ミチオがずっと守ってきた想いを壊したくない……だから最後に一つだけ」
首の後ろへ手を回し、目を閉じる。クラウの行動がなにを意味するかを道夫は分かっていた。
「それが、お前の願いなら……」
特に拒みもせず、道夫はただ受け入れる。だがその心には、クラウの言った「最後」の言葉が引っかかっていた。
互いの顔がゆっくりと近づいていく。高鳴る音を響かせながら、唇が触れるまで後僅か。しかしその寸前でクラウは目を開け顔を離してしまう。
「や、やっぱりだめ……んんっ!?」
離した顔を、道夫は此方に向けそのままキスをした。言ってしまえば、それが道夫のファーストキスであった。
暫しの無音が部屋を包み、互いの唇が離れていく。淫らな糸が跡を引き、軽く触れ合っていただけなのに心臓があり得ない程に高鳴っていた。
「み、みちお……どうして」
「はぁ…はぁ……確かに、るあは俺の全てと言える位大切だ。でもな……ラクリオやリリテ。それに、お前だって同じ位に大切なんだ」
昂ぶった心に従って、想いを吐露していく。そして道夫は彼の前髪で隠されていた右目を露わにさせていく。
クラウの右目には瞳の形も独特であったが、何より桃色と水色の二色が中心を境として存在していた。
「それに言ったろ?もう誰かが泣くのは真っ平だって」
「う、うぅ〜……」
「綺麗な瞳してるじゃのいくぁ」
「みちおのばか、ばか!」
ポカポカとクラウが叩いてきた。道夫はそれを軽く受け止めながら、彼女から感じた暗い気配が完全に消えていた事に安堵する。
「もう……私なりにるあって娘の事を考えていたのに。みちおが全部台無しにした」
「……悪かったって」
顔を赤らめながら、クラウは頷く。道夫の方も後悔こそしなかったが、自分がやってしまった事に顔を赤くしていた。
また暫くして、時計は既に深夜間近。ようやく落ち着いた二人は少しだけ話をする事にした。
るあの事やクラウと師匠の日々の事等を、手を繋ぎ合いながら言葉を交わす彼女の姿はとても自然に思えた。
「クラウ、今だから言えるのかもしれないけど……お前はもう『隠す』必要はないんじゃないか?」
その言葉に、クラウは迷いだす。反性はこの世界では酷く忌み嫌われているという、そんな迫害を受けていたクラウには簡単に頷けない深刻な部分である。
道夫にはどうしても理解できなかった。何故ほんの少し異なるだけで、彼女がここまで苦しまなければならないのか。
「でも……やっぱり怖い。またあの日の様な視線を、向けられたら……」
「…大丈夫。少なくとも、俺が守ってやる。それに自信さえ持てる様になれば、そんな奴ら眼中に無くなる。後は、お前自身が決めれば良い……」
流石に眠気に抗えなくなってきた道夫は「おやすみ」と告げて眠りに着いた。
そんな彼を微笑みながら見守るクラウは、もう一度だけその唇にキスをした。
「ミチオはずるい奴だ……とことんずるい。でも、もう一度だけ信じてみる。おやすみ、ミチオ」
眠りに着く二人に、朝日の訪れが近付きつつあった。
後に、その夜を道夫はこう語ったそうな。
「正直、アレが起きそうになった。彼が男じゃなければ危なかった……いやその扉は開けちゃいかんと思う」
〜次回、第60話
朝日来来//震える街〜




