第52話〜早寝早起き//聖なる血と蒸気の街〜
アブダルア大陸。イミュリーズの北に位置する雪と氷の地であり、草原の代わりに広がる白銀は世界有数の景色として観光地の一つとなっている。
「そして、首都サンバーラに次ぐ大都市こそ教会の国『イビシュエル』と…」
「結構盛んですわね。あぁミチオさん、ここに血聖教の事が書いてありますわ」
「あぁ… 。後教義の最初、大分長く書いてるけどこれ…『早寝早起き』ってことか?なんだそりゃ」
アブダルア行きの船の上、道夫はレイルスから貰った「パンフレット」を読み返していた。
航行開始から早2日、道中の船行きは大変穏やかだった。暖かな海風と香りは色々とあった心を落ち着かせてくれた。
「ミチオ!見えてきたぞ!どこも真っ白だ!」
「分かったから、そうはしゃぐなって」
防寒着に着替え、るあのマフラーを巻いて港に降り立つ。打って変わって冷たい風が頬を撫で、吐息を白く染めていく。
「ここからはまた移動になる。後、遊びじゃないからそこはお土産買おうとしない」
「いいだろ滅多に来ないんだから!」
「…」
両手背中に鞄を持ちまくりのラクリオと話し合う中、クラウは殆ど口を開こうとしなかった。
イビシュエルまでの道は、スノーモービルに似た乗り物を利用する。一台に2人乗れるので、代金をケチって二台借りた。
「クラウは俺と。後2人はそっちな」
皆それぞれ機体に跨り稼働させ発進させる。実際スノーモービルなど乗った事は無いが、走り出しは順調だ。
「クラウ」
「…なんだ」
道夫はクラウの手を握り、腹部に寄せる。彼には見えていないが、クラウの顔は少し赤くなっている。
「掴まってろよ?危ないから」
「…あぁ」
今までにない経験に心を思い切り乱され、益々口が堅くなってしまうクラウであった。
「あのお二人、距離が近くありません?」「…チカイネェ」
2人からある程度距離を保ちながら、後ろのリリテが呟いた。あの日の光景を思い出したラクリオは機械めいた棒読みで答える。
「あのお二人では考えた事ありませんでしたが…『良い』ですわね」
「ウンウンイイネ…何が?」
途中休憩を挟みつつ、進み出すこと一時間と少し。遂に見えた巨大な街こそ『教会の国イビシュエル』であった。
外からでもあちこちに見える蒸気と数多くのパイプ管、所々で見える緑色の光は何かのエネルギーだろうか。
「こりゃあすげぇ。こんな大きい国だったのか」
「あれが教会?城の間違いじゃないのか?」
モービルを止めて、入り口へと向かう。やけに重武装な門番がいる位で、妙な検査や審査も無く街へと入る事が出来た。
街の中へ入った途端、暖かな空気に包まれる。蒸気による影響なのか外でも殆ど寒くない。
「まずは現地の協力者に会いに行くぞ。だからお土産は後!」
「いいだろ滅多に来れそうにないんだから!」
似た様なやり取りも交え、合流地点である裏通りの一軒家に到着した。
人通りが極端に少ないからか、機械の駆動音だけが良く響く。
「あれ、開いてる…?」
念の為にノックするも反応は無い。ドアを開けた先には、眼前に突き付けられたボウガンと1人の少女の姿があった。
「……随分な挨拶だな?」
「残念です。ノックしなかったら撃てたのですが」
黒い髪を揺らしながら、彼女は軽い冗談の様にボウガンを上げた。若草の様な色の瞳は、不思議な魅力を秘めていた。
咄嗟にあんな台詞が出たが、道夫は内心凄くビビったという。
動き出そうとしていたクラウを制止出来たのも全くの偶然だった。
「件の学院生ですよね?初めまして『ココノエナク』です。こちら仲間の『津是』さん」
彼女に呼ばれて、初めて彼という人間がそこにいる事を実感じた。
最初からそこに居たのに、まるで置き物の様に何も違和感を感じられなかったのだ。
「…よろしく」
「ごめんなさい。津是さん凄過ぎる程の無口さんですので…」
黒の装束、整った顔立ちに黒い布で目を隠していた男性はそれだけ言って黙りこくってしまう。その腰には一振りの剣が下げられていた。
「ココノエって事は…あんたは『ニホン人』なのか?」
「あぁいや、私はれっきとしたイミュリーズ人です。恐らくそれは師匠のココノエクタラの方ですね。」
「…マジか。まさかこの世界で初のニホン人に会えるかもしれないなんて…」
2人で盛り上がる話を前に、ラクリオ達は完全に置いてけぼりを食らっていた。
「なぁクラウ。ミチオ何の話してんだ…?」
「まぁ、ミチオにとって大事な話だ。茶化すなよ」
「しないって」
ヒソヒソと話している間に、リリテがドアを閉め鍵を掛ける。
「そろそろ本題に入りません?察するに余り知られたく無い事なのでしょう?」
「あらすいません。盛り上がってつい……では皆さん、奥へどうぞ。あぁ靴は脱いで入って下さいね」
玄関を抜けリビングに向かえば、家具一つ置いてない空間と広い窓だけしかない。
「荷物は適当に置いて座っていいです。時間も余りないので手短に結論から言います。この街は……」
言いかけた瞬間、街に鐘の音が響き渡る。パンフレットにもあった、礼拝の時間を告げる鐘である。
『聖なる血の流れ、我らを動かし導き給え』
次々に祈りと言葉を大教会へ捧げる街の人々。それだけならば信心深い話で済んだのかもしれない。
「この街は、既に堕ちました。地霊点も敵の手中に収められています」
彼女の言葉が出発前から感じていた予感を、この教会の国に渦巻く闇の存在を明らかにさせたのであった。
〜次回予告〜
「敵の手にって…それってどう言う事だよ!」
「元凶は、今の大主教。奴は『吸血鬼』です」
「ですが、この世界には奴らにとっての『銀』がありません」
「おかしい…日が沈むのが早い」
「おいおい、これまずい奴だよな!?」
「…まさか、こいつらも……」
次回、第53話〜祈りの言葉//落日の闇〜
日沈む国、狙うは銃口か切っ先か。




