第10話〜新しい日//地雷注意〜
新しい家に住み始めて数日、知らない天井を見て目覚めるのは未だに慣れない。
起きてベッドを整え、1人分の朝食を用意する。料理はしてなかったがニホンにいた時のことを思い出す。
「いただきます」
真似してきた彼女の言葉は聞こえない。ここには、姉が確かにいたという証がたくさんあるのに。
黙々と食事と歯磨きを済ませた道夫は、外出用の服装に着替える。
「今日も行ってきます、姉さん」
今日もまた、道夫の1日が始まった。
新しい家に住むことになって、道夫が最初に考えたのは、金銭であった。
生活の何もかもにおいてお金が必要になるというのは、当たり前だがここでも変わらないらしい。
そして、お金を得る方法は当然『働く』ということだ。道夫はこのイミュリーズの世界でも『就職活動』をしなければならなかった。
ここに来たばかりの道夫だったなら、即路頭に迷っていただろう。でも今の彼には、姉から教わった知識と技術があった。
狩りや料理、魔法…は余り自信が無いのでやめた。それらを売り込んで転々とした結果…。
「…先生、今日もよろしくお願いします」
「ふ、ふふふっ、まってたよぉミッチッオくぅン…」
…どう考えても危険極まりない地雷女調合師の助手になるとは思いもしなかった。
ーエイギンの調合屋ー
首都の大広場、その一角にその店はある。主な業務としては、調合した薬品の販売や依頼された物の調合、そしてどういう訳か恋愛相談も業務の内に入っている。
道夫はその店主である調合師に「ピンと来た」という理由で雇われた。主に調合で使う素材の採取や雑用が彼の仕事である。
その調合を行うのが、アルリア・エイギン。街1番の女調合師であり、モデルみたいな仕事も受ける美人なのだが…。
「はい、こちらがご依頼の薬になります。はい、またいらして下さいね」
今は眩しいばかりの笑顔で客の相手をしているが、それが表の姿であることを道夫は知っていた。道夫も最初からそれを知っていたらこんな事にはならなかったのだが…。
(これもお金の為…お金……)
時折向けられる艶かしい目線に耐えながら、休憩も挟みつつ日が沈む頃まで手伝いの仕事は続く。
「おつかれさま…今日も頑張ってたねぇ〜…ふふふふ」
店じまいの用意をしていると、後ろから腕を掴まれる。彼女の顔は、朝の頃とは全く違う。澄んでいた菫色の瞳は、濁りに濁った色へと変わった様に見えた。
「今日のお小遣いだよミチオくん…。今日もありがとうね…うふふふ」
その手には、金貨1枚。1日で貰える給金にしては余りに高く、本来貰える額より多い。そして、この支払いが1つの合図でもあった。
「…先生」
アルリアは道夫の手を引き、ある個室に連れて行く。道夫にとって、これは既に初めての事ではない。
「み、みちおくん。せんせいがんばったよね?ほらてくびもき、キレイだよ?」
「はい…キレイです、先生」
「アルリア!!…でしょ?ミチオくん」
「…キレイです、アルリア…さん」
そう言った途端、道夫はソファーに押し倒される。そして、アルリアが膝の上に乗るように座り込む。濁った瞳が更に淀み、道夫の目を離さなかった。
「えらい?せんせいえらいよね?あぁミチオくんかわいいなぁ。ねぇもっとせんせいを見て?ねぇ見てよ離さないで」
彼女は道夫の体に触れ、自身の身体を擦り付ける。完全な逆セクハラではあるのだが、今の道夫には逆らえない。
「アルリアさん…もういいでしょう?そろそろ…」
約束であった10分は既に過ぎている。それ以上付き合うつもりはないし、艶かしい体を密着され続けるのは道夫にとっても色々危険だ。
「うぅ…わかってるよミチオくん。で、でもまた明日も来てね?ほ、ほら…私達せんせいと助手だけど、こ、こい、恋人同士…だから…」
最後の所は聞きたくなかったのだが、要は「数日間一緒の事したからもう恋人同士」と完全に思っているらしい。
精神衛生上最悪ではあるが、普段の給金も中々に高く、10分程度の「お付き合い」で更に上がるというので、金銭だけを考えるならば現状これ以上の物はない。
「ただ…これでいいのだろうか……いやいや、騙された身にもなってみろよ。それに、何か大事な物を失いそうだ…。しかしなぁ…」
アレをされた後は毎回こんな思いに悶々としながら帰宅することになる。
そして、身の危険を承知しながらもせっかく掴めた職を手放すのが恐ろしかった道夫は、明日も彼女の所へ足を運ぶことだろう。
こうして、道夫の新しい日は特大の爆弾を踏み抜いてしまったのである。
その夜、布団の中でもぞもぞする事が増えた道夫であった。おのれすけべボディ。
〜アルリア・エイギン〜
コーリュバンの街中で調合屋を営んでいるれっきとした調合師。街に限らず至る所でその名が轟いている。調合の傍ら、色々な女性への恋愛相談も行っている。
菫色の髪や瞳、眩しい笑顔で世間には知られている彼女だが、その本性は優しい道夫でさえ地雷と確信させる程のドギツイ性格持ちである。
道夫を雇用した本当の理由は「明らかにここの人間ではないから」との事。
そんな彼を物にする為に、薬と魔法の騙し討ちによって無理矢理契約書を書かせたのだが、当の本人はそれを知らない。




